「骨まで愛して!」人と愛と骨をめぐる3本の秀作映画!

『骨まで愛して』とは昭和に流行した歌謡曲のタイトルですが、まさに骨とは生き物すべての遺伝子情報がびっちり詰まった秀逸な存在で、これさえあれば恐竜も北京原人も再生できちゃうわけですが(……って、ホントにできるのか?)、映画もまた骨をモチーフに、愛であったり、家族であったり、時に事件解決の糸口となったりと、さまざまな切り口の作品が作られています。

そして2019年2月、偶然ながらも「骨」をモチーフに人の愛を描いた作品が立て続けに公開されています……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街362》

せっかくなので、まとめてみました!

家族の絆と人生の愛を
巧みに示唆した『洗骨』

©『洗骨』製作委員会

まずはガレッジ・セールのゴリが本名の照屋年之・名義で監督した意欲的秀作『洗骨』(現在公開中)。

これは沖縄に古くから伝わる風習“洗骨”をモチーフにした家族の再生の映画です。

洗骨とは、風葬された遺体の肉がなくなり骨だけになった頃、家族など縁深き人々の手で骨をきれいに洗い、埋葬するというもので、最近はあまり見かけなくなったものの、沖縄の離島や奄美群島の一部では今も行われているとのこと。

本作は、母(筒井真理子)が死んで風葬されて4年後、洗骨のために故郷に戻ってきた子どもたち(筒井道隆&水崎綾女)の確執や父(奥田瑛二)との諍い、そして和解などを通して命の繋がりを描いた感動作です。

これまでも長編短編問わず多数の映画を監督してきたゴリですが、今回はかつて洗骨をモチーフに撮った短編映画を基に、本名で故郷・沖縄に伝わる風習をテーマに取り組んでいるあたり、並々ならぬ覚悟を感じます。

映画を見てもそれは一目瞭然で、南国の熱い日差しにも拘わらず、どこか冷めた家族の風情が撮影・今井孝博の映像で巧みに捉えられており、それが次第にそこはかとない温もりを帯びていきながらクライマックスの洗骨の儀式へと行き着きます。

お笑い芸人の監督作ということで予想されるギャグの応酬は意外に控え目ですが、だからこそ時折のユーモアが実に効いていて、ここにゴリ=照屋年之の監督としての大きな進歩もうかがえます。

キャストはみな好演ですが、中でも特筆すべきはおばの信子を演じる大島蓉子で、最近はバラエティ番組の出演も多い彼女ではありますが、ここでは助演女優賞ものの貫禄で、沖縄のおおらかな女性を見事に体現してくれています。

クライマックスの洗骨シーンは、あたかもドキュメンタリーのように儀式が見事に再現されており、骨を通しての亡き人との再会は涙を禁じ得ず、改めて生きることとは? 人生とは? 家族とは? といった想いに馳せられること必至でしょう。

『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』!

©宮川サトシ/新潮社 ©2019「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」製作委員会 

次はもうタイトルを聞いただけでどっきりの『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(2月22日公開)ですが、これはガンを宣告された母(倍賞美津子)と息子(安田顕)の家族愛を綴った感動作です。

とはいえこの作品の主人公、なかなかの変わり者というか母親愛がものすごすぎて、中にはマザコンと捉えてしまう人もいるかとは思われますが、映画はそのことをまったく否定することなく、むしろそれゆえに愛すべき滑稽な人物として描いているあたりが妙味です。

そしていつのまにか彼の兄(村上淳)や父(石橋蓮司)まで、実はどこかヘンであったことがわかってくる!?

要するにこの映画、「みんなヘンで、みんなイイ!」と訴えているかのような優しさにあふれているのです。

監督は故・樹木希林の好演も話題になった『日日是好日』(18)の大森立嗣ですが、『さよなら渓谷』(13)『ぼっちゃん』(13)など人間の闇を見据えた作品に秀でた彼ならではの深みあるキャメラ・アイは、ここでのユーモラスで切ない家族劇でも大いに発揮されています。

また、こんなヘンな男たち=家族をおおらかな愛で包み込んできた母を演じる倍賞美津子の素晴らしさたるや、これはもう直にその目で見てくれとしかいいようがありません。

少なくとも、その名演を伝えるに足る文字はこの世に存在しないのではと、映画文筆業たるこちらの敗北を認めざるを得ないほどの存在感が映画全体を包み込んでくれていて、息子たちならずとも「遺骨を食べたい」と思わせてくれるものがあるのでした。

愛の既成概念を破戒する秀作
『空の瞳とカタツムリ』

 (C)そらひとフィルムパートナーズ

さて、遺骨を食べるという行為をカニバリズム的にではなく、愛する人の生命を自分の体の中に取り込んで継承したいという想いで捉えていくと、火葬された遺骨をかじって故人を偲ぶ骨噛みの儀式も理解できるかとは思います。

五木寛之の小説『青春の門』でも主人公が亡き母の骨をかじって、故郷の筑豊から東京へ旅立つ姿が描かれていました。
(1981年の映画版では、若き日の佐藤浩市がこれを演じてました。ちなみに母親役は松坂慶子でした)

女と女と男、さらに男が加わって織りなす不可思議な愛の映画『空の瞳とカタツムリ』(2月23日公開)の中にも、骨噛みのシーンがさりげなく映し出されます。

誰が誰の骨をかじっているのかはネタバレになるので記しませんし、実は特に骨そのものをモチーフにした作品というわけでもありません。

本作は消えない虚無感を埋めるために男となら誰とでも寝る夢鹿(むじか/縄田かのん)と、極度の潔癖症で夢鹿以外の人間に触れられない十百子(ともこ/中神円)、そしてふたりの友人(三浦貴大)の関係性を主軸に、愛をめぐる心と肉体のテーマに言及していきます。

通常、男女のSEXは愛の契約的意味合いで捉えられがちですが、「本当にそうなのか?」と、本作は観る者に疑問を投げかけるのです。

ここで重要なのがタイトルの中にある“カタツムリ”で、カタツムリは雌雄同体で、そのSEXの際に恋矢(れんし)と呼ばれる鋭い矢(魚の缶詰の骨くらいの硬さとのこと)をお互いを突き刺し合い、これによってお互いの生殖能力を失わせ、寿命も擦り減らしていくのだそうです。

一見驚きではありますが、実は人間のSEXも同じように、行為すればするほど何かをなくしてしまう要素も内包しているのではないでしょうか?

いずれにしてもSEXすれば相手の心も体も手に入るなんてのは自分勝手な思い込みでしかなく、ではしなければ清廉なのかと問われても、そんなものではない。

ここでの登場人物たちは、まさに骨がきしむような痛みをもって心を傷つけあい、それによって見る者に既成概念をぶち壊し、なにがしかの啓示を与えてくれるという点において、鮮烈な秀作として強く訴えておきたいものがありますし、その意味でもタイトルの“カタツムリ”について事前に知っておいたほうが得策かと思われます。

そういえば、カタツムリには骨ってありませんね……。

だから本作のさりげない骨噛みにも、思わずはっとさせられるものがあったのでしょう。

以上、3本の「骨をめぐる映画」、ちょっとこじつけではないかとのご批判も覚悟の上で、それでも強くお勧めしたい作品ばかりなのです。

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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