『糸』レビュー:中島みゆきの世界観をトータルに捉えた愛と時代の機微

(C)2020映画「糸」製作委員会 

中島みゆきの歌はその秀逸な歌詞とメロディから、耳にするだけで愛やら人生やらのドラマが脳裏に浮かび上がってくるものですが、その世界観を基にした映画が作られるという事象は、むしろ遅すぎたといってもいいでしょう。

もっとも歌がもたらすイメージは人それぞれの千差万別で、それゆえに歌をモチーフにした映画の構築とは意外に難しいものなのかもしれません。

映画『糸』は、中島みゆきが1998年に発表した歌をモチーフに、平成元年に生まれた男女が令和元年に至るおよそ30年の愛と人生の歩みを描いたものですが、一体どのようなドラマがそこに具現化されているのかは興味津々でもありましたが……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街495》

結論から先に申し上げると、それは見事に成功していたと断言してもいいでしょう!

平成元年から令和元年までの
およそ30年の男女の愛の歩み

映画『糸』は北海道・美瑛に生まれた平成元年生まれの高橋漣(菅田将暉/少年時代は南出凌嘉)と園田葵(小松菜奈/少女時代は植原星空)の人生を描いていきます。

(C)2020映画「糸」製作委員会 

ふたりは平成13年の中学時代に出会い、すぐさま淡い初恋へと発展。

しかし漣が葵に告白した翌日、彼女は美瑛からいなくなっていました。

まもなくして札幌にいる葵を探し出した漣は、そこで彼女が義父から虐待を受けていることを知り、ふたりで駆け落ちを図るのですが……。

8年後、21歳になった漣は、友人の竹原(成田凌)と弓(馬場ふみか)の結婚式で東京へ赴き、そこで葵と再会します。

しかし8年の歳月は引き離された二人の仲を再び取り持ってくれることはありませんでした。

漣は美瑛のチーズ工房で働いていて、やがて先輩の桐野香(榮倉奈々)と結ばれます。

一方、葵もファンドマネージャーの水島(斎藤工)と恋に落ちます。

両者ともそれぞれの道を歩み、ハッピーエンドでめでたしめでたし!……とはならないのが人生の常。

この後も運命の荒波は容赦なくふたりに振りかぶっていき、お互い流れ流れていくうちに、平成から令和へと移り変わるカウントダウンへと時代は過ぎていくのですが……。

今の時代の困難まで伝える
平成30年間の時代の歩み

“めぐり逢いの奇跡を描く愛の物語”といったキャッチフレーズなどから、本作がどのような結末を迎えるかはあらかた想像はつくことかと思われますが、それでもなかなかにドラマティックな展開ゆえに、ストーリーを事前に把握することなく接したほうが、より感動をモノにできることでしょう。

正直、予想外のストーリー展開ではあり、見終えると「糸」もさながら同じ中島みゆきの「時代」や「わかれうた」「ファイト」などさまざまな名曲群をも彷彿させるところもあります。

おそらくは本作の作り手側が「糸」だけではない中島みゆきワールド全体を意識しながら企画・制作していったのではないかと想像してしまうほどでもありました。

監督は鬼才・瀬々敬久。

このところ『友罪』(18)『菊とギロチン』(18)『楽園』(19)などヘビー級の社会派問題作を立て続けに発表していた彼ですが、今回は『8年越しの花嫁 奇蹟の実話』(17)とも相通じるラインでの純愛映画を肩の力を抜いて手掛けている感もあります。

もっとも肩の力は抜いても決して手を抜くことはない稀代の鬼才ならではの、時代を冷徹に見据えた鋭いキャメラアイはここでも健在で、そこに菅田将暉&小松菜奈をはじめとする若手実力派キャスト陣が真摯に応えながら生き生きと演じているのが好もしくも頼もしい。見ていてそのような印象を受けます。

同じ場所に留まり続ける男と、国の内外を転戦していく女といった構図も、どこかしら今の総体的な男女の人生に対する意識の相違を痛感させられるものがあるとともに、とにもかくにも両者が全身からキラキラ輝いているかのような存在感を醸し出しているように見えてしまうのは、やはり瀬々監督と現場を信頼しながら演じていたことの証左でもあるかと勝手に想像させられてしまいました。

想像ということでは、この映画は令和元年で結末を迎えますが、その先に現在のコロナ禍が待ち構えているかと思うと、本作のラストの後、漣と葵にどのような運命がふりかぶっていくのかというところにまで想いを馳せてしまうのは、やはり生々流転たる人生の機微と対峙し続ける瀬々監督作品ならではの賜物ではないかと唸らされました。

コロナ禍の今、誰もマスクせずスキンシップを平気で取り続ける新作の映画やドラマを見ていると、どこかしら時代劇のような遠い世界の出来事のように思えてしまうものも少なくはありません。

そんな中、本作は例外的に今の時代の困難までも痛感させ得る効果をもたらしているように思えました。

縦の糸と横の糸が紡ぎ合ったり引きちぎれたりを繰り返しながら、時代は常にめぐりめぐって動き続けていることまで教えてくれる作品です。

(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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