まるで現代に通ずる、社会正義を訴える骨太映画を振り返る

©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

まもなくベトナム戦争にまつわる国家の最高機密文書をめぐるスキャンダルを題材にしたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』が公開されますが、アメリカでは社会正義を訴えるポリティカル・サスペンス映画が昔も今も数多く作られ続けています。

実は日本映画界でも、かつてはこうした作品を連打する反骨の巨匠監督がいました。

山本薩夫監督。エンタテインメントの形を借りて、戦争や軍隊の非道、財閥や政治家の汚職事件、国家権力の横暴などの社会悪を鋭く追究した大作群を次々と発表し続けた巨匠です。

そして今回ご紹介する『皇帝のいない八月』は、何と自衛隊によるクーデター計画を題材にした異色ポリティカル・サスペンス大作なのです!

自衛隊によるトレイン・ジャック!
暗躍する内閣調査室!

ある真夏の午後、九州・博多から東京へ向かおうとするブルートレインさくら号。

しかしこの寝台特急列車の中には藤崎顕正(渡瀬恒彦)率いる憂国の自衛隊員20数名が、クーデター計画実行のために乗り込んでいました。

また、藤崎の不審な行動の数々に不安を抱いていた妻の杏子(吉永小百合)や、さらにはかつて杏子と恋人だった石森(山本圭)もさくら号に乗り込んでいきます。

まもなくしてさくら号は藤崎らにトレインジャックされ、同時に日本全国の自衛隊同志も次々と蜂起していきます。

彼らの目的は、アメリカに媚を売って腐敗しきった現政権を打倒して右翼政権を樹立、ひいては古来の伝統を尊ぶ“美しい国”日本を再び蘇らせることであり、そのために自衛隊を国防軍として再編成するよう要求します。

自衛隊の武装蜂起という未曽有の事態に対処すべく、佐橋首相(滝沢修)は内閣調査室室長の利倉(高橋悦史)に事態の鎮圧を命令し、杏子の父で陸上自衛隊幕僚監部警務部長陸将補の江見(三國連太郎)たちが暗躍しつつ、計画の黒幕である大畑剛三(佐分利信)とも対峙していきますが……。

(C)1978 松竹株式会社

徹頭徹尾、反骨精神をもって描く
社会派エンタテインメント大作

本作は自衛隊の武装蜂起というフィクション・エンタテインメントとしてのスリリングかつダイナミックなドラマを通して、自衛隊は軍隊か否かといった憲法九条や、アメリカへの追従、政財界の闇といった、戦後の日本が抱え込んできたさまざまな問題を浮き彫りにしていく超大作です。

原作は松竹の助監督&脚本部出身の小林久三で、かつて実際に自衛隊のクーデター計画があったという噂を聞き、それをもとに書き上げた小説の映画化でもあります。

山本薩夫監督は、それまで軍隊の非道を描いた『真空地帯』をはじめ、日本の軍国主義を徹底批判した『戦争と人間』3部作、財閥一族内の確執を描いた『華麗なる一族』、政界の腐敗を暴露した『金環蝕』や『不毛地帯』、さらには明治の富国強兵殖産興業政策の犠牲になった少女たちの青春を描いた『あゝ野麦峠』など、徹頭徹尾反骨精神をベースにした社会派エンタテインメント映画を発表し続けた日本映画界屈指の名匠です。

そんな彼がある種タブーとされていた題材に果敢に挑んだ勇気ある作品、それが『皇帝のいない八月』なのです。

(C)1978 松竹株式会社

ちなみに本作が制作された1978年は、実はこのほかにも自衛隊特殊部隊の脅威を描いた『野性の証明』や、UFOを目撃して血の色が青と化した人々を世界中の体制が抹殺していくSF映画『ブルークリスマス』と、自衛隊をモチーフにした作品が連打された年でもあり、さらに翌79年には自衛隊が戦国時代にタイムスリップする『戦国自衛隊』も発表されています。

ある意味この時期の映画界は、今よりも自由な気風で大胆な企画も具現化しやすい、日本全体がどこかしら精神的にもゆとりある時代だったのかもしれません。

キャストも豪華絢爛たる布陣で、特にクーデター実行隊長・藤崎役の渡瀬恒彦は、それまで東映実録路線で狂犬のような役どころを得意としてきましたが、この78年には『事件』と本作、そして『赤穂城断絶』の熱演が認められて大いにステップアップし、多数の映画賞を受賞。

吉永小百合と山本圭は山本監督作品『戦争と人間』シリーズの恋人コンビ復活ということでも話題を集めました。

そして何といっても三國連太郎の圧倒的存在感! 正直、『釣りバカ日誌』シリーズのスーさんしか知らない若い世代などは、当時“怪優”とまで謳われた彼のすごみある演技に言葉を無くすこと必至かと思われます。

また小津映画ファンなら、日本の黒幕を嬉々として演じる佐分利信のおぞましさや、内閣調査室室長役の高橋悦史のクールな采配ぶりも実に印象的で、とにかくこの作品キャストを見ているだけで十分に料金の元が取れる優れもの。

さくら号の乗客の中には渥美清も出てきます。『男はつらいよ』こと寅さんの扮装こそしていませんが、やはり彼は旅人であったようです。

実際この作品、さくら号の中での三角関係を軸にした自衛隊パートからは山本監督本来の資質であるメロドラマの魅力が抽出されていますが、今回はそれ以上に政治家や黒幕などの虚々実々の陰謀劇が圧倒的に面白く描かれています。

反体制的姿勢を貫く山本作品は、実は保守本流思想の人々にも実は好評で、それは常に巨悪のピカレスクを魅惑的に描くことに長けているからで、その意味でも本作の登場人物の大半は一癖も二癖もあるワルばかりなのでした!

また今回特筆すべきは、佐藤勝の音楽で、ここでは劇中のクーデター計画の名称にもなっている“皇帝のいない八月”と同名のクラシック曲を藤崎が愛好していたという設定から、まずレコード用の交響組曲を作曲し、そこから本作の映画音楽を構築していきました。どこかしらドイツ浪漫派的な楽曲とスリリングなドラマの融合は、従来の日本映画に久しく見られなかったもので、こういったところにもぜひ注目していただければと思います。

なかなか今はこういった勇気ある反骨のエンタテインメントが作られにくいご時世ではありますが、だからこそ時代を超えて社会を撃つに足るこの意欲作を通して、発想も含めて映画が本来持ち得る自由な機運を満喫していただけたら幸いです。

[2018年3月30日現在、配信中のサービス]
b_hulub_unextb_amazonb_gyaob_itunesb_googleplay

(文:増當竜也)

他の記事も読む
映画の配信情報をチェック!
                  

ライタープロフィール

増當竜也

増當竜也

増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

ピックアップ

新着記事

WP Facebook Auto Publish Powered By : XYZScripts.com