『閉鎖病棟』、笑福亭鶴瓶・綾野剛らが弱者=観客を誘う“それぞれの朝”

(C)2019「閉鎖病棟」製作委員会 

秋も深まり始めて朝晩冷え冷えとしていく中、ふと気が緩んで心寒くもブルーな趣きに陥ってしまうことは誰しも経験あることかと思います。

特に弱者に対して総体的に冷たくなり始めて久しい現代社会において、日頃はさほど問題なく暮らしていても、ふとしたことでほころびが生じ、そこから一気に過酷な日々へ転じてしまう昨今の過酷さは、先日の台風をはじめとする天災の惨禍や、それに対する政治の杜撰な対応(および礼を欠いた上から目線的な非常識発言の数々)などからも明らかでしょう……。

などと心晴れない日々が続く中、弱者が生きていくための勇気を与えてくれる映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』を観ました。

帚木蓬生の同名ベストセラー小説の映画化ですが、ただし決して生易しく人生の謳歌を促すような作品ではありません……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街416》

ここで描かれるのは、社会から疎外され、隔離された弱者たちが、それぞれの道をもがき苦しみながら模索していく、いわば今を生きていく上で必要なものを示唆させてくれる秀作なのです。

さまざまな心の傷を負う
人々が生きる病棟

『閉鎖病棟 それぞれの朝』は、死刑囚・梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)の死刑執行から始まります。

首にロープがかけられ、一気に足場を奪われ……。

しかし、まもなくして係員の手でロープから解放された彼は、まだ死んでいませんでした……!?

続いて舞台は、長野県にある精神科病院へ。

そこには大小さまざまな心の傷を負った人々が入院しています。

元サラリーマン、チュウさんこと塚本中弥(綾野剛)もそのひとり。

普段は問題なく日常生活を送れる彼ですが、時折聞こえる幻聴によってパニックを引き起こしてしまうのです。

またその病院の中には、死刑執行の際に脊髄を痛めて車椅子生活を余儀なくされている秀丸もいました。

国家権力は死刑が失敗した事実を世間に隠すべく、彼をこの病院に隔離しているのです。

ある日、義父の暴力がもとで心を病む女子高生の島崎由紀(小松菜奈)が入院してきました。

チュウさんや秀丸をはじめ、院内の人々の多くは彼女に優しく接していきます。

世間から閉ざされた世界ではありますが、それゆえに由紀は院内での生活に心の平穏を見出すようになっていきます。

しかし、ある日院内で衝撃的な事件が……。

本作は先天性後天性を問わず、心の傷を持つがゆえに社会から疎外されがちな弱者によって織り成される集団劇です。

一応の主人公はチュウさんで、一般常識の感覚を日常的に持ちあわせながらも時折病のスイッチが入ってしまう、そんな彼の目線が入ることによって、常識と非常識のはざまに終始立たされながら生き続けなければならない人間の苦悩が明確になるとともに、心無い人々から迫害されることもままある弱者への慈悲が明確に示唆されていきます。

また、そんなチュウさんを含む入院患者らを大きく包み込んでくれているのが秀丸で、おそらくは院内で一見もっともまともに映えつつ、一方ではかつて死刑になるほどのおぞましい罪を犯した彼の二面性は、そのまま人間の光と闇を体現しています。

そして本作は理不尽な暴力の数々によって深く心傷つけられた由紀の苦悩と、それを凌駕しようともがく葛藤などによって、人はどこまで強くなれるのか、強くなれないのか、強くならなくてもいいのか、などが問われていきます。

そして最終的には、閉ざされた病棟の中に生きた3人それぞれは、深い闇の中からどのような朝を迎えることができるのかを描きつつ、見る者それぞれにも美しい心の朝が訪れるよう示唆していく。

それが映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』の本質です。

のめりこみも厭わない姿勢を
貫いた執念の映画化

監督の平山秀幸は『学校の怪談』シリーズなどCGを駆使したオモシロ映画の旗手として知られる一方、母と娘の虐待を含む壮絶な葛藤を描いてその年の映画賞を独占した『愛を乞うひと』など人間の内面を深く赤裸々に描くことに長けた才人でもあり、今回は全面的に後者の視点で本作に取り組んでいます。

原作小説を読んだ11年前から本作の企画を構想してきたという執念の映画化でもあり、それゆえか今回は自ら脚色。

これまで平山監督作品は脚本を他者に委ね、ある種の距離を置いた冷徹な目線で演出に臨むのが常ではありましたが、今回は題材にのめりこむことも厭わないとでもいった映画作家の我を前面に打ち出しているのが異色ともいえるでしょう。

また、そこまでして本作を作りたいという意欲とは、やはり自己責任を建前に弱者を切り捨てようとする現代社会への意見具申ゆえでもあることは疑いようがなく、またそうした彼の意向に見事に応え得たキャスト陣。

特に自己犠牲の勇気も狂気も体現し得た笑福亭鶴瓶、光と闇のバランスを保ち続ける苦悩を露にしていく綾野剛、虐げられる側の弱さを強さに変えていこうともがく小松菜奈、それぞれの名演なくしてこの映画は成立できなかったと断言してもいいほどです。

現在、世界の精神医療はこうした閉鎖病棟的な病院のありようから脱して、患者たちを日常社会へ戻して地域全体でケアしていく方向性にシフトし始めており、またそのことによって大きな事故も問題もいまだに起きておらず、かなりの成果が上がってきているとのことですが、では日本はどうでしょう?

SNSも含めて、やもすれば虐げられた者同士で石をぶつけ合わせ、それを嘲笑うかのような勝ち組の上級国民ばかりが闊歩する、そんな社会を促進させているかのような現代において、私たちはどのような信念をもって生きていくべきなのか、本作は慈悲深く訴えてくれています。

深まっていく秋、人間と社会について改めて考えていく上でも必見の作品です。

(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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