©2022「すずめの戸締まり」製作委員会
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映画ビジネスコラム

REGULAR

2023年04月29日

新海誠の言う「日本のアニメ映画が別のフェーズに入った」とはどういうことなのか?

新海誠の言う「日本のアニメ映画が別のフェーズに入った」とはどういうことなのか?


少し前に、新海誠監督がこんなことをツイートしていました。


『すずめの戸締まり』の中国での興行収入が日本国内のそれを上回ったことを受けてのツイートですが、ここで監督は「日本のアニメーションの世界興行が別のフェーズに入った」と指摘しています。

これは、極めて重要な指摘だと筆者は思います。日本アニメが世界で人気だということは国内でも知られるようになりましたが、ここ数ヶ月は『すずめの戸締まり』『THE FIRST SLAM DUNK』が他国の映画館で高い興行収入を挙げていることが報じられています。

果たして新海監督の言う「別のフェーズ」は、一過性のトレンドにすぎないのか、それとも長期的な傾向にできるのか、考えてみたいと思います。

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アジアを席巻する『すずめの戸締まり』と『SLAM DUNK』

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『すずめの戸締まり』と『THE FIRST SLAM DUNK』がアジア各国で大ヒットを記録しています。

韓国では、『THE FISRT SLAM DUNK』が同国の日本映画の歴代動員記録を更新、しかしその約一カ月後に『すずめの戸締まり』がその記録を再度更新しました。

2023年、韓国映画市場では日本アニメが絶好調です。今年1月から3月の第一四半期の動員数国別シェアは、アメリカ映画(30.4%)や韓国映画(29.5%)を抑えて日本映画が36.4%でトップとなっています。



たった3ヶ月のことですが、これまで韓国市場はハリウッド映画と国産映画が支配してきた市場でのため、日本映画がシェアトップを取るのは快挙と言えます。これは、ほとんど『すずめの戸締まり』と『THE FISRT SLAM DUNK』2本の大ヒットによって引き起こされたものです。

この2本が大ヒットしているのは韓国だけではありません。最初に言及したように、中国で『すずめの戸締まり』は日本での記録を抜くヒットとなっていますし、観客動員数は2000万人を突破。中国国産の超大作にはさすがに敵いませんが、ハリウッド映画の『アントマン&ワスプ:クアントマニア』など、同時期に公開された大作映画を凌駕する成績を記録しています。



『THE FISRT SLAM DUNK』の方は4月20日に公開が始まったばかりですが、平日にもかかわらず2日で約34億円の大ヒットを記録し2位以下を大きく引き離しています。公開初日の上映シェアは過半数に達しており、日本では『名探偵コナン 黒鉄の魚影』の上映シェアが49.9%と話題になっていましたが、その頃中国では『THE FIRST SLAM DUNK』が54.4%のシェアを取っていました。

この「灌篮高手」が『THE FIRST SLAM DUNK』です。

猫目:Maoyan Pro

この勢いでいくと『THE FIRST SLAM DUNK』も『すずめの戸締まり』に近い、もしくはそれ以上の興行成績を叩き出すでしょう。

その他、台湾や東南アジア各国でもこの2本はハリウッド映画や国産映画に混じって興行収入ランク上位に顔を出しており、アジア各地で旋風を巻き起こしています。

コロナ禍以降「日本アニメがランク上位」も珍しくない

(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

さて、これはこの2本の映画だけが突出した突然変異なのでしょうか。

確かに両作とも非常に優れた作品で、強い作家性と完成度の高いアニメーションで多くの人を魅了しています。しかし、日本のアニメ映画が海外の興業収入ランクの上位10本に顔を出すことは、コロナ禍以降では決して珍しいことではありません。

アジアから北米市場に目を移すと、日本で記録的ヒットとなった『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、アメリカでも公開初週の週末に22億円の興行収入を記録し1位に輝いています。その後も、映画『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』『劇場版 呪術廻戦 0』『ONE PIECE FILM RED』も上位にランクイン。

©川上泰樹・伏瀬・講談社/転スラ製作委員会

少年マンガ系の劇場版作品は、北米でも強さを見せています。さらには『劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編』も初登場8位にランクするなど、人気アニメの劇場版は映画大国アメリカでもランキングの常連になっているのです。

これらの作品群は、欧州や南米市場でも存在感を発揮しており、ここ数年日本でヒットしたアニメ映画は、他の国でも興行収入ランクの上位に顔を出すようになってきていて『すずめの戸締まり』と『THE FIRST SLAM DUNK』の2本が特別だということではないわけです。

かつて、ポケモン映画第1作『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』が北米市場で1位を獲得したことがありましたが、これはポケモンというコンテンツの人気を反映した突然変異のような成績でした。今、起きている事態は突然変異ではなく、多種多様なタイトルが各国の映画館を賑わせている状態で、裾野が拡大しているということです。

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コロナ禍による巣籠もり需要で、配信経由でアニメ需要が拡大したことも後押しになっていると思われますが、これまでの歴史の積み重ねでファン層が拡大し、裾野が広がっている様子が伺えます。

新海監督の言う「別のフェーズ」とは、そういう状態を指していると思われます。特定の突出した人気作が突然変異のように売れているのではなく、多くの作品が普通に求められ、各国の映画館のラインナップに普通に並ぶようになってきていうことです。

ハリウッドの世界支配は弱まるか

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2022年までは、アメリカ映画界がコロナのダメージから回復しきっておらず、作品の供給が少ない状態でしたが、2023年からは本格的に世界中の映画館にハリウッド映画が戻ってきています。

それだけに、2023年の海外での興行成績は、今後日本アニメが世界の映画館に定着できるかどうかを占う上で重要な年となるでしょう。そういう年に『すずめの戸締まり』と『THE FIRST SLAM DUNK』の2本が好成績を出せていることは、今後大きな意味を持つかもしれません。

世界の映画市場は新型コロナによって大きなダメージを受けました。それまで世界中の映画館に作品を供給していたハリウッドが配信に大きく舵を切り、劇場用コンテンツが減ったことで世界中の映画館が上映編成に苦労したことでしょう。

(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

日本の場合は、アニメ人気がハリウッド映画の穴をある程度カバーしましたが、世界中の興行主がハリウッドに依存していると、この先は生き残れないかもしれないと危機感を抱いたでしょう。

2022年12月に、タイのバンコクで開催されたアジアの映画興行・配給事業者向けコンベンション「CineAsia(シネアジア)」のシンポジウムで、マレーシアの映画館チェーンの方の発言はそれを示唆しています。

 メイ・リー・コー(ゴールデン・スクリーン・シネマズ)映画興行において、コロナからのよりよい回復を見せた市場は、コンテンツ面での難問を解決できている市場だと思います。マレーシアでは、以前はハリウッドのスタジオ作品が月2~3本ありましたが、2022年はその3分の1ほどしかありませんでした。こうしたなか、2022年はローカル・コンテンツにとって驚異的な年となりました。ローカル・コンテンツの興収シェアが13%から26%へと上昇したのです。興収上位10本の映画のうち、3~4本がローカル・コンテンツになりそうです。ローカル・コンテンツがなかったら、マレーシアの興行がこれほど早く回復することはなかったでしょう。

第4回:アジア・ローカル映画の成功と興行ビジネスの変化 - GEM Standard

ここで言う「コンテンツ面での難問」とは、その後の話の流れを考えると「ハリウッドへの依存度が高すぎる」ということだと筆者は考えます。「ローカル・コンテンツが存在感を持っている市場ほど回復が早い」というのがそれをほのめかしています。今後は世界的に、自国の映画やアメリカ以外の外国映画の配給を強化する流れが起きるかもしれません。



日本アニメがその有力候補となれるかどうか、今は非常に重要な時期だと思います。当然、ハリウッド映画も有力な選択肢であり続けるでしょうが、より多彩な選択肢が模索されていく流れに上手く乗れれば、日本アニメの世界興行はさらに伸ばせる可能性があります。

日本のテレビアニメは世界中で配信サイトを通じて観られていましたが、ここ数年で世界の映画館でも日本アニメが多くの人に観られるようになってきているのです。

それはハリウッドが支配していた市場に切り込むことを意味するので、今後日本アニメはハリウッド映画とも競争していくことになる、そういう「フェーズ」に突入したと言えるでしょう。

(文:杉本穂高)

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