猛龍生誕80周年 ブルース・リー4Kリマスター復活祭2020

昨年大きな話題を集めたクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が現在デジタル配信&DVD&ブルーレイ化、またWOWOWなどの有料衛星放送でも5月に放送されています。

2時間40分もの長尺を飽きさせることなく1969年当時のハリウッド及びそこにまつわる映画&TV業界に従事る人々のナマの姿(そして、やがては映画だからこそ許されると言わんばかりの、正義の鉄槌をふりかざしたかのような悪夢的ファンタジー。タランティーノは深作欣二監督の『柳生一族の陰謀』78が本当にお好きなようです)を描出して好評を得たこの作品ですが、個人的にはいくつか疑問があります。

そのうちのひとつが……あんなブルース・リーの描き方はないだろう!
(とても傲慢不遜な男として登場します)

実際に、ブルース・リーの遺族は作品を見て批判。

それに対してタランティーノ監督は「彼は実際に少し横柄なところのある男だったと聞いている」などと反論しています。

ただし、こちらもハリウッド時代のブルース・リーが生意気だったという噂を聞いたことはありますが、同じアジア人の立場から察するに、彼は昔も今も白人社会の中でまかり通るアジア人差別に屈しないように、精一杯見栄を張りつつ孤軍奮闘していたのではないかと思えてなりませんし、そのあたりの心情を汲んでくれるような描き方をしてもよかったのではないか?
(現に今も新型コロナ禍の影響で、世界中に散在するアジア人種が迫害を受ける事件が頻発してますよね)

そもそもブルース・リーのファンからすると、タランティーノは過去に『キル・ビルvol.1』(03)でヒロインのユマ・サーマンにブルース・リー最後の主演映画(?)『死亡遊戯』(78)でおなじみのイエロー・スーツを着せていたことで、この監督はブルース・リー愛があると思い込んでいただけに、あの仕打ちと顛末はあんまりではないかと……(作劇として、あのクライマックスの伏線にしたかったのは理解できますけどね)。

タランティーノ監督自身は古今東西、A級からZ級までありとあらゆる映画に精通しているようですが、創作の際はそれらのウンチクをサンプリング的に扱う傾向があり、今回のブルース・リーの描写に関してはその面が悪い形で出てしまったのではないかと思っています。

だから一方ではブルース・リーがシャロン・テートに殺陣を教えるといった、ちょっと嬉しくなるようなショットもさりげなくも当たり前のように挿入されているので、余計にファンは困ってしまうのです。

まあ、ただしこの作品でブルース・リーのことをあまり知らない今の若い映画ファンなどにもその存在を知ってもらえたのであれば、いっそこの機に彼がいかに素晴らしい映画スターであったかを改めて伝えておきたい!

ちょうどうまいタイミングで、今年は《猛龍生誕80周年 ブルース・リー4Kリマスター復活祭2020》が開催予定!
http://brucelee4k.com/

正直、こちらは世界中に点在するブルース・リー・マニアの方々が持つ豊富な知識などは、哀しいかな持ち合わせておりませんが……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街464》

しかしながら、彼の作品群を見てもらえるような努力くらいはしてみたいと思うのです!

子役から武術の修行を経て
渡米しての苦労

まずブルース・リーの生い立ちなどをざっと紹介していきますと、1940年11月27日に俳優の父親が家族を連れて長期アメリカ巡業中のサンフランシスコ中華街の病院で生まれました。
(実は生後3か月で現地製作の中国映画『金門女』に出演しています)

まもなくして家族は香港に帰国。戦後、子役として数多くの映画に出演しつつ、武術にも興味を覚えて北派少林拳や節拳などを学び、1953年からは葉問(イェー・ウェン/彼の人生を映画的に脚色しながら描いたドニー・イェン主演の“イップ・マン”シリーズなど映画化作品多数。最新作『イップ・マン 完結』も近日日本公開予定)のもとで5年間修行しています。

18歳で渡米し、アルバイトしながら職業訓練校からワシントン大学哲学科に進学する傍ら、中国武術の指導をはじめ(この時期にリンダ・エメリーと結婚)、やがて大学を中退して截拳道(ジークンドー)を創始。

1966年に詠春拳の演武をしたフィルムを見たプロデューサーの推薦で、TVドラマ『グリーン・ホーネット』(66~67/日本では67年にTV放送され、また70年代のブルース・リー・ブームの際、劇場用映画として再編集したものも2本公開されました)でマスクをつけた日系アメリカ人カトーを演じ、そのアクションが好評を博してその後もTV出演するようになり、同時にその勢いに乗って数々のハリウッド・スターや映画人たちに武術を教えるようになっていきました。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に登場するブルース・リーはこの時期のあたりで、1969年にはジェームズ・ガーナー主演の映画『かわいい女』中国人の殺し屋役で出演しています。

アメリカ時代のブルース・リーの苦悩は、TVドラマ・シリーズ『燃えよ!カンフー』を彼自身が企画し、自らの主演を申し出たものの、東洋人であることを理由に断念せざるを得なくなったというエピソードだけでも察することは大いに可能でしょう。

(ちなみに『燃えよ!カンフー』は、後にデヴィッド・キャラダイン主演で72年から75年までドラマ化。またブルース・リーと武術の教え子でもあった映画スター、ジェームズ・コバーンが共同で脚本を手掛けた映画『サイレント・フルート』もリーの死で企画が頓挫し、キャラダイン主演で77年に映画化されました)

このように、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリッド』で傲慢にふるまっていたブルース・リーは、実はアメリカ社会の人種差別と対峙し続けながらも、いつしかハリウッドに失望しかけていたのかもしれません。

そんな彼に大きな転機が訪れます。それは香港の新興映画会社ゴールデン・ハーベスト社からの映画出演の依頼でした……。


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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