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2023年01月15日

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』良い意味で心がズタボロにされた経緯と「毒親の解像度の高さ」を語る

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』良い意味で心がズタボロにされた経緯と「毒親の解像度の高さ」を語る



作り手の思い通りすぎる感情の流れのおさらい

第1クール最終話の第12話で心がズタボロにされるほどのショックを受けた理由は、それまで各キャラクターがとても魅力的に描かれていたこと、やはり関係性の構築力が半端ではなかったその理由だ。

特に、主人公である「オドオドしているようで実は言うことははっきりと言うスレッタ・マーキュリー」が、「ツンツンしているようで複雑な悩みを持っているミオリネ・レンブラン」の心を少しずつ解きほぐしていくという関係性が大好きだ。

第10話でミオリネが必要とされたいスレッタの気持ちをちっともわかってくれず(自身の父親と同様に)相談もせず勝手に決めてしまう様は「あー……」となったものの、その次の第11話でミオリネが「逃げなくて良くなったのはあんたのおかげなの」などとスレッタに告白し、抱き合う様に「ありがとうございます」と拝むことになった。

加えて、「幸せになってくれ……!」と心から願うようになったのが、グエル・ジェタークという御曹司である。彼は初めこそ女性をトロフィーとして扱うクズとして登場するので「死刑」と思ったが、彼もまた有害な男らしさや家父長制に縛られていた哀れな男であることがわかり、ヤムチャのごとく咬ませ犬的に負け続けることも愛おしくなった。

さらに、「自分の力を認めてくれたスレッタに求婚してしまう」「絵に描いたようなツンデレ台詞を吐く」「大好きなスレッタの涙を見て怒る」「寮を追い出されたら『ゆるキャン△』してた」「ボブと名乗る肉体労働者となり、今まででいちばん穏やかな顔になる」などと、グエルくんの株価は話が進むごとに上がり続け大好きになった

そして、年をまたいでの放送となる第12話を観る前に、筆者にはとある覚悟ができていた。それは「推しが死ぬかもしれない」「いや、もっとひどいことが起こるかもしれない」ということだ。



というのも、ゆるふわ学園青春ものっぽい雰囲気もあったのに、第6話でエラン(強化人士)が焼きとうもろこし(お菓子のエアリアルのその味が伏線)になるショッキングすぎる出来事があったため、これまで『ガンダム』シリーズを履修していた有識者に泣きついたのだが、「そういうことをするのがガンダムだよ」「ガンダムは心の鍛錬である」「推しを作るな。いや推しは死ぬことを覚悟しろ」などと散々な忠告を受けたのである。慰めろよ。

いや、でも、貴重なアドバイスでもある。今までのガンダムシリーズでも、現実に通ずる戦争の残酷さが描かれていたのだろうと、あっけなく仲間の命が失われたのだろうと、ガンダム初心者の自分にも伝わってきたし、実際に『水星の魔女』のプロローグでもそのことが示されていた。よし、わかった。十分な心構え、最悪の展開のシミュレーションはできた。いよいよ第12話だ……(Aパートが終わった時)うわぁああああああああああ!(Cパートが終わった時)ぎゃぁああああああああああああああ!

いや、わかっている。こうなることが作り手の狙い通りだということを。これまでも「ダブスタクソ親父」「ロミジュリったら許さないからね」「クソダサPV」などSNS映えする話題を提供した本作は、第1クール最終話・第12話で「父親殺し(負け続けるグエルくんに勝ってほしかったけどそうしろとは言ってない)」「フレッシュトマト味(お菓子のエアリアルでミオリネのパッケージの味が血糊を連想させるそれ)」「ハエ叩き(叩き殺すのは人間)」などが、やはりバズり散らすことになったのも当然である。


「推しは殺しませんでしたが、代わりにそれ以外の地獄をどうぞ」という、単純な予想を外して、しっかり最悪なものを出してくる作り手の罠にまんまとハマったということなのだ。グエルくんにも、スレッタにも、ミオリネにも、幸せになって欲しかったのに、なんてことをするんだ!(作り手の思い通りすぎる感情)

なお、筆者は第12話のショックの後にもガンダム有識者に話を聞いたのだが、「もっとひどいのを想像していた」「今までに比べたらマシ」「味方の死人は少ない」「ガンダムの世界へようこそ(ニヤニヤ)」などと返された。慰めろよ。

スレッタがこうなるだけの理由がある(そして毒親の解像度の高さ)

素晴らしい(若干の皮肉表現)のは、スレッタが笑顔で人殺しをしてしまうということが、唐突のようでいて、実はそうではないということ。彼女は、その母親であるプロスペラの言葉を「正しい」と信じきっていたこと、いやほとんど「洗脳」に近いことをされていたと、各話を振り返れば思えるからだ。これでも一部ではあるが、箇条書きで記していこう。





第1話:生徒から「古そうなヘアバンドもお母さんが言うからつけたの?」とからかわれたのに、スレッタは「もちろんです!」と嬉しそうに答える。さらにミオリネの菜園室に入ってきたグエルくんのお尻をペンペンして「お母さんから教わらなかったんですか。そんなことしちゃダメです!」と言う(この台詞は第12話にもあるし、お尻ペンペン→ハエ叩きへとグレードアップする伏線。最悪)。

第2話:プロスペラについて「強くて、優しくて、私の目標で……」などと心の底から尊敬していることを告げる。

第5話:スレッタはエラン(強化人士)に誕生日は知らないと言われ「お母さんに教えてもらっていないってことですか」と返す。

第7話:プロスペラはミオリネに「まずはその可愛い意地を捨てなくっちゃね」と娘の花嫁へのものとは思えない煽り方をする。

第8話:プロスペラは義手を外し「怖い?」と聞き、スレッタは「ううん、いつものお母さんの手だもの」「そうだよね、私たちのためだもの」「お母さんのために」などと返す(この外される義手は第12話ラストのハエ叩きでテロリストの片腕が千切れ飛ぶことと呼応している。最悪)。

第9話:スレッタはシャディクに「お父さんが大事で、好きなんですよね。私もお母さんが大好きです」と言う

第12話:プロスペラはスレッタの目の前でテロリストを銃殺し、「怖いよね。傷つけたくないよね」「今みんなを救えるのはあなただけ」などと言い、血が飛びった扉の「こちら側」から手を差し伸べ引き寄せる(ここで主題歌「祝福」のメロディがかかる。最悪。そりゃYOSASOBI公式Twitterも「祝福などと言っている場合ではないんですが...」とつぶやくよ)




そして、スレッタは「逃げたら一つ、進めば二つ」という、やはり母親からの教えをたびたび口にしている(第2話ではミオリネもその考えに感化されていた節がある)。それはなるほど的を得ている、現実にもフィードバックできるいい哲学じゃないかと思っていたら、第12話では「躊躇なく進んで人殺しをしてしまう」理由、「呪いの言葉」になってしまうのも最悪だ。

このようにスレッタは、やはり母親のプロスペラの考え方が絶対に正しい、それを全ての基準として行動している節がある。だからこそ、あのラストで母親と同じように、大切な人を守るために人殺しをすることもためらわなかったのだ。

男性権威主義的なグエルの父、説明をせず勝手に決めまくるミオリネの父もかなり問題のある(表面的にはプロスペラよりもひどい)毒親であったが、回を追うごとに『美味しんぼ』の海原雄山と山岡士郎のようなツンデレ同士の親子関係も連想させていった。

それよりも、「優しく諭すような」スレッタの母プロスペラのほうが最悪な毒親だったという事実そのものが(予想もしていたが)衝撃的だ。だが、子どもの心を掌握し、意のままに操る毒親は、得てしてそういうものなのかもしれない。それをもってして(さらに後述もするが)大河内一楼の毒親の解像度が、あまりに高いと思ったのだ。

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