【君たちはどう生きるか】時代に寄り添い続けるジブリ宣伝の“本質”とは?
宮崎駿監督の10年ぶりの新作映画『君たちはどう生きるか』が公開され、堅調な興行成績をあげています。
宣伝素材は、鳥のような奇妙な生物を描いた一枚のみと、徹底して情報を出さない「宣伝ゼロ」の手法が物議を醸しましたが、初週の売上は『千と千尋の神隠し』を超えるロケットスタートとなりました。
大胆な手法で大きな注目を集めることとなりましたが、スタジオジブリの宣伝方針は常に一貫した本質があるように思います。
果たして、ジブリの宣伝戦略の本質は何なのか、その歴史を紐解くことで、今回の「宣伝しない宣伝」はどう位置付けられるのか、考えてみたいと思います。
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『魔女の宅急便』というターニングポイント
スタジオジブリにとって宣伝という観点での最初のターニングポイントは、1989年公開の『魔女の宅急便』です。『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が高い評価と裏腹に興行的には上手くいかなかったのを挽回する必要がありました。
鈴木敏夫氏自身、「明確に意識して当てようと宣伝を重視し始めたのは『魔女の宅急便』から」と発言しています。(「熱風:スタジオジブリの好奇心」2016年8月号、P49)
『魔女の宅急便』はジブリで初めて大ヒットといえる結果を出した作品で、ここからジブリのブランドが本格的に日本に浸透していったといえます。『魔女の宅急便』で初めて、日本テレビが出資に参加、大規模にテレビとタイアップする戦略が始まります。
© 1989 角野栄子・Studio Ghibli・N
このタイアップは当然大きな効果を生んでいたと思われますが、『魔女の宅急便』の宣伝の一番のポイントは、キービジュアルの作り方にあるようです。鈴木氏は映画のポスター作りについてこういう考え方を持っています。
「ポスターは映画のタイトル、ビジュアル、コピーで情報を補完し合った方がいい」ということです。例えば、『魔女の宅急便』(89)では、映画のタイトルで魔女が空を飛ぶことが分かっているから、その情報はビジュアルにもコピーにもいらない。それでビジュアルをパン屋の店番をしているキキにして、“おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。”というコピーを入れることで、これが思春期の女の子の話ですという情報を加えたんです。長くジブリの宣伝に関わる日本テレビの奥田誠治氏によれば、当初のポスター図案はキキがほうきに乗って町を飛んでいる絵柄に「少女のひと夏の冒険」のようなコピーで、「昔ながらの東映アニメの王道スタイル」だったそうですが、鈴木氏が待ったをかけたと証言しています。(「熱風:スタジオジブリの好奇心」2015年1月号、スタジオジブリ、P49)
(『キネマ旬報』2016年7月上旬号、キネマ旬報社、P47)
鈴木氏は、それでは作品のテーマが伝わらない。この映画は思春期の女の子が悩みながら自立の道を模索する話であるということを伝えねばならないと考え、あのようなビジュアルになったそうです。
© 1989 角野栄子・Studio Ghibli・N
奥田氏は、それを見て従来のアニメの定番からかけ離れていてびっくりしたと言います。しかしこれは、当時の女性の社会進出が進み始める社会ともマッチしており、作品のテーマにも寄り添う見事な図案だったと思います。
以降、ジブリの宣伝は「なぜ今これを発表するのか」という時代の必然性と作品の本質をきちんと伝えることを柱に展開されていくのです。
宣伝のポイントは企画の出発点にある
さらに、鈴木氏の仕掛ける宣伝戦略は確たる数字の根拠に基づいています。例えば、ジブリは地方を熱心にキャンペーンで回る泥臭い宣伝をやったと、以前筆者は書いたことがありますが、これも根性論というわけでなはく、数字の根拠があります。
鈴木 昔シネコンが少ないときは、日本でつくる映画は、日本を5つに分けて、だいたい関東でお客さんが6割から7割入っていたんだよね。それ以外で残りの3割、4割。ところがジブリは、伝統的に地方が70%で、関東が30だった。
(『熱風:スタジオジブリの好奇心』2016年8月号、スタジオジブリ、P51)
ジブリの動員は、他の映画とは異なる傾向があることを数字で把握していたので、地方を泥臭く回るのが効果的だという結論に達したのですね。
興行収入300億円を超え、当時の興行収入の記録を塗り替えた『千と千尋の神隠し』ではローソンとタイアップ。当時コンビニには若者が集まり、そこで流れる曲からヒットが生まれていることを見抜いていたためです。
『千と千尋の神隠し』での宣伝物量がすさまじかったこともあり、『ハウルの動く城』では「宣伝しない宣伝」という方針を掲げます。地方キャンペーンを行わず、テレビスポットも公開前には打たず、あらすじの公開もしていませんでした。この時、すでに「宣伝しない宣伝」で成功を収めていたのですね。これは、当時の映画が事前に情報を出しすぎており、事前に観てしまったような気分になっているのではという考えのもと行ったといいます。(スタジオジブリの歴史)
ただこの時、宣伝しないといっても、声優情報やキービジュアルなど最低限の情報は出していたし、公開後には予告をテレビスポットで流すなどしていたので、『君たちはどう生きるか』ほど徹底して宣伝しなかったわけではありません。
『ハウルの動く城』の宣伝は『THE FIRST SLAM DUNK』に近く、「宣伝しない」というより「宣伝のための情報を厳選する」という方が正確かもしれません。
『ハウルの動く城』も情報量が限られていたとはいえ、その情報のインパクトは非常に強いものがありました。最初に発表されたキービジュアルは足のついた城が歩き出すのを真正面から捉え「この城が動く。」というコピーがつけられたものでした。大変に想像力を掻き立てられるイメージです。
© 2004 Studio Ghibli・NDDMT
こうしたインパクトのあるイメージを作る上で、鈴木氏は「企画の出発点にモトがある」と語ります。上記の第一弾のビジュアルは、宮崎監督の企画段階で「本来動くはずのない城が動いたら面白い」という発想から生まれ、そこにタイトルとシンプルで力強いコピー「この城が動く。」を組み合わせたものだそうです。(『SPT 08』2012年3月号、工作舎、P32)
作品の本質を企画に出発点にして捉え、数字をきちんと把握し、抑えるべきところを抑えていく。そして、時代を読んで「なぜ今これを観に行くといいのか」という理由作りをきちんと考えた上で、それもポスター図案に織り込んでいく。そういう姿勢がジブリの宣伝には一貫してあったといえるでしょう。
宣伝しないことで発せられたメッセージとは
情報を出さないことについて、鈴木氏は色々なところで「情報過多の時代で、事前情報を確認するために映画を観に行く」時代になってしまっていると語っています。現代へのアンチテーゼとして宣伝をしないという方針があるわけです。
これは作品の本質にも寄り添っているといえます。今回、謎の鳥っぽいイメージだけを出しましたが実際に本編を鑑賞してみると、謎に満ちたというか一元的な解釈にならない多彩なイメージを自由に解釈できる作品でした。
そういう作風と宣伝しない方針は確かにマッチしています。謎の鳥っぽいイメージも多彩な解釈が許容されるものになっているわけです。そうやって個々人で考えて楽しんでくださいね、というメッセージを宣伝しないことで伝えているのでしょう。
これは『魔女の宅急便』のポスターが思春期の女の子の悩みをきちんと伝えていることと、姿勢としたは変わっていないといえるでしょう。やり方は真逆ですが、作品の本質は突いているのです。
当然、今は映画興行において口コミの影響力が無視できないことも踏まえての戦略でしょうし、情報が増えすぎている時代に逆に情報遮断することで、かえって目立つということも計算に入れていると思われます。
これから宣伝解禁はあるのか
ただ、ここから宣伝なしで興行が伸びるか未知数な部分があります。二週目週末の成績は一週目の60%ダウンで、ファミリー層などは依然として少ないと言われています。夏休み興行が本格化して話題作がたくさん出てくる中、宣伝なしではさすがに押されてしまう可能性もあるでしょう。
エンドロールに「予告編制作」のクレジットがあったように、宣伝の素材時代は用意している可能性があり、出すタイミングを見計らっているのかもしれません。それとも、最後まで一切宣伝しないで押し通すのでしょうか。
今回のジブリの試みは、映画宣伝がどうあるべきなのか、改めて考えさせてくれました。作品の本質を伝えるという大前提を忘れないジブリの宣伝戦略には見習うべきところがたくさんあるのではないでしょうか。
(文:杉本穂高)
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