『ロスト・イン・パリ』でアベル&ゴードンはジャック・タチのエスプリを超えていく

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」

ベルギーやフランスを拠点に、道化師として活躍するアベル&ゴードン夫婦は90年代から短編映画を発表し、2005年に初の長編映画を制作した。その時は日本に紹介されるまでかなりの時間を要したが、昨年発表した新作『ロスト・イン・パリ』は、早くも来週8月5日から日本で公開される。彼らの作品に込められている群を抜いた〝エスプリ〟が、日本でも受け入れられ始めている兆しなのだろうか。

<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.42:『ロスト・イン・パリ』でアベル&ゴードンはジャック・タチのエスプリを超えていく>

(C)Courage mon amour-Moteur s’il vous plait-CG Cinema

雪深いカナダの町に暮らすフィオナの元に、パリで一人暮らしをしている叔母のマーサから助けを求める手紙が届く。意を決して単身パリにやってきたフィオナだったが、肝心のマーサは行方不明。さらにセーヌ川に落ちて所持品を全部失ったフィオナは路頭に迷ってしまう。そんな折、ホームレスの男・ドムが彼女に付きまとい始める。

冒頭から、ドアを開けた瞬間に建物の中に吹き込んでくる吹雪に動きを封じ込められる被写体たち。そしてドアを閉めれば何事もなかったかのように振る舞う。パントマイムを駆使し、一気に画面構成の妙味を披露するのは、いかにもアベル&ゴードン作品らしい。

数年前に『アイスバーグ!』と『ルンバ!』の傑作を提げて日本に紹介されてから、実に7年ぶりとなる日本上陸となる彼らの作品。本来であれば、『ルンバ!』をここで紹介しようと思ったのだが、日本でソフト化がされていないため軽めに留めておこう。

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教師として同じ学校で教鞭を振るいながら、ダンス大会に出場する夫婦に訪れた危機を、台詞を徹底的に排除して描き出した傑作だ。窓の向こうを駆け抜けていく生徒たちの姿をフィックスでとらえ続けるオープニングから思わず画面に釘付けにされると、古典的な撮影方法で作られた運転シーンでは、二人は猛スピードで駆け抜けながら服を着替えていく。さらに、手前で座り込んだ被写体の影が、背景の壁の中で踊り出すという魅力的な演出が光った傑作だ。

彼らの作品の魅力は、チャップリンやバスター・キートンといったサイレント期のコメディを彷彿とさせる、〝モーション〟だけで組み立てられた豊かなユーモア。ということは、もちろんそこにはフランスの喜劇王、ジャック・タチへのオマージュも含まれているわけだ。

<画像:『トラフィック』>

ジャック・タチといえば、『ぼくの伯父さんの休暇』に代表される、ユロおじさんシリーズ。その中でも、とくに素晴らしいのが、晩年の作品である『トラフィック』だ。自動車会社のデザイナーであるユロ氏。モーターショーのためにアムステルダムに向かう会社の一行は、道中でトラブルに巻き込まれていく。

彼が作ったキャンピングカーの性能を警察署で披露する場面や、モップを犬に見立てたブラックなジョークなど、90分間油断する暇を与えないほど小粋なユーモアが繰り返される。しかし、そんな愉快な画面を通して、高度に成長した文明によって、人間のユーモアが欠如してしまったり、コミュニケーションが希薄になってしまったことを暗に批判している。

そういった一種の〝エスプリ〟をアベル&ゴードンの『ロスト・イン・パリ』からも大いに感じることができよう。携帯電話を紛失したフィオナ、ホームレスとなってもユーモアを忘れずに人を楽しませようとするドムの姿。

フランスの喜劇映画は、日本にも毎年多く紹介されているが、そのほとんどはブラックなジョークであったり、際どい笑いを狙ったものばかりだ。たとえばアニメーション作家のシルヴァン・ショメや、本作のアベル&ゴードンのように、視覚的に楽しめる〝モーション〟を持って、そこに〝エスプリ〟を込めた作家こそ、タチを継承した真のフレンチコメディの旗手と呼べよう。

ところで、この『ロスト・イン・パリ』で、終始体を張り続けるアベル&ゴードンとならび、叔母のマーサを演じるエマニュエル・リヴァが好演を見せている。惜しくも今年1月にこの世を去った彼女。アラン・レネの『二十四時間の情事』や、最高齢でアカデミー賞候補になった『愛、アムール』も記憶に新しい、フランスを代表する大御所女優だ。
彼女は、本作で頑固者だが楽天的で大胆な老婆を演じている。ベンチに座ってステップを刻むシーンはとくに素晴らしく、これまでの出演作でもなかなか観ることができなかった、コメディエンヌとしての一面を楽しむことができるのだ。

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(文:久保田和馬)

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