『ランボー ラスト・ブラッド』レビュー:第1作への回帰を図った完結編!

ランボー、最後の戦いへの
大きな引き金は“家族”

第5作『ランボー ラスト・ブラッド』(19/エイドリアン・グランバーグ監督)は、第4作からおよそ10年後、それまで久々に平和を満喫していたランボーに新たな、そしておそらくは最後の試練がふりかぶっていきます。

ランボーは亡き父の牧場で旧友のマリアとその孫娘ガブリエルと共に暮らしていましたが、あるときガブリエルの消息不明だった父親が見つかったという情報を得たガブリエルは単身メキシコへ。

その父が実は愚劣な輩であることを知るランボーは、なかなか帰ってこないガブリエルを探しにいくのですが……。

これまでランボーには第1作で“孤独”、第2作“恋愛”、第3作“友情”、第4作“平和への問い”といったモチーフが、戦闘マシーンとしての自己の中から人間としての感情を取り戻すための過程に大きく寄与していましたが、今回はそんな彼が最も求めていたであろう“家族”が大きなフックとして、彼の感情を左右していきます。

この後ランボーがどのような行動に打って出るかなどは見てのお楽しみですが、おそらく多くの人が予想しているものとはかなり異なる展開になるかもしれません。

またひとつだけ訴えておきたいのは、ここでも当然ながらクライマックスは一大バトルが繰り広げられていくわけですが、それも第4作の残虐非道さを踏襲したものになっています。

中には画面から目をそむけたくなる観客も出てくることでしょうが、人間が肉の塊として無残に切り刻まれ、あるいは破壊されていく地獄をずっと体験してきたのがランボーの人生であったことを思い起こすことが出来さえすれば、その地獄絵図を直視することも可能となるのではないでしょうか。

映画音楽の世界的名匠ジェリー・ゴールドスミスがシリーズ1~3作で奏で上げた哀愁漂う《ランボーのテーマ》(特に第1作の彼の音楽は神がかりなまでに秀逸!)は、彼の死後の第4作と本作の音楽を担当することになったブライアン・タイラーにも巧みに受け継がれ、シリーズ全体の統一感も見事に図られています。

そして今回は第1作を踏襲しながら原点回帰をはかったかのような“一人だけの軍隊”としての色合いが濃厚で、だからこそ今回の原題は第1作の原題“FIRST BLOOD”に倣った”RAMBOO:LAST BLOOD”と名付けられているのです。

いずれにしましても幸運にもシリーズ全作品をリアルタイムで見ることができた身としては、今回の完結編は感無量です。

そしてこれから『ランボー』シリーズに初めて接する方々にも、可能であれば第1作からおさらいして本作に臨んでいただければ幸いですが、逆に本作を見てから逆順にシリーズを見ていくというのも、未見の方々ならではの特権になるかもしれませんね(というか、本作を見たら、これまでのシリーズを見直したくなること必至なので!)。

(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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