映画コラム
【注目すべき老舗映画雑誌】カイエ・デュ・シネマ2023ベストを徹底解説!
【注目すべき老舗映画雑誌】カイエ・デュ・シネマ2023ベストを徹底解説!
2023年も残すところ1ヶ月となった。みなさんは、今年のベスト映画を決めただろうか?
この時期になると、様々な媒体や映画関係者が年間ベストを発表する。毎年、異彩を放っている媒体にカイエ・デュ・シネマがある。
カイエ・デュ・シネマとは、1951年にアンドレ・バザンをはじめとする映画批評家たちによって創刊された老舗映画雑誌である。
毎年、映画ベストを発表しているのだが、他の媒体とは趣の異なる個性的な選出となっていることから、映画マニアの間で注目されている。
12月1日(金)にX(旧:Twitter)にて2023年のベストが発表された。今回は、そのラインナップについて紹介していく。
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1.Trenque Lauquen(ラウラ・チタレラ)
上映時間約4時間半におよぶアルゼンチンの超大作『Trenque Lauquen』が2023年のベスト1位に選出された。とある女性の行方不明を軸に彼女を愛する2人の男が捜索するといった内容を2部12章で描いている。
ラウラ・チタレラは、アルゼンチンの映像制作グループ「パンペロ・シネ(El Pampero Cine)」出身の監督である。
パンペロ・シネはユニークな映画を作るグループであり、他にはマリアノ・ジナス監督が手がけた『ラ・フロール 花』がある。
これは、数十分の物語から6時間近い物語と異なるジャンルを極端な尺配分で紡いだ14時間近い異色作だ。それだけに本作も一筋縄ではいかない物語に仕上がっている模様である。
『Trenque Lauquen』は、映画がいかに世界の中で競技場にいるかのように立ち、ルイ・フイヤードやジャック・リヴェットのようにフィクションを使って無限に現実をモデル化するという独特の能力を私たちに思い出させてくれる奇跡的な映画のひとつです。
(Allocinéより翻訳引用)
カイエ・デュ・シネマでは、『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団』や『アウト・ワン 我に触れるな』を念頭に入れながら、現実のある側面を捉える映画の特性を最大限引き出した傑作であると評価している。
2.瞳をとじて(ビクトル・エリセ)
『ミツバチのささやき』『エル・スール』で知られるスペインの巨匠ビクトル・エリセが31年ぶりに発表した長編作品。
こちらも「失踪」が物語の中心にある。映画『別れのまなざし』の撮影中に失踪した俳優の行方を追うといったもの。
小説のように静かに時間をかけながら失われた時を求めていく長い沈黙に相応しい骨太な作品となっている。カイエ・デュ・シネマは本作に流れる時間について以下の通り評している。
「恐怖も希望もなく、映画は時間をかけて前進しているように見え、各ショットや各シーンが必要な時間を正確に取っているという、今ではめったにない感覚を与えている。」
(Allocinéより翻訳引用)
※2024年2月9日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
3.Anatomy of a Fall(ジュスティーヌ・トリエ)
第76回カンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞した作品。
カイエ・デュ・シネマでは、いち早く本作を手がけたジュスティーヌ・トリエ監督を発掘しており、長編デビュー作『ソルフェリーノの戦い』をベストに選出した過去がある。
そんな彼女の新作はミステリーである。視覚障がいの息子と山奥で暮らしていたサンドラは、夫が家のふもとで亡くなっていることを見つける。自殺か他殺か、裁判を通じて少しずつ明らかになっていくといった内容。
下記の通り、羅生門スタイルの物語に視覚障がい者が交わることで新しい視点を見出したと評価している。
「重要な証人でありながら視覚障がい者という二重の障壁を抱えるダニエルというキャラクターは、視点の一般化された相対性理論に囚われないようトリエが見つけた道を具体化している。」※2024年2月公開予定
(Allocinéより翻訳引用)
4.フェイブルマンズ(スティーヴン・スピルバーグ)
2023年フランス映画批評界における大事件は、スティーヴン・スピルバーグ『フェイブルマンズ』の星評にあった。
フランスの映画データベースサイト・アロシネ(Allociné)にて、43媒体の平均が4.9/5.0と圧倒的支持を集めたのだ。
これは『パラサイト 半地下の家族』の4.8/5.0(36媒体)を超える高評価となっている。カイエ・デュ・シネマは米国アカデミー賞関連作品に対して厳しい評価をつける傾向がある。一方で、『宇宙戦争』以降のスピルバーグ作品を評価してきた歴史がある。
4度目の選出となった『フェイブルマンズ』では、彼の集大成を祝福している。
「スピルバーグのキャリアの夕暮れに、これまでの多くの登場人物と同じく彼もまた家路に着くのである。」
(Allocinéより翻訳引用)
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【関連コラム】『フェイブルマンズ』から考える、スピルバーグと宮崎駿の共通点・相違点
5.枯れ葉(アキ・カウリスマキ)
2023年は今までベストに選出し評価してこなかったような巨匠の作品が何本か選出されている。
アキ・カウリスマキもそのひとりであろう。フィンランド出身の監督であり、哀愁漂う唯一無二のドラマを数多く手がけてきた彼の新作が5位に選出された。
『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に次ぐ労働者シリーズの作品となっており、カラオケバーで知り合った失業中の女アンサと酒に溺れるブルーカラーの男ホラッパとの情事が描かれた作品となっている。
「ここには分析すべき無意識や展開すべき解釈は存在せず、カウリスマキのしぐさに関する一般論は別として、感情がどこにあるのかを理解するために我々ができるのは細部に踏み込むのみである。そしてそこで何が見えるのだろうか?的を射た文章、身振りの優雅さ、態度の礼儀正しさ、愚かさ、下品さ、不正に対抗することと、すべては抵抗の一種であるのだ。」
(Allocinéより翻訳引用)
カイエ・デュ・シネマでは運動に着目し、感情の機微を繊細に捉えた作品であると評している。
※2023年12月15日(金)よりユーロスペースほかにて全国ロードショー
6.Unrest(シリル・ショーブリン)
カイエ・デュ・シネマは、気に入った映画監督を積極的に推していくベストテンを作る。一方で新鋭発掘として数本、選出することがある。その選出は他の媒体ではなかなかみられないユニークなものとなっている。
過去には、グー・シャオガン『春江水暖 しゅんこうすいだん』やラモン&シルバン・チュルヒャー『ガール・アンド・スパイダー』が発掘されている。
2023年は1位の『Trenque Lauquen』に始まり新規発掘作品が多かった年だ。そのひとつの『Unrest』は時間にまつわる作品である。
19世紀の時計工場で働くジョセフィーヌが、経営層と労働者との対立に巻き込まれていくといった内容。
人々をカメラで撮影する際の止まった時間、工場の中でカチカチと時計が刻み込む時間、経営のシステムによって計算される時間など、ひとつの映画の中に様々な時が流れる不思議な作風が特徴的である。
「現在、我々の共通した基礎としてある産業資本主義と国際資本主義の発展をたどることで、反国家主義と反権威主義運動の肯定の瞬間を捉えている。」
(Allocinéより翻訳引用)
カイエ・デュ・シネマは上記のように、社会システムと運動との関係を捉えた作品であると評している。
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7.世界の終わりにはあまり期待しないで
(ラドゥ・ジューデ)
『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』が日本でも公開され、注目されたルーマニアの鬼才ラドゥ・ジューデ。
カイエ・デュ・シネマではそのほかに『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』を高く評価していたのだが、年間ベストには選出されてこなかった。
そんな彼の新作『世界の終わりにはあまり期待しないで』が7位の座に滑り込んだ。
本作は東欧版不思議の国のアリスと紹介されており、ブカレストの街を彷徨いながら広告のキャスティングを行う映像制作会社の女性が描かれている。
「『世界の終わりにはあまり期待しないで』は卵のように満腹であり、あなたは胃を持たねばならない:結局のところ、まさしく吐き気と飽和の時代を捉えることにある。ジューデにとって、映画は一般的な汚染から逃れることはできない。この大量の不純物は、もはや単なる理論上の選択肢ではなく、日常的、生物学的、精神的な経験となっている。」
(Allocinéより翻訳引用)
ラドゥ・ジューデはアーカイブ映像やSNSで投稿される動画、演劇と様々なメディアを投入した混沌の中でルーマニア社会を批判するアプローチを取る監督である。
カイエ・デュ・シネマの評を踏まえると『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』に匹敵する壮絶な映画であるといえよう。
※2023年12月17日(日)より北九州国際映画祭にてジャパンプレミア上映
8.The Temple Woods Gang(ラバ・アメール=ザイメッシュ)
アルジェリア生まれフランス育ちのラバ・アメール=ザイメッシュ。日本では馴染みのない監督ではあるが、2008年に日仏学院で特集上映が組まれ、来日もしている。
カイエ・デュ・シネマでは、彼の代表作『最後の抵抗(マキ)』を年間ベストに選出している。
彼の最新作『The Temple Woods Gang』は、ボワ・デュ・タンプル地区に住む退役軍人の隣人がギャンググループの作戦に巻き込まれるといった内容。2014年に起きた事件からインスパイアされており、素人とプロの俳優を織り交ぜた即興的演出が特徴となっている。
「悲劇的な冷静さにおいて、『The Temple Woods Gang』は初期の映画とは対照的であるが、ラバ・アメール=ザイメッシュの特異な繊細さは、死してもなお続く生の衝動に注意を払い続けている。」
(Allocinéより翻訳引用)
カイエ・デュ・シネマでは彼の過去作と比較しながら、本作の素晴らしさについて語っている。
9.Last Summer(カトリーヌ・ブレイヤ)
カトリーヌ・ブレイヤ10年ぶりの新作は、デンマーク映画『罪と女王』のリメイクであった。
弁護士のアンヌが夫の前妻との間にできた子供へ情熱を注ぎ、キャリアと家庭崩壊の危機に瀕するといった内容だ。
カイエ・デュ・シネマにて、長らく映画を撮れなかった葛藤と久しぶりの制作に対する喜びを吐露した彼女。それだけに、本誌批評家も彼女のパワフルさを受け入れる評となっている。
「『最後の愛人 』の時よりもさらにめまいがするほどの力で、カトリーヌ・ブレイヤはアンヌとテオの親密な関係を映画化し、実証的な重苦しさを和らげている。」
(Allocinéより翻訳引用)
10.A Prince(ピエール・クルトン)
ラドゥ・ジューデ同様、今までも評価してきたものの年間ベストに浮上してこなかったピエール・クルトン監督。
カンヌ監督週間にて劇作家・作曲家協会賞(SACD Award)を受賞したミステリーが10位に選出された。
庭師になろうと修行しているピエール・ジョゼフは様々な人とであい、養子クッタの存在を聞かされる。40年後、ようやくクッタと対面することになるのだが彼は何かを探していた。
「このイニシエーションの物語では、自分自身の内に語りかける声に近づくために、人が受け継いできた荷物を徐々に脱ぎ捨てること、(中略)選ばれたコミュニティを構成するために実の家族から距離を置くことが問題となる。」
(Allocinéより翻訳引用)
伝聞で知った先入観を脱ぎ捨てる物語とコミュニティ論の観点から、カイエ・デュ・シネマは本作を評価している。
10.ショーイング・アップ(ケリー・ライカート)
『ショーイング・アップ』© 2022 CRAZED GLAZE, LLC. All Rights Reserved.数年前に特集が組まれて以降、日本でも注目されつつあるケリー・ライカート監督。
今年の東京国際映画祭では小津安二郎シンポジウムに出席し、黒沢清、ジャ・ジャンクー監督と激論を交わした。
そんな彼女のA24配給作品『ショーイング・アップ』は、ミシェル・ウィリアムズ演じる粘土彫刻制作に明け暮れる女性リジーが、対照的な隣人との対話を通じて自分の内面と向き合うといったもの。
「静と動との間にある葛藤を中心に物語を展開し、芸術的創造と日常との間の交差を描いている。」
(Allocinéより翻訳引用)
カイエ・デュ・シネマが評している通り、本作では静かに創作へと向き合うリジーの周りで、猫や集団ダンスなどといった動きのある活動が浮遊しており、その影響を受けながら粘土彫刻が完成していく過程が美しい一本に仕上がっている。
※2023年12月22日(金)より特集「A24の知られざる映画たち」にて上映
※2024年1月26日(金)よりU-NEXTにて独占配信
【参考資料】
- El Pampero Cine
- 6月22日 日仏学院「ラバ・アメール=ザイメッシュ特集」、監督来場(日仏学院)
- ‘The Temple Woods Gang’: Director Rabah Ameur-Zaïmeche’s Dark and Poetic Urban Crime Drama(2023/2/15,JORDAN MINTZER,The Hollywood Reporter)
- Cahiers Du Cinema [FR] No. 796 2023
- 「小津安二郎生誕120年記念シンポジウム」レポート 黒沢清、ジャ・ジャンクー、ケリー・ライカートが語る小津安二郎(2023/10/28、第36回東京国際映画祭)
- 「A24の知られざる映画たち」開催、日本初公開となる11本を特集上映(2023/10/20、映画ナタリー編集部)
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