Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

アカデミー賞3部門ノミネートの『逆転のトライアングル』が超良い意味で「汚いタイタニック」だった件



タイムリーな「デート代は男性が出すべき論争」に終止符が!?

つい先日、セクシー女優の方による「女性はデートのために準備をしているから、デート代は男性が出すべき」という趣旨のツイートが論争を巻き起こした。実にタイムリーなことに、この『逆転のトライアングル』の実質的な主人公であるカップルは、まさにこのことで口論になってしまうのだ。

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何しろ、ヤヤは超売れっ子のモデル兼インフルエンサーで、同じくモデルであるカールの何倍も稼いでいるのにも関わらず、レストランで「男が払うのが当然」という態度でいる。一方でカールの言い分は「男女の役割にとらわれるべきじゃない」というもので、なるほど、それ自体は真っ当な主張にも思える。だが、カールはそれを必死に伝えようとするあまり、「お前……それはいくらなんでも……」なひどい言動をエスカレートしていくので、可笑しくも情けなくなってくるのだ。

振り返ってみれば、そのカールの言う「男女の役割にとらわれるべきじゃない」は建前にすぎず、「こいつは恋人が自分よりも金持ちで人気者なのが気に入らないだけじゃないの……」とも思ってしまう。いや、意見が食い違ったときに、わざわざ「男女の役割」を持ち出すということは、「お前こそが男女の役割を気にしすぎなんじゃないか?」ともなる。ヤヤのほうにも問題はあるのはもちろんだが、もっと別の言い方もあったはずである。

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その言い争いは実にしょうもないものでもあるし、それがまだ映画の「第一部」ということもすごい。その後の船でマウントを取りまくる金持ちたちの姿、そして無人島のサバイバルでの醜い争いで、さらに「しょ、しょうもねぇ〜!」とレベルアップしていくことにも楽しさがあった。それらから、「人間の諍いなど、しょせんはバカバカしいもの」という、実に正しい知見が得られるし、反面教師的に学べることがきっとあるはずだ。

ちなみに、リューベン・オストルンド監督は「男女間の違いを、この2人の主人公の視点で捉えられたら興味深い内容になる」と考えて物語を構築したという。しかも、リサーチをする過程では「男性モデルは一般的に女性モデルの1/3しか稼げない」という労働問題や、「男性モデルは業界で力を握るゲイの男たちからの誘いを断るのに苦労したり、時にはもっと成功させてやると約束して言い寄られるなど、男性モデルの置かれている状況は男性優位社会において女性たちが強いられていることと変わらない」ことも知ったと言う。

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さらに、オストルンド監督は、「見た目の格差」についても語っている。「社会においてルックスが重要な役割を果たすのは万国共通で不平等」「一方で、どこの出身であろうと、美しく生まれつくことができれば、その美は階級社会を優位に生き抜くための社会経済的なはしごになる」とやはり冷徹に捉えていて、それは劇中の物語にも確かに反映されている。

そうした点からもわかるように、本作は男性だけを貶めるような内容にもなっていない。男女の違いやルッキズムの問題というよりも、世の中にある「不平等」そのものをブラックコメディに落とし込んでいると言ってもいいだろう。現実にもあった「男女のどちらがデート代を払うか」という単純な二項対立ではなく、「相手の考え」を尊重する柔軟な思考を持ちたいものである。

あなたは笑えるか?賛否両論必至のクライマックス!

本作のキャッチコピーには「この転覆劇、あなたは笑えるか?!」とある。その問いかけも納得、なるほどこれまで書いてきたようなブラックコメディの要素は、人によって笑えるか笑えないかがはっきり分かれそうだ。

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さらに好き嫌いが分かれそうなのは、全体的なトーンが淡々としていること。しかも、キャラそれぞれの関係性や言動は、わかりやすく滑稽なものがあると思いきや、「どういう気持ちになれと?」と思うものもある。個人的には、良くも悪くも「めちゃくちゃ変な映画」という印象はつきまとったのだ。

さらに賛否両論になりそうなのは、クライマックスおよびラストの展開である。もちろん具体的に何が起こるのかは秘密にしておくが、「147分という長い時間をかけて、このバカバカしくも現実にもいる醜い人間の姿を捉えた物語が、どういう結末に行き着くのか……!」と期待していたら……個人的には「なにこれ」と思うしかない、簡単には咀嚼できない「何か」が待ち受けていたのだから。

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どういう映画かを把握するためには、公開されている映画冒頭の「カールのモデルオーディション」の本編映像を観てもらうのが手っ取り早いかもしれない。この感じが気に入れば、おそらく大いに楽しめるだろう。



とにかく、「アカデミー賞の有力候補の映画が、ここまで変わったブラックコメディだったなんて!」という衝撃も合わせて、『逆転のトライアングル』はとても面白い作品だ。それでいて、前述したように現実にもある人間同士の争いについて、反面教師的な学びも得られる内容でもある。ぜひ一緒に観た人と、「デート代は男性が出すべき論争」や、「なにこれ」なクライマックスとラストも含めて、話し合ってみてほしい。

(文:ヒナタカ)

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