『ジョーカー』を読み解く「3つ」の鍵!『モダン・タイムス』は何故使われた?

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『バットマン』に登場する名悪役(ヴィラン)の誕生を、映画オリジナルのストーリーで描いた話題作『ジョーカー』が、10月4日から日本でも劇場公開された。

観た人の人生観が変わるとの評判もあってか、都内の主要劇場は毎回満席となっている本作。

実際、自分が観に行った公開二日目のレイトショーでも、高校生や男女のグループでの来場が目立ったのだが、今回のヒットもそれだけ多くの観客層の興味を引き、仲間内でかなりの話題となったことが原因では? そんな印象を強く受けたのも事実。

果たして、その内容と出来は評判通りのものだったのか?

ストーリー

「どんな時も、笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸にコメディアンを夢見る、孤独だが心優しい男アーサー・フレック。
都会の片隅でピエロメイクの大道芸人をしながら母を助け、同じアパートに住むソフィーに密かな好意を抱いている。
笑いのある人生は素晴らしいと信じ、ドン底から抜け出そうともがくアーサーは、なぜ狂気あふれる<悪のカリスマ>ジョーカーとなったのか?
切なくも衝撃の事実が、今明かされる!

予告編

鍵1:ジョーカーの本名は何故アーサーだったのか?

ティム・バートン監督の映画『バットマン』では”ジャック・ネイピア”だった、ジョーカーの本名。だが原作コミックから離れて、映画オリジナルの設定やストーリーとなった本作では、後にジョーカーに変貌する主人公の名前は、アーサー・フレックとなっている。

実はこの名前の由来や、後述するチャップリンの『モダン・タイムス』からの引用も含めて、本作にはジョージ・オーウェルが1949年に発表した、ディストピア小説「1984年」が大きな影響を与えている、といったら驚かれるだろうか?

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例えば、映画の中でアーサーが自分のネタ帳としていつも書き記しているノートの存在。

これは「1984年」の中で、主人公が監視システムから隠れて密かに日記を付けるという犯罪行為に手を染める展開を思わせるもの。

加えて「1984年」では、党の体制化で疑いを持たずに暮らしてきた主人公の目には、世の中や人々の暮らしが美しいものとして映っているのだが、『ジョーカー』でも母親の影響下で暮らしてきたアーサーの目には、笑いと愛に溢れた理想の暮らしの幻想が見えることになる。

その他にも、抹殺された3人を新聞記事で見つける点や、貧富の差が広がっている階級社会など、「1984年」との類似点は多いのだが、『ジョーカー』が素晴らしいのは、「1984年」とは違い、体制に迎合したり取り込まれることなく、ついにアーサーが自分の真の姿を取り戻して精神の自由を得るという展開にあるのだ。

もちろん、その自由を得るために払った代償は、あまりに大きいのだが、同時にあのジョーカーとして生まれ変わるためには、確かにこれくらいの犠牲が必要だったかもしれない、そう観客に納得させるだけの説得力を映画に与えていて実に見事!

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「世界がお前を殺したいのなら、お前が世界を作ればいい」

ジョーカーがたどり着いたこの結論こそ、多くの観客が共感し劇場に足を運んでいる理由の一つではないだろうか。

ちなみに、ジョージ・オーウェルの本名は、エリック・アーサー・ブレアであり、『ジョーカー』の主人公アーサー・フレックの名前は、ここから取ったとも考えられる。

これらは、あくまでも一つの仮説だが、これから鑑賞に臨まれる方は、是非「1984年」のあらすじを読まれてから劇場に足を運ばれてみては?

鍵2:何故、『モダン・タイムス』のあのシーンが使われたのか?

実は、こうして「1984年」との繋がりを踏まえて考えると、本作中に登場するチャップリンの『モダン・タイムス』の持つ意味も、大きく変わってくることになる。

何故なら『モダン・タイムス』自体が、「1984年」で描かれたような監視社会を描いた作品であるからだ。

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「1984年」のように、監視カメラで24時間チェックされている工場内でのシーンが笑いのポイントとなる『モダン・タイムス』だが、『ジョーカー』で使われるのがこうした笑いを誘うシーンではなく、危険と紙一重のローラースケートシーンである点も、実は非常に興味深いものがある。

一見非常に危険に見えるこのスケートシーンだが、実際はガラスに書かれた絵の部分と合成した映像であることが、現在では判明している。

もちろん、一見危険に見えるシーンを本気にして笑っている金持ち階級を風刺したシーンとも取れるが、こうして考えると、後述する”視点を変える”ということと連動して、このスケートシーンが選ばれたことがお分かりいただけるのではないだろうか。

ちなみに、このスケートシーンの撮影方法の動画が、現在ではYouTubeなどでもアップされているので、興味を持たれた方は是非一度ご確認頂ければと思う。

鍵3:実は重要な”観客”の存在とは?

注:以下は若干のネタバレを含みます。本編を未見の方は鑑賞後にお読み頂くか、十分にご注意の上でお読み下さい。

本作を読み解く上で非常に重要なのが、”視点を変える”ということ、そして”悲劇”と”喜劇”の可逆性について触れられた部分だろう。

今まで自分の人生を悲劇と思っていたアーサーは、母親の過去や自身の出生の秘密を知ることで、実は自分の人生こそが喜劇だったと思い知らされることになる。

そのことが遂に彼の精神を崩壊させ、アーサーを危険な悪人であるジョーカーへと変貌させていくが、これは単に虐げられた弱者・善人が悪の道に堕ちるという悲劇ではない。

それはむしろ、周囲の人間や社会が受け入れてくれないと、自分を主人公として周囲を見ていた状態から、ついに人格が分離して客観的に外側から自分を見るようになったこと、そして社会の矛盾や不公平を笑い飛ばす、観客としての視点に自分が立ったことを意味するものなのだ。

これと同様に、劇中でも繰り返し言及されるキーワードに”喜劇”と”悲劇”があるが、この二つを分ける重要な要素として忘れてはならないのが、目撃者=観客の存在だ。

これを象徴するのが、アーサーが理不尽な暴力を受けるのが、路地裏や地下鉄の車内、トイレなど、いずれも観衆や目撃者のいない状況という点だろう。

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事実、映画冒頭の追跡シーンにおいては、街中の大通りで人々が見ている状態では、若者を追うアーサーの姿は明らかにドタバタコメディの動きとして、観客の笑いを誘うように描かれている。

ところが、一度路地に入って周囲に誰もいなくなった途端、彼の身に降りかかるのは現実的で容赦ない暴力に変わる。

これは後に続く地下鉄の車内、そして信じていた人物から受けるトイレの中での殴打シーンでも同じであり、実はこれがジョーカーが犯罪行為に走る重要な動機となるのだ。

実際、アーサーとして初めて一線を越えた時は、周囲に誰も目撃者がいなかったのに対して、ジョーカーとして覚醒した彼が行う凶行には、昔の仕事仲間やテレビ番組の観客などの目撃者が存在しており、この目撃者の有無こそが、ジョーカーとアーサーとを分ける重要な要素となっていることが、観客にも次第に分かってくることになる。

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つまり、一般の人々が己の本性や暴力的な姿を見せるのは、周囲に目撃者のいない安全な状態であり、ジョーカーの目的はそれをパブリックなものとして、人々に実行させることにある。

それ故に、彼は度々バットマンを含めた人間の良心を試す行動に出るのであり、それは単なる社会に対する恨みや悪意ではなく、普段人間の奥底に押し込められている本性の解放であり、ジョーカーにとっての正義に他ならない。

この点を踏まえて考えれば、本作でジョーカーが社会の犠牲者となって悪に走ったのではなく、逆に己の本性をついに解放して自由になったということが理解できると思う。

更に進めて考えると、ジョーカーとなったアーサーこそ、正にゴッサムシティにとっての神であり救世主ということになる。

これは、ラスト近くでジョーカーが車の上で取っている姿勢や、その後、救世主は必ず一度死んでから復活しなければ認められない、という映画の定番展開を踏襲していることからも明らかだ。

更に言えば、テレビのトークショーでの席の並びは”最後の晩餐”のそれであり、映画の中でこの比喩が出たら、その後に誰か”裏切り者”が殺されるのも定番の展開となっている。

例えば、映画『アンタッチャブル』で、デ・ニーロ扮するカポネが、バットで密告者を撲殺するシーンがそれなのだが、この点と前述した観客の存在とを踏まえれば、本作のトークショーのシーンが、単に映画『キング・オブ・コメディ』へのオマージュだけでなく、いかに複雑な意味を持つかがお分かり頂けるはずだ。

最後に

映画の序盤でアーサーの話を聞こうともしなかったソーシャルワーカーの描写に対して、終盤の病院での面会で女性が彼に取った態度こそ、ジョーカーと化した彼が世界を自分の側に寄せたことの証明であり、偽りの過去や記憶に苦しめられた男が、遂に真の自由を手にした最高のハッピーエンドなのではないか?

実は、そんな印象と余韻を胸に劇場を後にした。

とはいえ、映画の中ではアーサーが、社会の中でこれでもかという程の理不尽な扱いを受けるため、その点に感情移入や共感した方にとっては、非常に後味の悪い結末となっているのも事実。

例えば、勤務先の経営者から理不尽な扱いを受けたアーサーが、自身の感情に反して笑い声を上げてしまうが、その後のシーンで路地裏のゴミ収集箱を狂ったように蹴りつけるという描写があることで、押しつぶされそうな彼の感情が限界まできていることが、観客にも痛いほど理解できるからだ。

怒り、悲しむという自然な感情の発散を奪われたアーサーにとって、笑いこそが最後に残された人間性であり、周囲と繋がる唯一のコミュニケーション方法だったことは、想像に難くない。

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自身の持病により、その最後の希望までが道を絶たれた時、せめて家族や恋人、友人などの理解者がそばにいてくれたなら、どれほど大きな助けになったか。

更に自分が打ち込める仕事や、将来の夢・希望が奪われた時、人がどれほどの挫折と絶望を味わうことになるか? など、多くの観客が自分の体験に置き換えて共感できる内容も、劇場に多くの観客が詰め掛けている理由の一つではないだろうか。

映画館で上映されている作品が、ブライアン・デ・パルマ監督の『ミッドナイトクロス』と、ジョージ・ハミルトンが一人二役を演じたコメディ映画版の『ゾロ』である点から、本作の時代設定が1981年であることは確認できるが、実は映画の中で描かれているのは、SNSによって個人がメディアに取り上げられて大きな影響力を持ったり、貧困や格差が広がるいっぽうの現代の姿に他ならない。

ジョーカーという絶対悪の誕生を通して、観客側が自分が今生きている現実と向き合うことになる、この『ジョーカー』。

毎回満席の盛況となっている上映館だが、絶対に時間を作って観に行く価値のある作品なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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    ライタープロフィール

    滝口アキラ

    滝口アキラ

    滝口アキラ 映画ライターにしてブルース・リー研究家。主な著書に、「ブルースリー超全集」「俺たちのジャッキーチェン」「俺たちの007」などがある。映画のコミカライズや、日本オリジナル映画主題歌などの、「失われた映画カルチャー」にも造詣が深く、TBSラジオ「ウイークエンドシャッフル」へのゲスト出演、今関あきよし監督作品への声優出演、更には「実際に映画に出演する映画ライター」として、現在「毎月1本必ず映画に出る」をノルマに活動中。その抜群の企画力と、交友関係の広さには定評がある。

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