インタビュー

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2023年09月08日

『ほつれる』主演・門脇麦インタビュー 「ずっと0.5ミリの伏線を回収し続けてる感じがしました」

『ほつれる』主演・門脇麦インタビュー 「ずっと0.5ミリの伏線を回収し続けてる感じがしました」

平穏に見える日常は、本当に“平穏”なのか。

誰もが向き合うことから逃げている何かを抱えている。目を逸らしていた現実と向き合うことになったとき、人はどんな表情をしているのか。

映画『ほつれる』は、ひとりの女性がある出来事をきっかけに周囲の人々や自分自身と向きあっていく姿を描く。全シーンを通して、揺れる綿子の心の機微を繊細な佇まいで演じあげたのは、話題作への出演が続く俳優・門脇麦。また脚本・監督を『ドードーが落下する』で第67回岸田國士戯曲賞に輝き、演劇界をはじめテレビドラマなどで脚本を手がける加藤拓也が務める。

本稿では、主人公の綿子を演じた門脇麦にインタビュー。綿子というキャラクターを通して見えた作品世界や、門脇自身の俳優人生におけるターニングポイントなどをたっぷりと聞いた。
 

「この映画に出られることがとても嬉しい」

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―― 『ほつれる』の台本を初めて読んだときの率直な感想を教えてください。

門脇麦(以下、門脇):加藤さんの才能におののきました。リアルな何気ない日常の会話の中にいろんなものがうごめいていて、最後までずっとヒリヒリしているような。しかも種明かしも、きちんと会話の中で出てくる。自分がこの映画に出られることが、とても嬉しかったです。

―― 会話劇の中に、妙な緊張感がありますよね。

門脇:そうなんですよ。(黒木)華ちゃん演じる友人の長回しのセリフとか、シーンごとに印象的な言葉はたくさんあるのですが……。どの台詞も、ずっと0.5ミリの伏線を回収し続けてる感じがしました。それを確信が持てるほどはっきりとは、観ている人に感じさせないというか。

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―― 本作は音楽家の石橋英子さんの劇伴や独特なカメラワークも注目されているポイントですが、改めて完成した映像を見てどう思いましたか?

門脇:特別に(現場では)強い力で追い込んでないのに、観ているほうがいつの間にか追い込まれてるように感じました。映画やドラマって、主人公が出てないシーンもありますよね。でも、この作品はほとんどないんです。綿子の顔が見えなくて、何考えてるかわからないシーンはあっても、画面の端にはいつもいる、みたいな。そういうカメラワークでずっと、集中を絶やさないで観ていたいと思える映画でした。「登場人物」に共感したいと思っても、今回の綿子にはあんまり共感したくないと思うんです。でも映画を観ていると、綿子と一緒にこの微妙な波を一緒にウェーブしているような、時間を共有している感覚がありました。

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―― 特報映像にも使われたシーンでもありますが、冒頭から「木村(演:染谷将太)が目の前で事故に遭い、帰らぬ人となる」という中々インパクトのある映像ですよね。

門脇:実は、あのシーンは人通りがものすごく激しいところで撮影してて一般の方を映さないように撮影するのに苦労しました。イチョウが素晴らしく綺麗なときで、多くの方が訪れて写真を撮ってるんですよ。2〜3時間ぐらいしか撮影の猶予がなくて、「もうこれが最後かもしれない」っていうみんなの緊張感の中でやっていました。
 

綿子にリンクできた“感情の麻痺”

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―― 綿子と文則(演:田村健太郎)の口論のシーンでは何を考えながら演じられていましたか?

門脇:何も考えてなかったかもしれないです。撮影に入る前に2週間ぐらいリハーサルがあって、どのシーンも100回ぐらい繰り返したので良い意味で飽き飽きした状態でした(笑)。でもそれが、冷めきった感じとしていい空気感を作ってくれたのかなと思います。台詞を間違えるようなことも、流石にそこまでやるとありませんし……。普段ここまでリハーサルやることはあんまりないんです。

―― 文則に対する印象は、門脇さん個人としてはどう思いますか?

門脇:ネチネチしているなと(笑)。とはいえ、悪いのは文則だけじゃない。文則以外の登場人物も、少しずつずるいところがあるんですよね。木村だって結婚してるわけじゃないですか。何かから目をそらして、逃げて、見て見ないふりをしてる人たち。でも、環境が変わったら自分もそうなってしまうかもしれない。だからこの作品で「絶対誰にでもあるけど、出さないように努力している部分」が見えてくることが、作品を観る方にとっても辛い感じになってくるんだと思います。

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―― 確かに、「深く共感はしたくないけれど、どこか身に覚えがあるような感覚」を思い起こさせる作品だと思います。今回演じた綿子に焦点を当てると、門脇さんご自身とリンクする部分はありましたか?

門脇:不倫に至る考え方はわかりませんが、段々と感情が麻痺していく感じは理解できます。そうならないように、日々努力はしてるんですけど。例えば仕事に慣れることもそうだし、身体が疲れていることに気付かないふりをするのもそう。そういうことをずっと続けると、いつの間にか見て見ぬふりをしていたことも忘れて、それが当たり前になってるじゃないですか。でももうそれって、劇的に環境が変わるきっかけがあるか、新しく人と出会って「間違ってるよ」って言ってもらわないと多分気づかない。意識が薄れていくことって、怖いですよね。

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―― 撮影時のキャストの皆さんとの思い出深いやり取りを教えてください。

門脇:田村さんは劇中ではあんな感じでしたけど(笑)。カットがかかった瞬間からずっと平和なおしゃべりをしていました。綿子たちが暮らしているマンションのベランダから、綺麗に富士山が見えるんです。だから「今日も富士山綺麗だね」、最終日は「富士山これで最後だね」って(笑)。染ちゃんとも、ほのぼのとした話をしていました。華ちゃんは今回、本当に旅してる感じのロケの移動が結構多くあって。バーベキューしながらお話してるところは、スタートより前に食べ始めてカットかかってからもずっと食べてた気がします。
 

俳優・門脇麦のターニングポイント

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―― 各登場人物の“人生におけるターニングポイント”が丁寧に描かれている本作ですが、門脇さんにとっての“俳優としてのターニングポイント”はどこだったと思いますか?


門脇:25歳ぐらい、フランス人の演出家の方と『わたしは真悟』っていうミュージカルを一緒にやったときだと思います。私、その頃は結構重い役が続いていたんです。日本の演劇文化って、心を追い詰めて出てくる怒りや負の感情で、演技をする傾向があると思っていて。それはそれで素敵だし、そうしないと出てこない表現もあると思うんですけど、その思考で重い役を続けていたら、もう心が疲れてしまって。

その考えが変わったのが『わたしは真悟』でした。違うと指摘されたことに「すみません」と謝ったら、「今あなたが提示してくれたことを僕は違うってわかったよ。むしろありがとうでしょ。悩まなくていいんだよ」って言ってくれたんです。「負の感情からは、負で作られたものしか出てこないから、自分が楽しまないと良いクリエーションにならない」とおっしゃってて。目からウロコでした。

―― 今は、重めの役を演じるときは、あくまで感情移入はせずに素の自分と切り離しているイメージでしょうか?

門脇:そうですね。そういう表現を楽しんで俯瞰して表現するようにしています。演技として一歩引いて楽しむというか。それまでだったら、カットがかかっても落ち込んでるみたいな感じだったかもしれない。それこそ“演技は辛く苦しいものじゃないと”みたいな考え方が自分の中にあったときは、友達をあんまり作らなかったり、あえて孤独になる環境をつくったりしていたんですよ。でも、そのミュージカルが終わって、人生を楽しもうと決めてからは、釣りに行くようになったりキノコを探すようになったりとかして、どんどん友達が増えました。でも誰といたって孤独は孤独なんです。それに、誰かといるほうが感じる孤独だってあると思うんです。

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―― 8月10日にお誕生日を迎えた門脇さんですが、役者を始めた頃と今で、仕事に対する思いにどんな変化がありますか?

門脇:根本の部分は、変わりたくないと思っています。慣れてないからこその強烈な鮮度やフレッシュ感ってあるじゃないですか。だから初心を忘れずに、大切にしたいなとは思います。でも逆に、昔できなかったことができるようにもなっていて。昔は、周りにぶつけることはなくても疲れてると多少はイライラしてたし、その頃はサポートしてもらう側だったし。でも今31歳になって、自分より年下のスタッフさんや役者さんと一緒に仕事する機会も増えてきて、失ったものもある分、自分がサポート側としてできることも増えてきた実感はあります。

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―― 舞台、ドラマ、映画といろいろなマルチに活躍されている中で、今後主軸にしていきたいフィールドはありますか。

門脇:主軸は決めていないです。「全部やりたいです」っていうと欲張りな人みたいですけど(笑)。というのも、例えば舞台を見るお客さんの中にはドラマを観ない方もいらっしゃるじゃないですか。もちろん逆も然りです。ただ面白いコンテンツってどのジャンルにも必ずあるから、絞ってしまうのは少しもったいないなと思っていて。私が出演させていただいている作品の監督をきっかけにその監督の他の作品を観てくださったり、ドラマしかあんまり見ない人が舞台を見に来てくれたり、違うフィールドにも興味を持ってもらうきっかけになりたい気持ちがあるんですよね。こういう作品しか出ないとか、そういう縛りは作りたくなくて。いろいろなことをやりたいですね。

(ヘアメイク=伏屋陽子<ESPER>/スタイリスト=Satoshi Takano/撮影=渡会春加/取材・文=すなくじら)

<衣装協力=ドレス¥71,500、シューズ¥59,400(共にコズミックワンダー/センター・フォー・コズミックワンダー03・5774・6866)、バングル¥27,500(ヤエカ/ヤエカ△アパートメント△ストア03・5708・5586)イヤーカフ¥15,400(パール△オクトパシー/フィルグ△ショールーム03・5357・8771)>

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