映画『ほつれる』は“門脇麦”のための映画だ

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デビュー作『わたし達はおとな』でその名を映画界に轟かせた加藤拓也監督が、新たなオリジナル脚本で撮りあげた長編第2作『ほつれる』が9月8日(金)に公開された。

主演には『あのこは貴族』や「愛の渦」でその演技力を証明してきた門脇麦が起用され、主人公の綿子が自分が蓋をしてきた秘密と向き合う姿を繊細に描く。

門脇といえば、どんな作品に出ていても、独特で深みのある表現力が作り出す奇抜なキャラクターが印象に残る俳優である。門脇の持つ独自の魅力がどのように​​映画『ほつれる』に反映されているのかを紐解いていこう。

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1:『ほつれる』のあらすじは?


物語は、冷え切った夫婦関係に悩む綿子(門脇麦)が、友人の紹介で出会った木村(染谷将太)との交流を通じて新たな感情を見出していく様子を追いかける。秘密の恋人である木村と仲睦まじく旅行に出かけた綿子だったが、旅行の帰り道、木村は事故に遭い帰らぬ人となってしまう。本作から浮かび上がるのは、失った恋人との想い出と、夫・文則(田村健太郎)とのすれ違う関係との間で揺れ動く、綿子の複雑な心情だ。

綿子は過去の思い出を辿りながら、夫や周囲の人々、そして自らと向き合うことになる。映画を彩る美しい音楽は、第16回アジア・フィルム・アワードで最優秀音楽賞を受賞した音楽家・石橋英子が担当。観客もまた、綿子の内なる葛藤と成長を美しい映像を重ねながら、彼女が失った恋人の存在を通じて見つけた新たな人生の可能性をともに探求することになるだろう。

率直な感想から言えば、今回門脇麦が綿子を演じた姿を見て「ハマり役とはこのことか」と感じた。映像の撮り方そのものも、門脇の表情をゆっくりと拾うようなカメラワークも多く、視線の動きや口角がわずかに引きつる感じなどが引き立つ映像であったように感じる。では一体、今回の綿子の演技の何が、門脇との親和性を感じさせたのだろうか。

2:『ほつれる』の演技で見えた門脇麦の真骨頂


映画・舞台・ドラマとメジャー作品からインディペンデント作品まで様々なジャンルの作品に出演している門脇。しかし、そんな中でも門脇ならではの演技力が垣間見えるのは、抱いてしまった感情を咄嗟に“隠す”場面だと感じている。

過去にも門脇は、友人への嫉妬と憧れの感情を表現した『チワワちゃん』ミキ役や、ようやく手にした幸福な結婚生活への違和感を役に宿した『あのこは貴族』華子役、倫理に反した尾行にハマってしまう『二重生活』珠役などで、さまざまなキャラクターが隠した感情を繊細に表現してきた。

「もしもし、救急車お願いします、車と人です。場所は……」

物語序盤、交通事故に遭った木村を見捨ててしまった綿子。通報をすることは、自らの今の生活を危うくする行為でもあり、綿子の中のさまざまな葛藤が渦を巻き始める。平静を装うも、「どうしよう」と言う感情に混ざった保身への意識が表情に浮かんでいる。

まさにこれである。思わず表情に出てしまったような微妙な動揺や焦りや、生活の中で生まれる些細な違和感。自己防衛本能が働くような状況や感情の葛藤の中で、門脇の演技は一際光る。そんな門脇の演技を観ていると、「なんでもない」と口では言いながらも、その心には自分でも完全には言語化できていない負の感情が渦巻いているときのような、切ない矛盾に心が共鳴することがある。


まさに門脇は、キャラクターの人格が「ほつれる」瞬間を演じるのが上手い役者なのだ。後に綿子が文則へ嘘を重ねていく様子、そしてその嘘が破綻していく様も見事であった。

とはいえ、正統派ヒロインから殺人鬼まで演じきる演技力の高さから、門脇が今まで演じてきた役柄は本当に幅広い。

だからこそ、『ほつれる』を観て筆者は思わず「私が観たかった門脇麦がここにいる!」と興奮してしまった。そういう意味で本作は、ほんの少しの視線や仕草に妙なリアリティを託した、“門脇麦、ここに在り”な作品であった。

3:『ほつれる』は何を描いていた?



少し俳優論から話は逸れるが、本作が描いていたものは結局なんだったのか。

縫い目や結び目、あるいは編んだ糸などがとける意味を持つ「ほつれる」という言葉だが、まさに本作は綿子が糸のようにきつく束ねていた文則との生活が、木村の死をきっかけにほつれていく様子が描かれていた。一度ほつれてしまった「生活」という糸を、元に戻すことがいかに難しいかは想像に難くないだろう。

「ほぐれる」「ほどける」など、似たような表現はさまざまあるものの、本作が「ほつれる」をタイトルに掲げているのは、「ほつれる」の持つ“とけて乱れる”と言う意味合いが大きいのではないか。

死んでしまった人は、もう戻ってこない。しかし、その人がいなくなったことによる誰かの変化は必ず存在していて、その乱れは良くも悪くもまた別の誰かの人生を変えてしまう。木村の死をきっかけに、目を逸らしていた現実に向きあっていく綿子を観て、このタイトルに筆者はそんなメッセージを感じた。

繊細な人間ドラマと門脇の演技が融合した、加藤拓也監督の新たなる作品。変わりゆく人間関係と内面の葛藤を描いた映画『ほつれる』は、観る者の心に深い感銘を与えるに違いない。門脇麦の“らしさ”に溢れた本作の誕生を心から祝福しよう。

(文:すなくじら)

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