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映画コラム

REGULAR

2023年06月16日

映画『コーダ あいのうた』の「伝えること」の尊さと、ラストの意味を解説

映画『コーダ あいのうた』の「伝えること」の尊さと、ラストの意味を解説



「正しくない」家族それぞれの、ある種のスガスガしさ

この映画『コーダ』のさらなる特徴は、耳が聴こえない家族を、まったくもって聖人君子のような「正しい」人物としては描いてはいないこと。

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それぞれ下ネタや悪い冗談をあけすけに言ったりするし、特に父は違法のマリファナも堂々と吸ったりもしていて、むしろ間違っていることばかりだ。何より、歌が好きなルビーの気持ちをなかなか理解しようとせず、手話通訳の役割をずっと担わせようとする両親に、必要以上のイライラを抱いてしまう方もいるかもしれない。

でも、だからこそ、家族の成長の物語としても本作は感動的だ。そこには(悪い冗談は言っても)「本音で話し合える」という、ある種のスガスガしさがあるし、それぞれの悪く思えた部分が、後に“反転”していく面白さもある。

例えば、母は生まれてきたばかりのルビーに「耳が聴こえませんようにと願った」「分かり合えないと思ったから」と打ち明けるのだが、その「正直さ」があってこそ、むしろルビーと分かり合えることができた。

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そして、兄は映画の冒頭で「ボケナス兄貴」「プッツン娘」とルビーと手話で罵り合う仲だった。だが、そんな兄でも「卑屈になるな。俺たちは無力じゃない」などとはっきりとルビーに“頼らない”ことを宣言する。その直後に「お前が生まれるまで家族は平和だった。失せろ」とひどい言い分をしているように見えても、それは普段から罵り合うやり取りをしていた、兄の愛情ゆえの言葉に思えた。

父は娘の前でおならをしても悪びれないわ、性病になっても妻とのセックスが我慢できないわ、娘が連れてきた高校の同級生のマイルスの前でも性的な話をするわで、もっともとんでもない人物にも思えた。だが、だからこそ、先生が動画で覚えてきた性的な方向へ盛大に間違った手話でさえも、「分かるから大丈夫」と笑顔で許容できる、良い意味での豪放磊落さもあることが分かるのだ。

「伝えることは難しくない」という寓話なのかもしれない

このように振り返ってみると、家族それぞれは別に人が変わったわけではないし、ある意味では「そのまま」だったと言える。家族はルビーに気持ちを伝え、ルビーもまた家族に気持ちを伝え、そしてルビーは自分自身が選んだ音楽の道に進むことができる。それを大きな成長として示しているのだ。

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そう考えると、『コーダ』は聴者とろう者との関係だけに限らない、「伝えること」そのものの尊さを訴えた寓話(教訓を含む物語)を紡いでいると言える。

前述してきた通り、ルビーの家族はデリカシーのかけらもないが、裏を返せばそれは本音でなんでも言い合える仲。マイルスが自分の家族の関係を憂い、ルビーの家族をうらやむ言葉も、心からのものだったのだろう。「伝えられる」ことそのものが、嬉しいことなのだ。

くだけた感じで言えば、「伝えることは難しいと思っているかもしれないけど、実は簡単かもしれないよ」と、本作は高らかに宣言している。本作は手話でのコミュニケーションも多く描かれているが、それもまた伝えるための“手段”にすぎない、という言い方もできるだろう。

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そして、両親がルビーが歌う様を“無音”で見ていた演出、父がルビーの喉を触って歌を感じたシーンを経ての……歌が聴こえない両親へ、ルビーが手話をもって歌を伝えるクライマックスが感動的だ。「耳が聴こえない人には音楽を伝えられない」という固定観念を覆す、人によっては今まで想像し得なかった「伝え方」を目の当たりにできるのだから。

ラストのハンドサインは「愛している」だけじゃない

そして、映画の最後にルビーが示したのは「愛しています」のハンドサイン。実は、ここで人差し指を交差させていることで「“本当に”愛しています」という意味にもなっているのだ(中盤でルビーが両親へ「大嫌い!」と手話と共に言っていたことも伏線になっている)。

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やはり、ルビーとその家族は本音で言い合うことができているし、その愛情にはまったくのウソがない。それを含めて、はっきりと伝えることは、なんと美しく尊いものなのだろうか。この映画を観た後は、身近な人へ大切な何かを伝えてみたい、そう思うことができるだろう。

さらに、タイトルのコーダは、前述した「Children of Deaf Adults」だけでなく、音楽用語のコーダとのダブルミーニングでもあるのだろう。それは楽曲や楽章の終わりを示すと共に、新たな楽章の始まりにつながることもある。「これから」のルビーの人生をも鼓舞したタイトルとも読み取れるのだ。

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(文:ヒナタカ)

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