『侠女』『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』武侠映画の巨匠キン・フー監督再発見!

■「キネマニア共和国」

侠女 ポスタービジュアル

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香港&台湾の武侠映画をこよなく愛する映画ファンの中で、胡金銓(キン・フー)監督の名前を知らない人はほとんどいないかと思われます。

1960年代から70年代にかけて香港&台湾に一大武侠映画ブームを巻き起こし、“香港のクロサワ”とも称され、ブルース・リーが生前もっとも憧れ、出演を熱望していた世界的大巨匠なのです……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.198》

そんなキン・フー監督の代表作2本が、1月28日より東京・渋谷のユーロスペースにて、2月11日より名古屋シネマスコーレにて、3月18日より大阪シネ・ヌーヴォにて上映されます。

宣伝惹句にある「武侠アクション映画の原点にして頂点」、この言葉にウソ偽りは100パーセントありません。

そして、映画の原点でもある活劇が、かくも美しく気高いものなのかと、これから初めて彼の作品に接する人は驚嘆と興奮と感動の嵐に包まれることでしょう!

東南アジアで記録的大ヒットとなった『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』

まずはキン・フー監督の経歴から紹介しておきます。

1932年4月29日、中国・北京生まれ(31年生まれと記載された資料をよく見かけますが、本人はそれを否定しています)。戦後、美術デザイナーを経て映画界入り。東南アジア最大の香港映画スタジオ、ショウブラザーズで美術スタッフや俳優を務めつつ、65年に日中戦争を題材にした『大地児女』(未)で監督デビュー。

第2作『大酔侠』(66/未)が大ヒットし、香港映画界に武侠映画の一大ブームを巻き起こすとともに、いわゆるヒロイン・アクション映画の礎を築き上げます。

今回上映される1本は、つづく監督第3作『血斗竜門の宿』(67)です。

これはキン・フー監督が台湾で撮った作品で、東南アジアで記録的大ヒットを飛ばし、日本でも68年に公開されました。

また、70年代ブルース・リー人気に伴うクンフー映画ブームが日本で巻き起こった際に『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』として74年にリバイバル公開されています。

こちらは女優・上官霊鳳(シャンカン・リン・ホン)をはじめとする集団劇で、中国・明朝を舞台に、悪政三昧の宦官の魔手から無実の罪で処刑された大臣の子どもたちを護ろうとする者たちが、荒野の一軒宿「竜門客棧」の中で血で血を洗う死闘が繰り広げられていくものです。

ワイヤーワークをいち早く取り入れた、一見荒唐無稽ながらも、その実、力強いリズムとテンポ、そして用意周到な計算に裏打ちされた驚異の殺陣の数々に、目を見張ること必至。

撮影には半年の期間がかけられたとのことで、どこかしら西部劇的な雰囲気も漂わせています。

なお、この作品は後に『ドラゴン・イン』(92)としてリメイク。

2014年には第68回カンヌ国際映画祭クラシック部門で上映されました。

気高くも神々しいキン・フー監督の最高傑作武侠活劇『侠女』

そして、これぞキン・フー監督の最高傑作といえる『侠女』(70)が、このたび正式に日本で劇場初公開。

第28回カンヌ国際映画祭で中華圏映画として初めて高等技術委員会グランプリを受賞した上下巻3時間の大作で、この作品でキン・フーの名は世界に轟くことにもなりました。

ストーリーは、やはり明の時代を舞台に、処刑された父の復讐を目論むヒロインと、彼女を愛してしまった書生の運命を描くもので、日本でも大ヒットした『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(87)の原作でも知られる『聊斎志異』の中の短い一篇を基に映画化したもの。

ヒロインには『血斗竜門の宿』に助演していた徐楓(シー・フン)。書生には同じく『血斗竜門の宿』主演のひとり石雋(シー・チュン)。

両者はこの後もキン・フー映画の常連俳優として、共になくてはならない存在として、多くの作品で魅力を放ち続けていきます。

さらには『血斗竜門の宿』の白鷹(パイ・イン)や韓英傑(ハン・インチェー/本作では殺陣師も兼任)、そして『燃えよドラゴン』(73)の高僧役でもおなじみ喬宏(ロイ・チャオ)といった名優たちや、若き日の朱元龍(サモ・ハン・キンポー)も出演しています。

上巻のクライマックス、竹林での決闘シーンは映画史上に残る活劇シーンとして各方面からリスペクトされており、その鮮やかなカッティングの冴えもさながら、驚くべきは演じるシー・フンが、実はまったくアクションができない女優だったという驚愕の事実!

監督の演出次第で、アクションがいかようにも魅力的に構築できることの好例でもあります。
(そういえば黒澤明監督『七人の侍』でニヒルな剣豪を演じた宮口精二も、実はまったく剣道ができなかったとか⁉)

下巻では徐々に哲学的な色彩を帯びていき、ラストに至ってはまるで宗教映画のごとき神々しい輝きが見る者を包み込む、これぞ真のエンタテインメントとして惜しみない拍手を送るべき傑作です。

まだまだ見続けていきたいキン・フー映画!

この後もキン・フー監督は、オムニバス映画『喜怒哀楽』(70)第2話『怒』や、後の明朝太祖となる朱元璋の部下たちの諍いを描いた『迎春閣之風波』(73)、キン・フー版『七人の侍』ともいうべき倭寇と7人の勇士たちとの激戦を描いた『忠烈図』(75/サモ・ハン・キンポーやジャッキー・チェン、ユン・ピョウも出演)、寺の経典をめぐる争奪戦『空山霊雨』(79)、善霊と悪霊との美しくも幻惑的な争いを描くファンタジー大作『山中傳奇』(79)、初の現代劇『終身大事』(81)、唐代の後周皇帝の持病を治すべく天下第一の名医を探すことから始まる宮廷風刺喜劇『天下第一』(83)、オムニバス映画『大輪廻』(83)第一話と、新作を続々と発表し続けていきます。
(以上、すべて映画祭上映のみ)

そして1985年、第1回東京国際ファンタスティック映画祭で『山中傳奇』が上映されたことで、日本の映画ファンからもようやくキン・フー映画に注目が集まるようになっていき、89年には東京・池袋でキン・フー映画祭が開催されました。

このとき、私も映画祭に協力していた縁で、幸運にもキン・フー監督に取材させていただくことができましたが、ご本人は温厚で物静かな学者肌といった印象で(これが現場では一変して鬼のように怖くなると、シー・フンがインタビューで語っていますが!?)、一方では老舎の研究家であり、漫画家、書家など多彩な面を持つアーティストとしての誇りのオーラも強固に感じられました。

このとき彼は、かつてアメリカ横断鉄道建設に従事した中国人労働者の数奇な運命を描く『華工血涙史』を企画し、映画化の準備を進めていましたが、結局実ることはありませんでした。

また、90年には彼をリスペクトするツイ・ハーク監督と共同で『スウォーズ・マン』(ビデオタイトル『スウォーズマン/剣士列伝』)に着手しますが、まもなくして意見が対立して降板(劇中、キン・フーが撮ったカットはほんの少しとのこと)。

そして92年の『ペインテッド・スキン』(映画祭上映のみ/ビデオタイトル『ジョイ・ウォンの魔界伝説』)を遺作に、97年1月14日、台湾で急逝。享年64歳。あまりにも突然で、早すぎました……。

キン・フー監督作品は、そのダイナミックな殺陣の描写はもちろんのこと、まるで水墨画のような風景描写や、一転して色鮮やかな衣裳などがもたらす映像美、音響への繊細なこだわり(『山中傳奇』では善霊が笛、悪霊が鼓を打ちながら、セッション・バトルを展開!)、また二階建てなど多重層の宿などのセットを好み、そこから縦の空間構図を魅力的に引き出していくのも特徴ではあります。

もしキン・フーがいなければ、香港&台湾のアクション映画の歴史は無論のこと、それこそブルース・リーやジャッキー・チェン、ドニー・イェンなどのアクション・スターの運命も大きく変わっていたことでしょう。

正直、もうキン・フー映画を銀幕で見ることなど叶うまいと、ずっとあきらめていましたが、やはり偉大な作品、偉大な映画人には奇跡というものが起きるものだと痛感しています。

それならば、ぜひとも今回の劇場上映を成功させて、さらなるキン・フー映画の上映が実現することを強く望みたい次第です。
(個人的には『山中傳奇』3時間強の完全版上映を!)

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(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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