『ボーンズ アンド オール』テイラー・ラッセル×ティモシー・シャラメだからこその“美しさ”

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「人を喰べて生きる若者たちを描いて、世界が賛否両論」


こんな文言を上映前から、公式サイトで、ポスターで、フライヤーで、何度も観た。この文言からわかる通り、テーマはカニバリズム(喰人嗜好)だ。

監督のルカ・グァダニーノには『サスペリア』(2018)という“前科”がある。この作品の人体破壊描写がなかなかにショッキングだったため、同じノリで喰人を描かれたらちょっとキツいのではないか。

そんな不安を抱いたまま観てわかったことは、この作品は断じて単なるスプラッター・ホラーではないということだ。

※本記事では『ボーンズ アンド オール』のネタバレを含んでいます。未鑑賞の方はご注意ください。

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『ボーンズ アンド オール』が示すこと



イーター(喰人嗜好者)はすべてのマイノリティ=被差別者のメタファーである。たまたま出会ったマイノリティ同士の男女が、生きにくい世の中をそれでも手を取り合って生きていこうとする様は、ただただ美しく悲しい。

この物語が単なる“人喰いモンスター”の物語で終わらないのは、主演の2人がティモシー・シャラメとテイラー・ラッセルだからだ。この2人が美しいからだけではない。その身にまとった諦念や厭世観が、すべてのマイノリティの深い悲しみを背負っているからだ。

デビッド・カイガニックの脚本を読んだルカ・グァダニーノは「ティモシーが演じてくれるなら、この作品の監督を引き受ける」と答えたと言う。

ティモシー・シャラメでなければ『ボーンズ アンド オール』は成立しなかった。

ティモシー・シャラメ

(C)Frenesy, La Cinefacture

今作の監督であるルカ・グァダニーノの『君の名前で僕を呼んで』(2017)で、ティモシー・シャラメを認識した方も多いと思う。彼は、年上の大人の“男性”に叶わぬ恋心を抱く少年を演じている。

この作品のラストシーン、彼の婚約を聞いた少年は、暖炉の火を見つめながら涙を流す。静かに涙を流しながら、耐えがたい感情に顔を歪めたり、心を持ち直そうと口角を上げてみたり。その少年の表情を、感情の揺れ動きを、3分以上に渡って定点カメラが映し続ける。観ているこちらもいつしか少年と同じ心持ちとなり、胸が潰れそうになる。

ティモシー・シャラメはこの作品1本で、世界中の映画ファンに強烈なインパクトを与えることとなる。

(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC.

他の作品でもシャラメは「生きづらさを抱えた繊細な若者」を演じ続ける。『マイ・ビューティフル・デイズ』(2016)では、行動障害を抱えながらも教師(今度は女性)に恋をする高校生を、『ビューティフル・ボーイ』(2018)では、薬物中毒に陥る青年を演じる。

その、少年そのものの線の細さ。さびしさで死んでしまうウサギのような繊細さ。1日で死んでしまうカゲロウのような儚さ。

どうかどうか、いつまでもこのままのティモシーでいてくれ。筋トレなんかには目覚めないでくれ。

“リー”としてのティモシー

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テイラー・ラッセル演じるマレンは「人間を喰べたい」という衝動を抑えられず、幼少の頃から何度か人間を喰べてきた。そのたびに両親がもみ消してくれていたのだが、18歳になった彼女を残し、父親が失踪する。マレンは、もっと早い時期に姿を消した母親を探す旅に出る。

今までの人生で同じ“イーター”に出会わず生きてきたマレンは、旅の道中で様々なイーターに出会うこととなる。2人目に出会ったのが、ティモシー・シャラメ演じる“リー”だ。

マレンとリーは、旅先のスーパーマーケットで出会う。リーは、店員に難癖をつけるヤカラな客にケンカを売り、表に連れ出し……喰べてしまう。

ずーっと“少年”のようだったティモシー・シャラメが、少しだけ逞しくなり“青年”となっていた。(『DUNE/砂の惑星』でもその片鱗は見られたが)

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相変わらず線は細いが『君の名前で……』の頃の、お腹だけポコッとした子供の瘦せ方ではなく、腹筋の浮いた大人の瘦せ方に変わっていた。

弱々しさは消え、ヤカラ客に店内で頭突きをかましたり、また別の“食材”の喉をナイフで搔っ切ったり、戦闘力高めである。髪を赤く染め、ダメージ高すぎのダメージ・ジーンズを履き、見た目もちょっとだけイカツめではある。

だが、内面はやはり「生きづらさを抱えた繊細な若者」であり、そこは変わらぬティモシーで安心した。ただ、今までの「悩める少年」から比べると、このリーは自らの運命を受け入れている。それは、諦念とも達観とも受け取れる。大人になったということか。

サリー

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マレンが初めて出会うイーターが、マーク・ライランス演じる「サリー」だ。

見た目はただの老人なのだが、見た目や言動にいちいち違和感を覚える。インディアンのような三つ編み。帽子の羽根飾り。ジャケットいっぱいのピンバッジ。白いブリーフにシャツをイン。自分のことを「サリー」と名前で呼ぶ。思い通りにいかないと癇癪を起こす。

サリーが初めて人を喰べたのは少年の頃、相手は大好きな祖父だった。サリーの時間は、そこで止まってしまったのではないか。そう考えると、サリーに抱く違和感はすべて説明がつく。ファッションも、言動も、すべてが“子供”なのだ。

見た目は老人、中身は子供という強烈なキャラは、登場するたびに不穏な空気を醸し出す。主演2人の美しさに「この作品はホラーである」ということをついつい忘れそうになるが、サリーが出てくるたびに、しっかり現実に引き戻される。

サリーは少年時代に家出してから、老人になるまでずっとひとりで生きてきた。我々のような“アン・イーター”には想像もできない、圧倒的な孤独だ。

サリーはマレンに出会い、生まれて初めて“誰かと一緒に人間を喰べる”。

「血が乾くとき、隣にいたんだ。今までそんなこと誰とも……誰ともなかった」

サリーにとってのマレンは、生まれて初めてできた「おともだち」だ。マレンはサリーの元を去るが、彼は執拗に彼女を追いかけ続ける。なぜかテレビ局の車に乗って。特に言及はされないが、本来乗っていたテレビ・クルーを“喰べて”奪ったのかもしれない。

マレンとリー

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マレンとリーは、旅の果てに部屋を借り、仕事も見つける。2人にとって生まれて初めての平穏な暮らしが始まり、どうかこのままハッピーエンドでと願ったが、そこにサリーが現れ、そして……。

この物語の結末を“究極の愛のかたち”とか、そんな陳腐な言葉では語りたくない。サリーと戦い、彼を殺したが自らも致命傷を負ったリーは、マレンに自分を喰べるように願う。

喰べることで“ひとつ”になったふたり——そしてマレンは同時に“ひとり”になった。“人喰い”の宿命を背負ったまま、マレンはひとりで生きていけるのか。

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この物語に登場するイーターたち。若いふたりがどこまでも美しいのに比べ、中年以上のイーターたちは、みな醜く醜悪で、怪物的だ。サリーは言うに及ばず、旅の途中で出会ったゲイ・カップル、そしてマレンの母。

やっと見つけたマレンの母は、精神病院の閉鎖病棟にいた。彼女自身もイーターであり、苦悩した末に自ら精神病院に入った。彼女には、両腕とも手首から先がない。人間を喰べたい衝動を抑えられず、自らの手を喰べてしまったのだ。そして十数年ぶりに会った娘を、彼女は喰べようとした……。

“人喰い”という業を背負った人間は、年齢を重ねるにつれ、怪物となっていくのだろう。今は美しいマレンとリーも、おそらく例外ではない。クリーチャーのようだったマレンの母も、若い頃の写真は美人だった。

死んでしまったリーはそのままに、マレンにも怪物となる未来が待っているとしたら、こんな悲しい話はない。

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作中に何度か出てくるふたりのキスシーンは、恐ろしく濃厚だ。お互いを齧り合うような、貪り合うような。「このまま共喰いが始まるのではないか……」と、見ていてハラハラした。

だが、観終わって思ったことは、ふたりにとって最も幸せな結末は「共喰い」だったのではないか、ということだ。マレンがリーを喰べ始めるシーンは、恐ろしいほどに美しかった。カニバリズムを美しいと思う日が来るとは、思わなかった。

若いふたりがキスをしたまま本当に貪り合ったなら、最高に美しいハッピーエンドだったのかもしれない。

(文:ハシマトシヒロ)

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