映画コラム

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2020年05月12日

『ナイチンゲール』レビュー:“目を背けたい現実ほど、見なくてはならない”現代を生きるために観るべき作品

『ナイチンゲール』レビュー:“目を背けたい現実ほど、見なくてはならない”現代を生きるために観るべき作品

■橋本淳の「おこがまシネマ」

どうも、橋本淳です。

57回目の更新、今回もどうぞよろしくお願い致します。

緊急事態宣言も延長となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?身体的なこと、精神的なことに悩まされていませんか?

わたしは自分自身の微力さに落胆する日々ですが、下を向くより、未来に向けて現在をどう生きるべきかを考えつつ前を見据える姿勢を保たねばと、心を奮い立たせています。

密集する場として、映画館ももちろん休館が続いていて、自宅で映画を観ている日々です。しかし、やはり映画は映画館で観るべきだよなと、心底思わされます。再オープンされた際には、これでもかというほどに、通い詰めたいと思います。そのためにも、映画館が閉館しない道を歩めるよう、微力ながら寄付や協力をさせていただいております。

そして、映画館が休館ということは、この時期にかかるはずであった新作映画も行き場を失っているということです。悲しい連鎖はどんどん続くもので、厳しい現実です。


そんな中、この時世に合わせて、オンラインでの先行配信上映を決めた作品がいくつかあります。劇場公開がまだ続くだったはずの作品や、公開前に上映出来なかった作品が、チケット分ほどの料金で家で鑑賞できるようになりました。

この判断をくだすには色々な障害があったと思いますが、英断をした関係者の皆様に敬意を表します。

映画館と配信映画の、ボーダーが本当に難しいのですが、今は有事の際。手に手を取り合って互いに共生できる環境になっていけばいいですね。

皆さまの今後の生活が少しでも、上向いていきますように祈っております。わたし自身も背伸びは決してせずに、分をわきまえて、しっかりとした生活していきたいと思います。

そんな配信公開を決断した映画の中から、今回はこちらの作品をご紹介。

『ナイチンゲール』





19世紀のオーストラリア・タスマニア地方。盗みの罪で流刑囚となったアイルランド人のクレア(アイスリング・フランシオン)は、美しい容姿と美しい歌声から、イギリス軍将校のホーキンス(サム・クラフリン)に囲われていた。

刑期はすでに終えたはずなのに、ずっと彼女を解放せずに拘束していることに異を唱えるクレアの夫・エイデン(マイケル・シェズビー)は、ホーキンスに交渉を試みる。しかし、ホーキンスはそれには応じず、逆に暴力で押さえつけようとする。その行為をホーキンスの上官であり視察官に見られてしまい、ホーキンスは昇進を見送られてしまう。

腹を立てたホーキンスは部下とともにクレアの家に押しかけ、クレアをレイプした挙句に、彼女の目の前で夫・エイデンと子供を殺害してしまう。すべてを奪われたクレアは、復讐を誓いホーキンスの元へ向かうが、そのホーキンスは自身の昇進の話を直訴するために、ローンセストンの街へ旅立った後だった。

険しい山道を行かねばならないために、クレアは先住民であるアボリジニのビリー(バイカリ・ガナンバル)に案内人を依頼する。渋るビリーであったが、謝礼金のために嫌々ながら同行することに。

白人に差別され迫害され続けているアボリジニのビリーと、愛する者を目の前で殺害されたアイルランド人のクレア、その道中少しずつ、お互いのことを打ち明ける。共通の敵を持つ2人の絆は深まっていき、、、




目を背けてはいけない歴史背景を描く、"胸糞悪くなる映画"です(表現がちょっとあれですが)。19世紀のタスマニアで実際に起こっていたブラック・ウォーが背景となっているために、少々ショッキングなシーンもいくつか。

前半パートでのクレア家族への仕打ちのシーンでは、各映画祭で途中退出者が続出したことも話題になりました。それほどイギリス軍たちのゲス行為が酷すぎる、特にホーキンス中尉に関しては映画中ずっとゲス野郎、言動・行動どれをとってもクズ人間なほど。(アボリジニに対しても、部下に対しても、流刑囚に対しても)

本作は、最悪な拘束生活な上に、家族を殺されたクレアと、白人たちにより家族はもとより暮らす場所までも奪われたタスマニアの先住民ビリーの復讐劇なので、フリとしてはよく効いているんですが、それにしても英国軍人たちの行為は、あまりにも酷い。
(映画としては本当に素晴らしい!精神もっていかれました。色んな方に是非、見ていただきたい!と思い、今回は『ナイチンゲール』をと思い立ったのですが、まぁなんとも書きづらい内容でして。非常に頭を悩ませながら書いてます)

そして観る前に知っておくべき情報としては、やはり"ブラック・ウォー"のことではないでしょうか。

<ブラック・ウォーとは>
1800年代前半に起こった、イギリスの植民者とタスマニアン・アボリジニーの争いのことを指す。この争いは、公式な宣戦布告がなかったことから明確な時期は定まってはいないためにいくつかの見方があるが、1803年にタスマニア島に最初にヨーロッパ人が入植したときに始まったのではないかと言われている。その争いが激化した1820年代を、特にブラック・ウォーと呼ぶことが多い。

このブラック・ウォーのその後としては、タスマニアからフリンダーズに移住完了をして、この争いは終結とされている。

しかし、その後の劣悪な生活環境とヨーロッパ人がもたらした疫病により、タスマニアン・アボリジニーは激減し、また1876年にはタスマニアン・アボリジニー最後のひとりが死去し、絶滅してしまった。

とても簡単に説明すると上記のような争い。私自身も不勉強で、本作を観るまでは知ることもなかったこの事実。この事件に驚愕しつつ、知らなかった自分がとても恥ずかしいです。

そして、いわゆる典型的な復讐劇になっていない点も、本作の魅力の一つ。プラトニックな愛の物語という点です。

一部批評家たちからは、暴力シーンに対して激しく批判もされていましたが、監督曰く「ストーリーに必要であれば、暴力でもしっかり描くべきであると思っている。しかし、あれ以上に激しく描いてしまうと観客が実際に起こったその事実から目を背けてしまうので、学ばなくなってしまう。そのバランスは難しかった。」さらに「暴力シーンに関して、わたしの表現の仕方は悪いと思わない。ただ、過去にトラウマがある女性は本作は観るべきではないかもしれません」と、その激しさを監督自身も語っている。

タスマニアで起こった事実を背景にしつつ、女性蔑視などの差別の問題、さらに監督が語る"暴力の影響"というメッセージが、より強烈に押し出され、現代にも通ずる普遍的な映画になっています。これは過去の話ではなく、"現代の話"なのだと、痛感します。

すでに2020年を代表する作品と呼び声が高いです。

監督は、ジェニファー・ケント。

ラース・フォン・トリアー監督の『ドッグ・ヴィル』にて助監督を務める。長編映画『ババドッグ 暗闇の魔物』では、サンダンス映画祭で賞賛を受け、ニューヨーク批評家サークル賞などをはじめ、さまざまな映画祭で受賞した。本作で2018年のベネチア国際映画祭コンペティション部門唯一の女性監督として選出され、いま世界で注目を浴びている、映画監督の一人。

いま乗りに乗っている監督の一人ですね。すでに3作目の制作も発表されているので、今後の作品もとても楽しみです。ラース・フォン・トリアー監督の元にいたことを知り、強烈なメッセージの伝え方は師匠からの系譜なのだと納得。

映画館が閉まっている中、配信先行公開を踏み切った作品のうちの一本。こんなにも心に残る映画を、ぜひ皆様にも観ていただきたいです。チェックしてくださったら、幸いに思います。

それでは、今回もおこがましくも紹介させていただきました。

(文:橋本淳)

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