『えいがのおそ松さん』はアカデミー賞受賞に値するほどの傑作だと思った!

© 赤塚不二夫/えいがのおそ松さん製作委員会 2019

本年度のアカデミー賞長編アニメーション映画賞に、日本から細田守監督の『未来のミライ』がノミネートされましたが、惜しくも受賞を逃しました。

さすがに受賞したのが『スパイダーマン:スパイダーバース』では、ついつい日本の作品を身びいきしがちなこちらとしても今回は仕方ないかなと唸らざるを得ないほどの快作ではありました。

しかし、実はちょうどアカデミー賞授賞式が開催された前後に、たまたま『えいがのおそ松さん』を一足早く見る機会に恵まれた私は、こう思ってしまったのです。

「もし、この映画がアカデミー賞にノミネートされたとしたら……」

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街367》

そう、『えいがのおそ松さん』は『未来のミライ』にも『スパイダーマン:スパイダーバース』に勝るとも劣らない、少なくとも本年度のアニメーション映画を代表するに足る一大傑作だったのです!

『おそ松くん』から『おそ松さん』へ
その変遷と魅力

まず『えいがのおそ松さん』に入る前に、TVアニメーション・シリーズ『おそ松さん』の話からしておくべきでしょう。

これは赤塚不二夫が1962年より連載開始した人気漫画で、66年と88年にはTVアニメ化(88年版は89年春の東映まんがまつり枠で劇場版短編映画も製作)、85年には実写ドラマ化もされた『おそ松くん』の後日譚的存在の作品です。

『おそ松くん』の主人公は小学校5年生(10歳)の松野おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松といった6つ子の兄弟(一応、長男はおそ松、末っ子はトド松)で、そこにおフランス帰りのイヤミやデカパン、ハタ坊、ダヨーン、トト子ちゃん、そしてチビ太といったユニークなキャラクターたちが絡み合いながら織りなすドタバタコメディでした。

特にイヤミが驚いたときに繰り出すポーズ「シェー!」は当時日本全国を席捲し、何と1965年の映画『怪獣大戦争』でゴジラが「シェー!」をやるほど大流行。時を経た今でも結構通用するギャグとして知られるものです。

と、このことが象徴するように『おそ松くん』は良くも悪くもサブ・キャラが目立ってしまう作品で、本来の主人公でもある6つ子たちはそれぞれ性格の違いこそあれ、顔はみんな同じという設定もあって、6つ子ひとからげ(?)にされてしまう感も否めないものがありました。

では、そんな6つ子たちが大人になったらどうなる? というアイデアのもと、赤塚不二夫生誕80周年を記念して製作され、2015年秋から開始されたTVアニメーション・シリーズ、それが『おそ松さん』です。

ここでは何と6つ子たちは20代前半にして全員ニートという、だらしなくも愛敬のある存在感を出しています。

また『おそ松くん』のときはほとんど顔の判別が不可能だった彼らも、さすがに大人になるとそれぞれの個性が出てきたか、よくよく見ていくと6人の見分けがつくようにもなっています。

さらには6つ子を演じる6人の人気声優陣(櫻井孝宏、中村悠一、神谷浩史、福山潤、小野大輔、入野自由)の魅力も大いに効を奏して、『おそ松さん』は何と可愛くも憎めない存在のイケメン・アニメとして日本中の女子に認知され(本作のファンの女子は“松子”と呼ばれることもあります)、15年の第1期に続いて17年には第2期が始まり、また16年と18年には舞台化される一大ブームを築き上げたのでした。

出版不況が叫ばれて久しい昨今ですが、『おそ松さん』を表紙にした雑誌は売り切れ続出という(この現象は当時マツノミクスと呼ばれました)驚異の事態にも発展。

実際、作品は下ネタを交えた過激なギャグとパロディ満載で、その中でだらしなくも赤裸々な等身大の姿を披露する6つ子に多くの女子は萌えたのです。

もはや6つ子であること以外に存在感の薄かった少年時代の『おそ松くん』から一変、大人になった『おそ松さん』の彼らはそれぞれが個性を発揮し、大きく飛躍することになったのでした。

監督はTVアニメ・シリーズ『銀魂』で2008年の108話から15年の265話までおよそ6年にわたって監督を務めた藤田陽一。10年と13年の劇場用映画も彼が監督するなど『銀魂』ブームを大いに牽引。

そのシュールでアヴァンギャルドな才覚は本作やTV『クラシカロイド』(16~)でも遺憾なく発揮されています。

これぞファンが一番見たかった
『おそ松さん』の映画!

では、今回いよいよ劇場用映画としてお披露目された(実はそれ以前にTVシリーズ傑作選+新作パートを含めた『おそ松さん 春の大センバツ上映会』が2017年にイベント上映されています)『えいがのおそ松さん』の出来やいかに? 

これがもう、冒頭に記したように傑作でありケッサクなのです。

まずTVシリーズは毎週30分枠の中に3本平均の短編が構成されていましたが、今回は1本の長編仕立て。

もちろん藤田陽一監督をはじめスタッフ構成の大半はTVシリーズから引き継がれているので、従来のと空気感などが異なることは一切ありません。

本作では6つ子が高校の同窓会に出席し、未だにニートであることを同級生たちに知られてしまい、大いに恥をかいたことをきっかけに、その翌朝、なぜか高校卒業前夜にダイムスリップ(?)してしまいます。

TVシリーズではひたすらにグータラな彼らではありましたが、では高校時代はどのように過ごしていたのか? がここでは描かれていきます。

つまりは少年時代の『おそ松くん』と大人になってからの『おそ松さん』の間となる高校時代を描いた思春期映画として、本作は屹立しているのです。

6つ子という、あまり例を見ない運命のもとに育った彼らは、実のところ学校の中でどのようにみなされていたのか……。

これがもう哀しくて哀しくて、でもそれゆえにどこか笑えて、切ないのです。

試写会で配られたプレスシートの中の藤田監督のインタビューを読みますと、「やっぱり『18歳の自分』というのは、見たら死にたくならないと面白くはならないかな」と発言しています。

多くの人は高校時代など若い頃を懐かしがったりしがちではありますが、いざ振り返ってみた場合、本当に理想的だったことなどほんの少しあれば良いほうで、その大半は恥ずかしくも情けないことばかりだったのではないでしょうか(私はそうでした……)。

本作では、そんな6つ子たちの高校時代のある“後悔”が大きなキーとなっていきます。

TVシリーズでも魅力的に映えていたカラフルポップな中に淡さを忍ばせた映像美は、大きな銀幕でさらに『おそ松さん』ならではの個性を際立たせつつ、いつしか繊細な日常描写から大胆不敵なスペクタクル・シーン(!)まで、映画ならではの醍醐味を満喫させてくれるのです。

今の6つ子と高校時代の6つ子、全然変わってない者もいれば、まるで別人みたいなものもいて、そのギャップもファンにはたまらないものがあることでしょう。

さらにはTVシリーズのアヴァンギャルドなギャグ・タッチも何ら薄れることなく、それでいて見る者を感動の渦に巻き込んでいく手腕はもうひれ伏するほどといっても過言ではありません。

おそらく『おそ松さん』ファンが一番見たかった、もしくは触れたかったであろう情緒が、ここにはあります。

おそらく映画が終わるころには、観客の大半が号泣感涙しているのは必至と思われますが、そこにTVシリーズを見ていた見ていないはあまり関係ないでしょう。

要するにイチゲンさんでも全然問題なし。

ということは海外の映画ファンやアニメファンにも訴求する要素が大いにあるというわけで、そもそも本作が内包するアーティスティックな映像感覚やアヴァンギャルドなストーリー・センスなど、本来なら世界的に絶賛されても何らおかしくはありません。

2019年は国産アニメーション映画大激戦が既に始まっており、この後も原恵一や今石洋之、山本寛、湯浅政明、新海誠など気鋭の監督たちの新作が続々登場しますが、藤田陽一監督の『おそ松さん』も負けず劣らずの快作として、個人的にはこういった作品こそをアカデミー賞候補として推してもらいたい!と切に願う次第であります。

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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