『三月のライオン』製作秘話、そして『無伴奏』―映画監督・矢崎仁司 独占インタビュー
小池真理子の半自叙伝的同名小説を、成海璃子主演、池松壮亮、斎藤工ら実力派俳優たちで完全映画化した『無伴奏』。Blu-ray&DVD化もされた本作でメガホンをとった矢崎仁司監督に、シネマズが独占インタビューを敢行した。インタビューの中では、矢崎監督が代表作のひとつである『三月のライオン』の作成秘話や、映画作りにおける思いなど様々な話が飛び出した。
『無伴奏』矢崎仁司監督、シネマズ独占インタビュー
――『無伴奏』を観させてもらって、とにかくセットから何からディテールが細かくて、すごいものを観させてもらっていると思いました。その時代を経験している人間からすれば“ノスタルジー”であって、逆に知らない世代からすると、全く新しい景色だなと。
その時代を知らない若い人たちであっても、”闘い”であったり、“恋愛”であったりは、いつの時代も変わらない共通のものだと思うんですね。だから、当時を知る人たちにも観て欲しいという気持ちもありつつ、むしろ若い人たちに観てもらいたいというのはかなり強かったですね。
――かなり複雑な“恋愛”が描かれていますよね。
僕は1作目から女性同士の恋愛といった、男だとか女だとか、そういうところではなく“人が人を好きになること”を撮ってきました。世間で言う「アブノーマル」という言葉と、僕はずっと嫌いで闘ってきていて、小池真理子さんの原作を読んだ時に、他の人が映画にして、そういった部分をクローズアップされたら嫌だなと、だからこれはもう絶対僕が映画にしたいと、強く思ったんです。
――個人的には、物語が進むにつれて、誰が主人公なのか、正直分からない作品だなと。
基本的には、成海璃子さんが演じる「響子」という女性を主人公に作ったつもりです。ただ、彼女が関わる人たちが、物語の都合上だけで登場していくのではつまらない。素晴らしいキャスティングに恵まれたのもあって、それぞれの人間としての存在感がきっちりと立ち上がったなと思いますね。そういった意味で、響子が“人”という存在に出会い、成長していく話が撮れたなと。
『無伴奏』より (C)2015「無伴奏」製作委員会
――無粋な質問ですが、『無伴奏』は、監督の中でなにか答えみたいなものがあるのでしょうか?
僕には全くないです。今までの作品もそうで、人と一緒に映画を作っていくので、僕が何か“答え”を持って、その答えに導きたいがために映画を作ることは一度もしたことがないんですよ。「申し訳ない、僕は答えを持っていない。ただ一緒に悩むことはできるから、一緒に映画を作りたいね」と言って、スタートしています。
――一緒に悩むことが出来るというのは、観る側にとっても同じな気がしました。
仮に何か導き出したいテーマがあったとしても、それ自体をいつも僕は疑っています。基本的には、大きなクエスチョンマークさえ持っていれば、映画は作れます。正直、信じて疑わない“何か”を持っている人の作品は面白くないんですよ。押し付けないように、放り投げたボールのようにしたくて、それを観た人の感情でキャッチしてくれたらいいなと。
――人の人生も、その通り「答え」がないですよね。
何よりも、繰り返し観ることができる映画を作りたいのが大きいですね。音楽や絵画って、何度も聴いたり観たりをしますが、映画は1回観たらそれで終わりってなるのがなんか寂しくて。
―確かに音楽や絵画って何度も楽しむものですよね。
例えば、恋人と喧嘩した後に観るのと、幸せいっぱいの時に観るのでは、その時々で違う感情が生まれる。音楽はすでにそういうものですが、そんな風に観てもらえる映画を作りたいと思っています。
――繰り返し観るというと、監督の『三月のライオン』(1992)は、斎藤工さんも大ファンで、『無伴奏』の出演のオファーを快諾したと伺っています。この作品は、画がとにかく美しいなと。だけど、監督は撮影現場では、モニターで画を確認しないそうですね。
ずっと一緒にやっている撮影の石井勲さんや、照明の大坂章夫さんの画作りというか、そこを本当に信頼しています。撮影に入る前には、作品ごとのルックを探す作業ももちろんしますが、撮影に入ってしまえば、監督としての仕事は俳優さんにどう動いてもらうかだけだなと。逆に、モニターで確認するという作業をすると、画が“小さく”なってしまうんです。
――それはどうでしてですか?
箱や窓に詰め込む作業みたいになってしまうなと。僕はもっとそこにいる俳優さんの空気感のようなものを浴びたくて、それが見えていれば、画をどう切り取っても大丈夫だと思っています。何よりも、長年ずっと一緒にやっている石井さん、大坂さんを、本当に安心しきっていますね。
――現場では確認せずに、ラッシュ(編集前の映像)まで、観ないそうですね。
撮影が終わった後に、NGテイクも含めて全員で観る会を必ずやっていて、とにかく関わったスタッフ全員に声をかけています。そこでNGも含めた全部の映像を見るのが、すごく楽しみなんです。
――もう少し『三月のライオン』を撮影した頃の話を伺わせていただきたいのですが、その当時のことは覚えていらっしゃいますか?
かなり覚えています。将棋の話ではないですよ(笑)
――今度公開になる、将棋の話の原作漫画は、監督の作品から付けられたタイトルらしいですね。話を戻しますが、この映画、都内の色々なところで撮影されていて、ロケの量がすごいですよね。
三月のライオン [DVD]
インディーズならではの創り方というか、お金はないけど時間はあるみたいな。例えば、室内の撮影でも、外が晴れてないと撮らないとか。おそらくこの先、ずっとこんな贅沢な撮影は出来ないと思います。
録音でもスタジオを使わずに、全部現場か、もしくは現場に非常に似たような場所で録っていて、例えば解体現場だったら、撮影した風景と同じような半壊の家を探して、アフレコをしました。録音スタジオだと、どうしても箱の大きさが分かるので、空に音が抜けてく感じにしたくて。
――観ていて、まるで8ミリを回し続けたドキュメンタリーを観ているような、そんな感覚がありました。
既にある考え方への反発みたいなのもあって、やっちゃいけないことなんて何一つないっていうような気持ちがずっとあったんですよね。その、芯に染み込んだ魂みたいなものは、また『無伴奏』を撮った時に、久々に出てきました。でも『三月のライオン』は、スタッフ5人ぐらいで撮ったんですよ。
――あれをたった5人で撮ったんですか!とにかく、画のこだわりがすごいじゃないですか。あれをその人数で…。
フィルムテストをやった時にブルーがダメで、夜の赤がうまく出ないからと、電話ボックスの赤とかテープを巻いて赤を消したり、通行人に赤い服の人が居たら、全部ストップさせたりしていました。
あとは、白いシートをいつも持っていて、遠くに緑とブルーが見えると、木とかを全部覆ったりもしていましたね。スタッフだけじゃなくて、主演の趙方豪さんやヒロインの由良宜子さんも、みんな人止め、車止めやったりしながら撮影しました。
――それはすごい話ですね。セットを使わないというのは敢えてなんですか?
僕らが映画を撮りたいとなったら、外で撮る方法しかなかったんです。だから、“街”が僕らにとってのセットでした。
――じゃあ、あの団地の荒廃した雰囲気も、本当の団地ということですか?
あの団地の部屋は、外階段が高島平で、ベランダは国分寺。風呂場は千駄ヶ谷とか。ひとつの空間を作るのに、いろんな場所で撮影しているんです。
――それはまた贅沢な撮影の仕方ですね…。部屋のシーンだけですか?
新宿の下着を履き替えるシーンも、紀伊国屋書店の方に向けるスクランブル交差点と、反対側は伊勢丹の方からのスクランブル交差点と、2箇所で撮っています。横浜にイメージ通りの坂があったら、それだけのために横浜に行きましたね。今ならメインのロケセットが決まったら、出来るだけその近辺でまとめて撮るのが普通みたいですが、あの時はそういう撮り方をしました。
――とにかく時間がかかりますよね?
撮影期間もトータルでは1年まではいかないけれど、それくらいはかかりました。土手のシーンでは、冬のシーンなのに、夏場になったから、みんなで草を刈ったんです。そしたらもうその日は撮影できないくらいにみんながバテちゃって(笑)
『無伴奏』より (C)2015「無伴奏」製作委員会
――『無伴奏』でも、そういった芯に染み込んだ魂みたいなものが、再び沸き起こったと言われましたが、『無伴奏』は空気とか匂いを、強く感じる映画だなと思いました。どうしてあんな空気みたいなのが作れるのかが不思議で。
僕は、物語に興味がないんです。人にしか興味がないんです。
――それが、空気や匂いを作っているということですね。
例えば池松さんが、座ったとして、落ち着くかどうかを聞くんです。そこが落ち着くってなれば、じゃあ、そこに座ろうって感じで撮影していました。大切なのは空間と居場所ですね。
――現場では、何よりも「人」が重要で、それが物語を作っていくと。
人がしっかりしないと“物語”は生まれないんですよ。映画は、物語というエスカレーターの上で、誰が乗っても進んでいくものを撮るのではなく、まず人が立ち上がって歩き始めることで、そこから生まれた物語でなきゃいけないんです。
――セットといえば、登場するバロック喫茶はかなり細部までこだわって再現されたと聞きました。
原作の小池さんも、すごくこだわっていた空間で。だから、元オーナーの木村さんに皆で会いに行って、当時のレコードや写真とかを見せていただいたり、使っていたコースターからコーヒーカップまで貸していただいたりして、可能な限り忠実に再現をしました。仙台プレミアに、木村さんが観に来てくださって「言うことない」と言っていただけたので、嬉しかったです。
――元オーナーの太鼓判となると、それはもう文句無しですね。
『無伴奏』より (C)2015「無伴奏」製作委員会
真ん中に通路があって、奥にドアがあって、2人がけの席が並んでいるみたいな、地下を走る列車みたいなイメージがありました。その時代を走っている列車に乗っているような感じで、登場人物が、1人ずつドアから出ていくシーンを撮っていて、途中下車するともう二度と乗車しないんです。
――それは気づきませんでした!そういった仕掛けがあったのですね。それと、もうひとつ個人的に印象に残ったのが“血”ですね。
ストーリー上で、ここで血を流すみたいなことはやりたく無いのですが、自分の中でここだなっていう瞬間があったんです。そこが、自身を見る瞬間でして。
――登場人物が自分自身を見つめる瞬間ということでしょうか?
これはよく言っていますが、物語を観て欲しいというより、僕が大好きな人をみんなの前に引っ張り出して、それを観て欲しいと思って映画を作っています。だけど、その人のいいところだけを推薦するのではなく、この人はこんな悪いこともするし、こんな風に人を裏切ったりもしますって。
――だけど、好きだと。
悪いところあっても、大好きですっていうのを確かめたい時に、画家が自画像を描く瞬間みたいな感じで、ふと自分を見る瞬間がどうしても欲しくなるんです。それが、鏡であったり、 血だったりするわけです。特に『無伴奏』の場合は、小池さんの原作に「感情の血を流したことはあっても、肉体の血を流したことない」という1行があって、それが美しかったので、なんとかそれを画で表現したいなっていうのもありましたね。
――美しいといえば、監督の撮る作品は、女性がとにかく美しい。『無伴奏』では、衣装も素晴らしくて、女性を美しく撮るというのは監督にとって、こだわりのひとつでしょうか?
有名な監督の言葉で「表情が出ていれば美しい」というのがあって、僕はそれをすごく信じているんですよ。もちろん石井さんと大坂さんが、撮影前に必ず俳優さんをテスト撮影しています。
――撮影されたものを観た瞬間、綺麗だなって思いますか?
いい顔をしているなって、思います。素晴らしい俳優さんは、もう一人の自分が俯瞰で自分を見ているという話をよく聞くのですが、きっと彼らは、自分の見え方なりを含めて、表情に取り入れているんだと思いますね。
『無伴奏』より (C)2015「無伴奏」製作委員会
――あとは、監督の作品と言えば、濡れ場のシーンが、非常に印象的です。今回の作品も、本当にその全てが美しく、そしてエロティックだなって。
ある意味セックスシーンっていうのは、アクションシーンだと思っているんです。一番大事なのはそのアクションを起こす前が、しっかりと描けていることだと思います。
――大掛かりな演出じゃなくてもよいと。
感情が、しっかりと撮れていればいいんです。『XXX KISS KISS KISS』という作品の時も言いましたが、観た人が「キスしたいな」とか、「最近いつキスしたんだっけ」とか、そんなふうに自分の方に向けられるっていうのは大事にしたいなと思っています。
――それは、すごく心の奥底が震える瞬間ですよね。
憧れたり、真似したくなったり、すごく大切だなと思うんですよね。美術館の中の絵画のように、シーンを積み重ねたいと常々思っていて、キャプションとか関係なく見入ってしまう、何かっていうのが絶対に必要だろうなと思っています。
――説明できない感情みたいなのが生まれると、何度も観たくなりますよね。
そうそう、その感覚になったら一番いいなと。絵を見ずにキャプションだけを読んで、イヤホンでガイド付けて鑑賞する、そんな美術館の観客にはしたくないと思っています。
――映画作りって、本当にとても体力のいる作業ですね。
例えば『三月のライオン』で線路のシーンを撮った時に、5人しかいないスタッフの内2人が、両手にやかんを持って線路を濡らしながら、ずっと向こうまで走っていって、やかんの水が切れたら柱の陰に隠れて、そこで「よーい、スタート!」なんて感じで撮影しました。なんでそんなことをしたかというと、それは「線路は濡れている方が美しいから」なんです。
――機材が良くなったとしても、そこは変わりませんよね。
映るものをもっともっと考えないといけないと思います。悪いのは、「後処理で」とかって言っちゃう人ですかね。今だとそれが出来ちゃうから。でもいかにアナログで画を作るかっていうのは、もっと勝負してもいいところだと思いますけどね。
――紀里谷和明監督が『ラスト・ナイツ』で、予算と時間をかけて、敢えてCGを使わずに撮影したという話を聞いたんですが、それはグリーンバックで撮影するのと、そうじゃないのでは、全然役者さんが違ってくるからと仰っていましたが、まさにそれですよね。
ロケーションを探すことも重要で、そこは格闘技のリングなんです。リングをしっかりと作らないと、俳優さんたちもそこで戦えないんですよ。部屋を作るにしても、場所を選ぶにしても、映ってなんぼっていう世界なんで、撮れていればいいっていうんじゃ、作品にはならないと思います。
――去年公開された『シン・ゴジラ』が斬新な撮影手法で話題になりましたね。あの作品も、かなり“人”にクローズアップした作品でしたね。
久々に面白いなあと思った作品でしたね。庵野監督好きです。「エヴァンゲリオン」も好きですし。
――もし監督に、ゴジラの話が来たら撮りますか?
僕は来る作品は、絶対断らないっていつも言っているので、ゴジラが来たら絶対挑みますね。
――繰り返し観てもらえる作品を意識して出来上がった『無伴奏』ですが、DVD化もされましたし、ぜひ手にとって欲しいというところでしょうか。
「映画館で30回ぐらい観ました」という方や、「『無伴奏』は人生の宝です」なんて仰ってくださったファンの方とか、本当に嬉しくて。繰り返し観ることにちゃんと耐えられるものを作れてよかったなって思っています。なので、一度観た人も、まだ観てない人も、ぜひあの映画の空気に触れてみて欲しいなと思います。
『無伴奏』DVD&Blu-rayは、現在発売中。特典映像には、劇場予告編と舞台挨拶映像が収録されているほか、37分にもおよぶメイキング映像も収録されている。
[amazonjs asin="B01IH8UOQ6" locale="JP" tmpl="Small" title="無伴奏 Blu-ray"]
なお『無伴奏』は、所沢市のマーキーホールで開催される「ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち Part17」で、明日3月18日(土)13:30に上映が行われる。再びスクリーンで観ることにできる貴重な機会だ。
また上映後には、矢崎仁司監督と脚本の武田知愛のトークイベントも開催。 ロビーで『無伴奏』劇場用パンフレットを購入すると、サイン会にも参加可能となっている。
「ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち Part17」詳細
http://www.muse-tokorozawa.or.jp/event/detail/20170318/
(取材・文 黒宮丈治)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。