『世界の終わりから』紀里谷和明監督×伊東蒼インタビュー 「絶望」が「諦め」になり、そして「最後の作品」になった理由
良い意味での「雑さ」があった
▶︎本記事の画像を全て見る――伊東さん演じるハナが辛い目に遭うシーンが多くはあるのですが、若林時英さん演じる友達のタケルはとても良い子で、彼と喋ってるときはすごく普通の女の子なんだなと思うこともありました。
伊東:若林さん演じるタケルは、ハナと親しいからこそ出る、良い意味で「雑さ」があります。演じていても、他の場面のハナとは違うと感じていました。屋上のシーンでは、私も若林さんも泣いていて、お互いにその姿を見て役に入り込めた感覚がありました。
――毎熊克哉さんや朝比奈彩さんなど、大人のキャラクターにも良い人はいて、それぞれと一緒にいる時のハナは安心している、ホッと一息つける印象がありました。
伊東:毎熊さんは本当に優しくて、いろんな話を一緒にしてくださいました。朝比奈さんも撮影終わりに「撮影頑張ってね」と言っていただいたりとたくさんコミュニケーションをとってくださって、お2人がいるとすごく安心しました。
――増田光桜さんとのやり取りも印象的でした。
伊東:光桜ちゃんとは、今でも誕生日カードやクリスマスカードや手紙のやり取りをしているんですよ。私のことを本当にすごく慕ってくれたので、私がハナとして守らなきゃっていう気持ちも自然と生まれてきました。
――劇中が良い意味で殺伐としているだけに、そうした撮影エピソードを聞いて、ほっとする方もいらっしゃると思います。
伊東:そうですね。とても明るい現場でしたし、お昼ご飯が美味しかったです(笑)。
紀里谷:監督としては、撮影日数が短かいわりにカット数は膨大で、テイクもセリフも多くて、「いつもバタバタしてごめん」な感じばかりだったから、それを聞けて良かったです。
――他に、撮影で苦労されたことはありますか。
伊東:CGが入るシーンで、現場には「ない」ことに対してリアクションしないといけなくて、あまり想像ができなかったということがあります。でも、紀里谷監督は「自然じゃない、気持ち悪いって思ってもいいから、1回やってみてほしい」とおっしゃってくださいました。そのおかげで、今まで苦手だった「驚く」お芝居が克服できた印象がありました。
紀里谷:嬉しいです。あとは、コロナ禍で大変な時期でもありましたね。伊東さんがコロナになっちゃったら、この作品はなくなる、破綻してしまうんですよ。限られたスケジュールの中で、スタッフの皆さんもよくやっていただけました。しかも、現場が暑かったり寒かったりで大変でしたよね。
伊東:暑かったのは大変でしたね。
紀里谷:劇中では冬の設定だったのに、冒頭のアパートのシーンは、クーラーがないような場所で、しかも密室なのでものすごく暑かったですよね。苦労をさせてしまってごめんなさい。
『CASSHERN』が再び話題になるのは嬉しいけど……
――意地悪な質問だったら、ごめんなさい。公開中の『シン・仮面ライダー』から『CASSHERN』を連想される方が多く、少し前に話題になりました。漫画家の平野耕太さんが美術と世界観を賞賛するツイートもされていましたが、そうした反応を受けていかがですか。実写版キャシャーンをネガティブな感想で語る人いるけど
— 平野耕太 (@hiranokohta) March 19, 2023
俺、あれ凄い好きで
特に美術と世界観デザイン最高だと思うんすよ pic.twitter.com/4NGoGIs5JX
紀里谷:皆さん忘れがちなんですが、『CASSHERN』は僕が30歳になったばかりに企画が始まった、20年前の作品ですよ、もちろん、それだけの時を経てまだ話題にしてもらえることはありがたいし、平野さんのツイートも嬉しかったです。
本来、作品は比べるものではないと思うのですが、でも、どうしても比べるんだったら20年前の作品ではなく、今回の『世界の終わりから』でお願いしたいです。 『CASSHERN』の公開当時も、庵野秀明監督の実写映画版『キューティーハニー』と比べられたんですが、全然違う作品だと思いました。『シン・仮面ライダー』も、まだ本編を観ていないのですが、予告だけだと「どこが似ているんだ?」と思いました……(笑)。
――伊東さんにも、他の作品をあげてしまって恐縮ですが、『空白』と『さがす』が続けてひどい父親を持つ女の子の役だったので、SNSでは「伊東蒼さんに素敵なお父さんを持つ役をさせてあげて!」とつぶやかれていたりもするんです。今回は両親も祖母も亡くなってしまう、天涯孤独の女の子で、さらに辛い!とも思ってしまいました。
伊東:でも、よくよく考えてみると、『空白』と『さがす』のお父さんも、良いところもあったとも思いますよ。今回の『世界の終わりから』ではお父さんは亡くなってしまうのですが、今回は初めから良いお父さんでもありましたから。そうして続けて見てくださってる方がたくさんいらっしゃることがありがたいです。
目の前で起きていることを現実のように捉え、「リアル」を持ち込んでくれた
▶︎本記事の画像を全て見る――紀里谷監督が、伊東蒼さんの演技を見ている中で、気づいたことなどがあれば教えてください。
紀里谷:先ほど、伊東さんが「若林時英さん演じる友達のタケルとのやり取りが良い意味で雑」とおっしゃっていましたが、その若林さんに対して、伊東さんが冷たい印象のお芝居もされていたんですよ。
僕が書いた脚本の中では、ハナはもっと良い子だったのですが、その伊東さんを観て「優しすぎるというか、美化しすぎたキャラクターを書いちゃったのかも」と気付かされました。伊東さんは「あんなに辛い人生だったら、ちょっとぐらいは冷たいことも言っちゃうだろう」ということ、言い換えれば「リアル」を持ち込んでくれたんです。
それは、監督としてもありがたかったです。自分も気づいてないキャラクターが、本当にそこに現れて、自分の考えとの誤差があった。自分が思っていたこととは違うけど、それでもそちらの方がいいと思ったし、それを尊重するべきだと気付かされました。あとは2人でリハーサルとディスカッションをして、伊東さんが「このセリフは言いにくい」と言うところは尊重し書きかえました。伊東蒼という人格が、ハナに乗り移っているからこそ、成立したのだと思います。
伊東さんを見てて、一番すごいなと思ったのは、目の前で起きていることを現実のように捉えて、すぐにリアクションをすることでした。お芝居という言葉を使うのが嫌なくらいで、これはすごいと思いましたよ。多くの役者さんが「良く見せようとする」ことに対して、伊東さんは自然にというより、「内」から出そうとする。お世辞ではなく、それが本当に役者のあるべき姿だと思いました。
伊東:監督にそう言っていただけて嬉しいです。
「世界を救おうとする小さな話」だと実感した
▶︎本記事の画像を全て見る――今回の『世界の終わりから』は紀里谷和明監督の作家性、思想がストレートに表れていて、しかも物語と密接につながって、自然に提示されていた印象で、そのメッセージは確かに大切なものだと思えました。
紀里谷:常に自分を出そうと思ってましたよ。それこそが映画監督だと思ってもいます。メッセージ性が強すぎるという声もありますが、メッセージが作品にあるのは当たり前の話で、メッセージを作品に込めないのだったら映画監督なんてやらないよとも思うんです。映画をもう辞める大きな理由は、そうした監督としてやるべきことを踏まえて、やはり伝えたいことは伝えきったからですね。
――紀里谷監督も先ほどおっしゃっていましたが、今回は試写会での評判が良く、監督自身も「伝わった」実感があったのだと思います。特に若者にも向けられてる作品だとも思いますが、伊東さんはいかがですか。
伊東:初めて台本を読んだ時は、終わってしまう世界を救おうとする、大きいなテーマに気を取られちゃったのですが、最終的に作品から自分が感じたことは「誰も1人じゃない」「自分が少しその人に気持ちを向けるだけで、その人の寂しさや苦しさをカバーできる」ということを感じました。大きい話を土台に進んでいきますけど、とても身近な、小さくて大事なことに目を向けるということ。そこを感じてもらえたら嬉しいし、届くべき人に届いてほしいと思います。
――監督と伊東さんは、作品のメッセージについて話し合ったりしたのでしょうか。
紀里谷:話したりはしていなかったよね?
伊東:でも、初めてお会いした時にちょっとだけ、「大きい話じゃなくて、小さな話なんです」とおっしゃっていましたよ。その時にはわからなかったんですけど、撮影している間や完成したのを見て、「うん、こういうことだったんだな」と実感できました。
――本当に、壮大なようで、描いてることは身近なことですよね。良い意味でわかりやすい「セカイ系」の物語でもあると思いますし、セカイ系の物語に触れている若い人にも親しみやすいのではないでしょうか。辛いシーンもありましたが、それ以上に優しい作品でもあると思うので、多くの方に届いてほしいです。
『世界の終わりから』は4月7日より上映中。筆者個人としても、紀里谷和明監督が己の作家性をストレートに打ち出し、かつ「どこに連れて行かれるのか」わからないほどのエンターテインメントとしての疾走感がある、掛け値なしに紀里谷監督の最高傑作だと断言できる作品だった。伊東蒼の一世一代の演技と、そして例えようもない感動が待ち受けるラストを、見届けてほしい。
(撮影=Marco Perbni/取材・文=ヒナタカ)
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