©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会
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映画コラム

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2024年06月22日

【安田顕のベストアクト】『朽ちないサクラ』で“ゼロの執行人”を連想する理由

【安田顕のベストアクト】『朽ちないサクラ』で“ゼロの執行人”を連想する理由

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柚月裕子による小説を映画化した『朽ちないサクラ』が2024年6月21日(金)より劇場公開中だ。

多くの人にとっての目玉は、主演の杉咲花だろう。ドラマ「アンメット」の他、映画でも『市子』『52ヘルツのクジラたち』『片思い世界』と主演が続く彼女が、今回はとある葛藤で揺らぐ県警の職員役で、「一見すると未熟で精神が不安定のようで、実は芯の強い女性」にとてつもない説得力を持たせている。

しかも、予備知識がなくても万人が楽しめるエンターテインメントでもあるし、現実の問題を考えるきっかけにもなる「社会派」の一面もある。

そして、後述するように『名探偵コナン ゼロの執行人』を鑑賞済みの人にも観てほしい、そして安田顕のベストアクトだと思える作品だった。5つのポイントに分けて作品の魅力を記しつつ、それらの理由も解説していこう。

1:入口はシンプルで面白い、そして複雑で奥深い社会派の作品に



本作は、謎が謎を呼ぶサスペンスミステリーとして抜群に面白い。主人公の行動の動機は初めこそ「変死した親友の謎を探る」シンプルなものだが、それが思いもしなかった事態につながり、状況は複雑かつ混沌めいていく。

こんなところに行き着くのか」と呆然とする、はたまた「煙に巻かれる」様も含めて、グイグイと物語に惹き込まれるのだ。

例えば、劇中では変死事件の前にも「ストーカー被害を受けていた女子大生の殺人事件」が起こっていて、しかも「生活安全課が女子大生からのストーカーの被害届の受理を先延ばしにしたばかりか、その間に慰安旅行に行っていた」という地元新聞の独占スクープが問題となっていたりする。そのスクープの調査をしていたのが、変死した親友だったのだ。



「ストーカー殺人」「警察の不祥事」「親友の変死」という3つの要素の先には、とある日本の歴史的な重大事件を連想させる「過去」も絡んできて、物語は真相の「その先」へと行き着く。もちろん結末は明かせないが、「犯人を逮捕して悪を断罪して終わり」なんて単純な帰着ではなく、観た人それぞれが警察に限らない、現実の問題の宿題を持ち帰ることはできる、ということは告げておこう。

ちなみに、本作の監督を手がけたのは現在劇場公開中の『帰ってきた あぶない刑事(デカ)』も手がけている原廣利。そちらとは警察が絡んだエンターテイメントであることは共通していても、口当たりはいい意味でまったくの正反対というのも面白い。

2:“いい人”を演じてきた安田顕だからこその“凄み”


本作は「バディもの」でもある。萩原利久演じる、調査を献身的にサポートする同僚はまっすぐな性格をした好青年で、観客が自分を投影しやすい存在だろう。

他にも森田想と遠藤雄弥という、劇場公開中の『辰巳』の主演コンビがまったく別の顔を見せたり、豊原功補が厳格な捜査一課の男に扮していることも見逃せない。


俳優陣がそれぞれ最高の仕事をしているわけだが、ここでは、主人公にとってはもうひとりのバディといえる安田顕を推したい。ものすごく頼りにできる「理想の上司」に思える一方で、その過去に「何か」があったことを匂わせる、複雑なキャラクターを演じきっていたのだから。

宮川宗生プロデューサーは「佇んで見つめている場面が多く、喋らなくても何かを発することの出来る安田さんの説得力が、この役にとても通じている」「安田さんの“いい人”というパブリックイメージが、後半に向けていい意味のアンチテーゼになる」と考えていたそうだが、まさにその目論見が最高の効果をあげていた。


具体的なシチュエーションは伏せておくが、終盤での極めて理性的な話し方をしているようで、裏では「それ以上は踏み越えさせない」“凄み”を効かせたような口調と声が凄まじかった。無表情に近いはずなのに、実際に伝わる感情はそれとは大きく異なるという、安田顕の俳優の力を思い知ったのだ。

その安田顕は、『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』では不器用でかっこ悪い中年男性に、『私はいったい、何と闘っているのか』では絵に描いたようなお人よしと、本人のイメージもさることながら、やはり“いい人”な役にハマる印象がある。



一方で『愛しのアイリーン』ではダメさが行きすぎてもはや狂気的な主人公に扮したこともある。

今回の役でも“いい人”な面をたぶんに残しつつも、「極めて理性的だからこそ危うい」怖さがあり、そのことに圧倒されたのだ。

3:タイトルの「サクラ」の意味、そして脚本作りでの大きな課題とは


タイトルにある「サクラ」の意味のひとつは、警察の「公安」だ。サクラは公安の中では協力者の運営など情報収集の統括を担当する係だそうで、「ゼロ」とも呼ばれている。他にも警察の旭日章は(五角形であることから)別名「桜の代紋」とも言われているようだ。

その「事件に公安の存在が絡む」様から『名探偵コナン ゼロの執行人』を思い出す人は多いはずだ。実際に同作における安室透は公安の人間で、「どうしてこんなことをするんだ!」という疑問が物語を引っ張っていた。劇中では安室透のヒロイックな活躍が目立つものの、決して公安を美化するだけでない、その危うさも示されていたと思う。

この『朽ちないサクラ』で主に描かれているのは、安室透のようなヒーロー然とした存在とは異なる、現実でもさまざまな批判がされている公安の「闇」だ。

劇中では公安がどういうものかがわかりやすく説明されているのだが、一方でその実態や全体像が見えにくい、不気味な存在にも思えてくる。


実際に、脚本作りにおける大きな課題は「公安のロジックを理解すること」だったそうだ。その理由は、原作小説には公安の真の目的がはっきりと明かされていない(からこそ恐ろしい)からだったらしい。

そこで、映画の作り手は「公安はそもそも何を情報として封鎖したいのか?」「ストーカー事件がなぜ公安にとって都合が悪いのか?」など、数々の疑問を原作サイドに投げて、フィードバックを得たという。

物語に説得力を持たせるため、映画の「余白」の部分も突き詰めたとも言えるだろう。

4:本当の桜を映した意図


原監督の強い希望で、本作には要所要所で本物の桜が映し出されている。その意図は「芽吹きから満開へと変化する桜が、県警広報課の事務方だった主人公が事件を通して成長し、最後に大きな決意を固める成長にリンクする」意図を持たせたという。

その一方で、原監督は「桜は綺麗だけれど、怖さもある」「桜が国花であり、主人公が事件の核心に迫ろうとするにつれて桜が花開く様子は、公安の気配や圧力が大きくなっていくようにも感じられる」とも語っている。前述もした通りタイトルのサクラは公安という組織(の闇)も指しているのだが、その一方で主人公の成長というポジティブなモチーフでもある、ということだ。

なお、原作小説では明確な舞台は設定されていなかったが、映画では舞台を愛知県に設定し、岡崎市周辺でオールロケを行っている。スケジュールの組み立ては不安でいっぱいだったようだが、幸いにして満開シーズンでの文句のない好天に恵まれ、最高の瞬間を切り取ることができたという。

5:杉咲花の「失敗と向き合う」物語の認識


主演の杉咲花からは脚本に対する疑問点や懸念点がいくつか上がってきたそうで、それらは自身のキャラクターのことよりも、作品全体や他のキャラクターに関することがほとんどだったそうだ。指摘それぞれが的確で、杉咲の疑問に対して監督やプロデューサーがその意図を説明して回答すると、納得して受け止めていたという。

原監はそれを受けて、「作品のことをこんなにも考えてくれていて感動しました」と答えたという。しかも、杉咲花は以下のようにコメントをしている。

この物語は、ひとりの人物の失敗から始まります。私はその出来事に温もりの眼差しを向けることはできないけれど、失敗に向き合い、責任を取ろうとする姿を見捨ててはいけないと思いました。

“再生を見守る”という世の中のあるべき姿のひとつとして、この映画に関わる価値を感じ、緊張を抱きながら演じました。いつの日か失敗してしまったことのある誰かにも、他者の失敗を許してあげられない誰かにも、この映画が届いてほしいです。

その「失敗したひとりの人間」は誰なのか、「責任を取ろうとする姿を見捨ててはいけない」と思った理由は……はここでは伏せておくが、ともかく杉咲花の作品への理解と、この映画の物語が届くべき人に届いてほしいという願いが、とても尊いものに思えた。

このコメントが真に意味することは、実際に映画を観て考えてみてほしい。

(文:ヒナタカ)

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