江戸川乱歩による猟奇耽美な探偵文学小説の映画化『陰獣』

(C)1977 松竹株式会社

9月13日より公開となる『人間失格 太宰治と三人の女たち』や、2020年公開予定の『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』など、このところ太宰治の小説の映画化が増えてきています(『グッドバイ』は太宰の未完の遺作『グッド・バイ』を喜劇として生まれ変わらせた戯曲の映画化)。

人が退廃していく中に潜む耽美な趣きを描出するに長けた太宰文学ですが、そういったデカダンスは世の中のきな臭さとも同調するのかもしれません。

一方で戦前戦後の探偵小説も、ミステリのジャンルを借りて猟奇的あるいは耽美的なものを多く発表しています。

江戸川乱歩など、その筆頭ともいえるでしょう。

そこで今回は名匠・加藤泰が監督した1977年度作品『江戸川乱歩の陰獣』をご紹介したいと思います。

猟奇的犯罪に巻き込まれていく
探偵小説作家の受難

『江戸川乱歩の陰獣』は、乱歩の中編小説の映画化です。

探偵小説家の寒川(あおい輝彦)は、うなじに赤いみみず腫れのある小山田静子(香山美子)と出会います。実業家・小山田六郎(大友柳太朗)の妻で寒川の小説のファンでもあるという静子は、自分がかつて捨てた男で今は寒川と同業の大江春泥=本名・平田一郎に脅迫されていることを寒川に相談します。

美貌の静子へ惹かれるのと同時に、自分とは作風が真逆で謎めいた犯罪者型作家・春泥に対する興味も手伝い、寒川は春泥と会ったことがあるという数少ない編集者の友人・本田(若山富三郎)の協力を仰ぎながら彼の足取りを追っていきますが、やがて脅迫状の文面通りに小山田六郎の溺死体が隅田川の船着き場に浮かび……。

ここでは興味本位で探偵小説作家が探偵の真似事をしていくうちに、やがて恐るべき猟奇連続殺人事件に巻き込まれていくおぞましさと共に、探偵映画の演出をずっと夢見てきたという加藤泰監督が、己の信条ともいえる“男と女”の関係性、およびそれゆえの激しい魂のぶつかりあいを露に描出していきます。

原作が書かれた昭和3年当時の東京の街並みや風俗を魅せこみながら、脅迫に伴うドロドロとした不穏な描写の数々が、やがて妖しく猟奇的な域へと突入していくさまを、加藤映画ならではのローアングル撮影で見事に捉えられています。

変装、のぞき、屋根裏など乱歩ワールドの諸要素が劇中で巧みにまぶされているのも、乱歩ファンの加藤監督ならではのこだわりであるとともに、「探偵小説とその映画化とは何ぞや?」といった加藤監督の自問自答も聞こえてくるかのようです。

みみず腫れの和服淑女・静子を『人生劇場 青春・愛欲・残侠篇』(72)『花と龍 星雲篇・愛憎篇・怒濤篇』(73)で加藤泰監督と組んだ香山美子が見事に体現するとともに、加藤映画の妖しくも激しい華足り得ているあたりも要注目でしょう。

ミステリが文学的に評価される
きっかけとなった1977年

本作は前年度(1976年)に公開された横溝正史原作の『犬神家の一族』の大ヒットを受け、横溝に対抗して江戸川乱歩に松竹が着目して企画されたものですが(『犬神家の一族』で重要な役割を担っていたあおい輝彦を本作の主演に起用しているのも何やら意味シンではあります)、そもそも乱歩が小説『陰獣』を発表した雑誌『新青年』の編集長が横溝でした(乱歩と横溝、両者の当時の関係性は竹中直人=乱歩、香川照之=横溝といった布陣で、94年に2つのバージョンで公開された『RAMPO』の中でユニークに描かれています)。

ちなみに日活も同年、夢野久作原作の『少女地獄』を、東映はミステリならぬホラー映画でタイトルを似せたオリジナル企画『犬神の悪霊(たたり)』を、そして『犬神家の一族』で映画界に進出した角川映画は第2弾として森村誠一原作『人間の証明』を、松竹は横溝原作の『八つ墓村』を、東宝も『犬神家』と同じスタッフ&キャストで横溝原作『悪魔の手毬唄』『獄門島』を、さらにはATG配給で坂口安吾原作の『不連続殺人事件』をそれぞれ発表。

まさに1977年は出版界も映画界もミステリ・ブームに覆われていたのでした。

こうした現象は、やがて探偵小説を含むミステリのジャンルを文学的な域へと高く再評価させていくきっかけにもなったと思いますが、それには上記に挙げた映画作品群の功績も多大であったことは間違いありません。

『江戸川乱歩の陰獣』の場合、乱歩独自のミステリに伴うエロティシズムが昭和情緒と同居しながら巧みに醸し出されているにも関わらず、当時は横溝映画の二番煎じ的な扱いを受け、あまり正当な評価は受けられず、乱歩原作の映画が続投されることもありませんでしたが(もっともTVでは天地茂主演の明智小五郎シリーズが人気を博していきます。『陰獣』も85年に『妖しい傷あとの美女』として発表されました)、後の加藤泰監督再評価によって徐々に本作もスポットライトが当たるようになっていきました。

加藤映画は前・中期の東映時代と後期の松竹時代に大きく二分できますが、本作は松竹時代を代表するものとして映画ファンに語り継がれています。

乱歩文学と加藤映画の濃密な融合、ぜひお楽しみください。

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(文:増當竜也)

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ライタープロフィール

増當竜也

増當竜也

増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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