映画コラム

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2023年02月21日

【異例のヒット】高齢者の性を描く『茶飲友達』が今、日本社会と映画産業に必要な理由

【異例のヒット】高齢者の性を描く『茶飲友達』が今、日本社会と映画産業に必要な理由

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今、単館上映ながらじわじわと話題を集めている映画があります。それは『茶飲友達』

2月4日(土)から渋谷ユーロスペースで公開が始まると、初回から5回連続で満席スタートとなり、すでに全国25館での上映拡大が決定しています。

本作を製作したのは、あの『カメラを止めるな!』を世に送り出したENBUゼミナールのシネマプロジェクト。『カメ止め』の再現なるかと、今後口コミによってさらにヒットの輪が広がっていくと期待されています。



『茶飲友達』は、2013年に摘発された高齢者売春クラブに着想を得た物語で、高齢者の性と孤独のリアルを見つめた作品です。高齢者の性を、奇をてらうような視点で描かず、人間の当然の営みとして見つめているのが大きな特徴です。

なぜ、今この作品が注目されているのでしょうか。その背景には現代日本の社会構造があります。

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高齢者の性と孤独をリアルに描く

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ある日、孤独な高齢者が新聞の三行広告に「茶飲友達募集」という文字を見つけます。

それは、高齢者専門の売春クラブ「ティー・フレンド」の広告でした。このクラブに所属するコールガールは高齢者のみ。ここで働く女性も、利用者の男性も孤独を抱えた存在で、社会からいないかのように扱われているのです。経営するのは、かつて風俗で働き家族と疎遠になっている若い女性のマナ。彼女は、このクラブに集う人たちを家族だと言い、良好な関係を築いています。

本作は、高齢者の性を描く作品です。一般的に人間は年を取ると性欲は減退すると言われています。作中にも70代の4人に1人は性的関係を求めているという台詞も出てきますが、それは日本性科学会の調査でも実際に明らかにされています。

しかし、社会は高齢者の性の営みを決して快く思ってはいないのではないでしょうか。「おじいちゃんには、縁側でひなたぼっこしていてほしい」という台詞が作中にもあるように、多くの人は穏やかな「理想の老後」を押し付けているのかもしれません。

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『茶飲友達』は、そんな高齢者に対するステレオタイプから抜け出し、地に足のついたリアルな実像を描いているのです。

高齢者も人間です。人間であれば、いくつになっても愛されたたいし求められたい。誰だって孤独は苦しいし、温もりが欲しいときがあります。マナは、スーパーでおにぎりを万引きした高齢女性を助けますが、彼女は孤独な生活に疲れ果て自殺を考えていました。マナは、そんな彼女を茶飲友達に誘います。最初は怖がっていた彼女も、慣れてくると誰かに求められることで生き生きと輝いていくのです。

そして、そんなクラブを経営するマナと仲間たちの若者もまた、社会で上手く生きられず疎外された存在です。女性スタッフの一人は妊娠するも、相手の男に認知されず一人で産んで育てる決意をしますが、充分な公的支援が受けられません。しかし、そんな彼女をクラブの人間は見捨てず、社会から疎外された若者と高齢者の繋がりあう輪が描かれているのです。

高齢者を崇高な存在として描かない

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本作の外山文治監督は、高齢者の婚活を描いた『燦燦-さんさん-』といった作品で知られており、高齢者を描き続けてきた作家です。

実際にあった摘発事件を知った外山監督は「摘発後の高齢者会員の孤独に想いを馳せた」(公式パンフレット、P9)そうで本作を企画。

人口に占める高齢者(65歳以上)の割合は総務省の調査で2022年に29.1%を記録し、人口の約4割が高齢者ということになります。高齢者は珍しいどころか、社会のマジョリティといってもいい存在になったと言えます。しかし世の中には、高齢者自身が「これは自分たちの物語」だと感じられる作品が少ないのかもしれません。

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本作は、タブーとして老人の性に切り込むというスタンスで作られていません。むしろ「タブーでもなんでもない、人間なら当たり前だよね」というスタンスで描かれています。

外山監督は、インタビューで「どちらかというと、シニア世代の登場人物に人間の崇高な部分ばかり担わせる映画が多かったのでは」と語っており、理想化せずにリアルに高齢者も葛藤を抱えている存在として捉えたことが共感を呼んでいるのでしょう。

コロナが開けた映画業界の2つの大穴を埋める?

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高齢化が進行し続ける今、本作が登場したことには社会的に大きな意義があります。またコロナ禍を経て、ようやく社会全体が正常化に戻りつつあるタイミングで本作が公開されたことには、映画産業的にも大きな意義があると言えるでしょう。

2022年、日本の年間興行収入はコロナ禍前の数年間との対比で93%を記録し復調してきていますが、牽引しているのはアニメ映画のヒットであり、シニア層が戻ってきていないという指摘があります。

さらに、アニメのメガヒットで潤うのはシネコンであり、ミニシアターのような存在は苦境が続いています。『茶飲友達』を上映しているユーロスペースの北条支配人が昨年末にこの2つを取材で指摘しており、本作のヒットはまさにこの2つの欠落を埋めることが期待されます。

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ミニシアターは、大きな注目を集めにくい作品や尖った作風を数多く紹介してきました。日本の映画産業の多彩さを担う重要な存在なのです。その中でも象徴ともいえる岩波ホールがコロナ禍で閉館するといった、苦しい状況が今も続いています。

『カメ止め』のヒットはミニシアターが存在しなければあり得ませんでした。シネコンは『カメ止め』のような役者も監督も無名の低予算映画を、最初から上映してくれることはほとんどありません。

今の日本最強のヒットメイカーである、新海誠監督もミニシアター出身。ほぼ独力で制作した『ほしのこえ』は下北沢のミニシアターが上映してくれたからこそ、世に出ることができたのです。

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ミニシアターは次代を担う存在にチャンスを与え続けてきました。そして高齢者が増え続け、若者が減り続ける社会構造になってしまった今の日本では、今後も映画館が運営を続けていくために、シニア層の集客は必須となるでしょう。

『茶飲友達』は、コロナが映画産業に開けた2つの大穴である「シニア層の減少」と「ミニシアターの苦境」の両方を埋めてくれる稀有な存在になれるかもしれません。

また、本作は若者の貧困問題にも言及しています。筆者が観た回でもシニア層だけでなく幅広い世代の方で客席が埋まっていました。この映画が描くものは、生きる上で誰もが必要とすることだからこそ、どの世代にとっても何かしら刺さるものがあるはずです。

(文:杉本穂高)

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