第95回アカデミー賞詳報:ドラマチックで歴史的な受賞結果に
2022年のアカデミー賞は『コーダ あいのうた』の感動的な受賞劇や『ドライブ・マイ・カー』が主要部門に絡むなど話題性も高かったはずなのに、1年経って人々の脳裏に残るのはウィル・スミスの“平手打ち”だけ……。
コロナ禍を経てフルスペックに戻って2年目、2023年のアカデミー賞は良い意味で印象に残る受賞式になってほしいと、期待をもって授賞式中継に挑みました。
【2023年】第95回アカデミー賞『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が7冠
<考察>『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』から考えるマルチバース論
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』変な作品だって?こんなに誠実な映画ないだろ
第95回アカデミー賞 受賞結果
(c) Kyusung Gong / A.M.P.A.S.(第94回アカデミー賞授賞式より )- 作品賞:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 監督賞:ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 主演男優賞:ブレンダン・フレイザー『ザ・ホエール』
- 主演女優賞:ミシェル・ヨー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 助演男優賞:キー・ホイ・クァン『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 助演女優賞:ジェイミー・リー・カーティス『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 長編アニメ映画賞:『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
- 短編アニメ映画賞:『ぼく モグラ キツネ 馬』
- 脚本賞:ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 脚色賞:サラ・ポーリー『ウーマン・トーキング 私たちの選択』
- 撮影賞:ジェームズ・フレンド『西部戦線異状なし』
- 美術賞:『西部戦線異状なし』
- 音響賞:『トップガン マーヴェリック』
- 編集賞:ポール・ロジャース『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 視覚効果賞:『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
- 歌曲賞:「ナートゥ・ナートゥ」『RRR』
- 作曲賞:フォルカー・ベルテルマン『西部戦線異状なし』
- 衣装デザイン賞:ルース・E・カーター『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
- メイク・ヘアスタイリング賞:『ザ・ホエール』
- 国際長編映画賞:『西部戦線異状なし』(ドイツ)
- 短編実写映画賞:『アン・アイリッシュ・グッドバイ』
- 長編ドキュメンタリー賞:『ナワリヌイ』
- 短編ドキュメンタリー賞:『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』
結果として『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が7冠と久しぶりの大量受賞(スイープ)を果たし、他方で『西部戦線異状なし』の4冠という大健闘も光りました。
そして『フェイブルマンズ』『イニシェリン島の精霊』『エルヴィス』『TAR/ター』が無冠に終わったことも、アカデミー賞の難しさを実感させられる結果となりました。
第95回アカデミー賞への印象と総括
本命&最多ノミネートの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(『エブエブ』)はもちろんのこと、『トップガン マーヴェリック』『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』など興行的に大ヒットを記録した作品が並んだことが今年の特徴でしょう。
昨年まで圧倒的なノミネート数を記録していた配信系は数を減らしました。とはいえ、非英語作品や短編ドキュメンタリーなど、資金が集まりにくい作品では相変わらずの存在感。一方で、2年連続で女性が獲得した監督部門に1人も女性がノミネートされないといったように、映画賞の多様性の在り方についてはまだ道半ばの印象です。
大不評だった技術系部門の事前収録がなくなったのは(当たり前ですが)いいことでしょう。
第95回アカデミー賞 授賞式タイムライン
ドルビーシアターでの開催が復活して2年目、直前のレッドカーペットならぬシャンパンカーペットも大々的に行われ、オーディエンスも盛り上がっています。当たり前の風景とは言いつつもコロナ禍を経ると、とても貴重な風景です。Getty Images
オープニングは2022年を代表する映画の名シーンとメイキングを絡めた映像から『トップガンマーヴェリック』のパロディ映像で司会のジミー・キンメルが登場しました。
改めて映画館に集まれることの喜びや16人もの初ノミネート俳優に触れつつ、キー・ホイ・クァンとブレンダン・フレイザーについて『原始のマン』ネタに触れるなど“トリビア”も披露しました。
長年ハリウッド映画を牽引した『フェイブルマンズ』のスピルバーグや、映画音楽の巨匠であるジョン・ウィリアムズにも言及。
女性監督のノミネートがないことにも触れ、ダイバーシティやインクルージョンについてもチクッと釘を刺したり、昨年の一件から安全策について触れたりする辺り、流石はアメリカのコメディアンという印象でした。
Netflix映画『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』独占配信中
スタートは長編アニメーション。ギレルモ・デル・トロが『シェイプ・オブ・ウォーター』に続く受賞を果たしました。
続いて、助演男優賞と助演女優賞が連続で発表という最初のラッシュ。助演男優賞ノミネーションの発表では特に『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のキー・ホイ・クァンの名前が挙がったところで大きな拍手が出ました。
キー・ホイ・クァン Getty Images
そして受賞者として彼の名前が読み上げられると、受賞式初めてのスタンディングオベーション!スピーチではアメリカンドリームやグーニズネタも。
助演女優賞はジェイミー・リー・カーティスやステファニー・シューの名前で大きな拍手が出ました。そして、ジェイミー・リー・カーティスが受賞。
ジェイミー・リー・カーティス Getty Images
『エブエブ』の勢いを感じさせる連続受賞でした。彼女の両親も俳優でオスカーノミネートはありましたが、受賞はなく親子2代で悲願の受賞です。
ここで最初のパフォーマンス。歌曲賞ノミネート『私たちの声』からソフィア・カーソンによる「Applause」の歌唱がありました。
長編ドキュメンタリーはロシアの反体制派の旗手ナワリヌイを追った『ナワリヌイ』が受賞。昨年に続きウクライナ侵攻へのハリウッドからのメッセージが込められました。
今年のオスカーで多様性(女性監督のノミネート無しではありますが)と同じくらい注目を浴びているのが、アイルランド勢の躍進です。そんな勢いを象徴するかのように『An Irish Goodbye』が短編実写部門を受賞しました。
デヴィッド・バーン Getty Images
撮影賞の発表を経て『エブエブ』の歌唱パフォーマンス。プレゼンターは香港のカンフーアクションスターのドニー・イェンでした。
メイクアップ賞と衣装デザインの発表の後、今年のパフォーマンスで一番“熱い期待”を集めていたともいえるインド映画『RRR』の「ナートゥ・ナートゥ」の生パフォーマンス。
「ナートゥ・ナートゥ」Getty Images
ここでまたスタンディングオベーション。「ナートゥ・ナートゥ」はインド映画で初めてのオスカー歌曲賞ノミネートです。
昨年、日本の『ドライブ・マイ・カー』が受賞した国際長編映画賞は『西部戦線異状なし』が受賞。
Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中
この後も撮影賞・美術賞・作曲賞など4部門を受賞しました。英国アカデミー賞も評価されており、やはりテーマとしても無視できません。
そして、シャンパンカーペットにサプライズ登場したレディー・ガガが『トップガン マーヴェリック』の「Hold My Hand」を披露。カーペットで見せたドレッシーな装いから一転、シンプルな衣装による力強いパフォーマンスでした。
「Hold My Hand」Getty Images
出演辞退説もありましたが、アカデミー賞最多となる3度目の歌曲賞ノミネートとなった歌姫の存在感は流石の一言です。
視覚効果の発表に続いて、NFLスーパーボールのハーフタイムショーの印象もまだ新鮮なリアーナが故チャドウィック・ボーズマンに捧げる歌曲パフォーマンス。レディー・ガガに続いてリアーナまで登場するとは、まるでグラミー賞のような豪華な歌唱リレーです。
『トップガン マーヴェリック』の音響賞、『RRR』の歌曲賞の受賞で会場が盛り上がりました。『トップガン マーヴェリック』はコロナ禍後の劇場体験を取り戻した1本ということで、音響賞は最高の誉め言葉だといえるかもしれません。そして『RRR』のインド映画初の歌曲賞受賞は、多様性の極致のような結果でしょう。
レニー・クラヴィッツ Getty Images
ジョン・トラボルタのイントロダクションで始まった毎年恒例の追悼コーナー、歌唱はレニー・クラヴィッツ。オリビア・ニュートン=ジョン、ルイス・フレッチャー、ゴダール、ラクエル・ウェルチ、さらに映画を見ているだけでは気づきにくい多くのスタッフにも追悼の意が捧げられました。ジョン・トラボルタとオリビア・ニュートン=ジョンは『グリース』で共演した仲でした。
脚本賞・編集賞・監督賞に『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の名前が読み上げられると、いよいよ授賞式もクライマックス。
ブレンダン・フレイザー Getty Images
主演男優賞は『ザ・ホエール』のブレンダン・フレイザー、主演女優賞は『エブエブ』のミシェル・ヨーが受賞し、共にスタンディングオベーション。ミシェル・ヨーはアジア系としては初の主演女優賞受賞(ノミネートも初)です。
ミシェル・ヨー Getty Images
結果、演技部門はミシェル・ヨー、ブレンダン・フレイザー、ジェイミー・リー・カーティス、キー・ホイ・クァンとこれまで娯楽作品を彩ってきた面々の見事な仕事が評価される形になりました。
そして最後の作品賞は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が受賞して7冠を達成。久しぶりの大量受賞作品、いわゆるスイープをやってのけました。
コロナ禍からの復活・多様性・平和……そしてA24
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』Getty Images「白すぎる」と批判されてから、アカデミー賞も改革に動き、非白人・女性会員の数を年々増やして多様な映画賞へ進んでいます。
批判が出るまでは“アメリカの映画賞”といった印象のアカデミー賞が、いまや国際的な最高賞を求める映画賞へと変貌しつつあります。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
この流れは、2021年の『パラサイト半地下の家族』、2022年の『ドライブ・マイ・カー』の躍進にも繋がっています。今年も『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』や『RRR』などのアジア系作品が躍動しました。
特に今年のノミネートでは、受賞者のフレッシュさが目立ちます。俳優部門は20人の内、16人が初ノミネート。主演男優賞は全員初ノミネート、全体を見ても4人のアジア系俳優が入りました。
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』© 2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.
とはいえ、2年連続で女性が受賞した監督部門に女性の名前が1人も挙がらなかったことへの批判は、甘んじて受けざるを得ないでしょう。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『ウーマン・トーキング 私たちの選択』の受賞シーンではその部分に触れるコメントがありました。
また『西部戦線異状なし』やドキュメンタリー『ナワリヌイ』の受賞はやはりウクライナ情勢への思いが透けて見える結果です。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
その他の大きなキーワードは、“復活”でしょう。
主演男優賞を獲ったブレンダン・フレイザーと助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンは長い間、ハリウッドの表舞台から姿を消していました。その2人が今回、映画のような劇的な復活劇を遂げました。
また、今回のノミネート作品を見ると“劇場公開作品”のウェイトが増えたことがよくわかります。この様子も、劇場公開作品の復活劇といっていいでしょう。
『トップガン マーヴェリック』(C)2021 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
2022年の全米興行収入1位の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』と2位の『トップガン マーヴェリック』がともに作品賞にノミネートされたことが象徴的です。コロナ禍を経て観客を映画館に戻した、劇場体験を取り戻した作品が並びました。(スピルバーグがトム・クルーズに謝意を示したニュースは印象的です)
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』も1億ドルを超えるヒット作品。そこで“A24”というスタジオにも触れないわけにはいかないでしょう。設立されて10年ほどしか経っていないスタジオでありながらも、第88回の『ルーム』や第89回の『ムーンライト』でオスカーを賑わして一気に注目を浴びました。
『ヘレディタリー継承』や『ミッドサマー』『ミナリ』『ライトハウス』などもA24です。
今年も『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『ザ・ホエール』『after sun/アフターサン』『CLOSE/クロース』をオスカーに送り込み、この1~2年でアカデミー賞の主役だったNetflixからその座を奪還した印象があります。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
「多様性の在り方とは?」「最高の映画とは何か?」という問いは、簡単に答えが出るわけではありません。もしかしたら、答えはないのかもしれません。
そんな難しい事柄について常に積極的に問いかけ続けることが、アカデミー賞が世界で最高の映画賞としてあり続けるために必要なことなのだと思います。
第95回アカデミー賞ついて全てを手放しで喜べなくとも、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が大量受賞(スイープ)を成し遂げ、文字通り2022年の顔となる映画が誕生したことはとても嬉しい結果で、心からお祝いしたい気持ちでいっぱいです。
(文:村松健太郎)
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【2023年】第95回アカデミー賞『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が7冠
<考察>『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』から考えるマルチバース論
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』変な作品だって?こんなに誠実な映画ないだろ
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