『四月の永い夢』が受け継いだ、高畑勲作品の“声”の美しき遺産

(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema 

5月12日から公開となる中川龍太郎監督作品『四月の永い夢』は、カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアと並ぶ世界四大国際映画祭のひとつと称されるモスクワ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞およびロシア映画批評家連盟特別表彰のW受賞という、日本映画初の快挙を成し遂げた話題作です。

本作はもちろんそうした受賞の栄誉に十分値するという意味においても強く推したい秀作ではありますが、同時に、いやそれ以上に、個人的にとても嬉しくなるような事象が込められた素敵な作品なのでした。

なぜならば……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.306》

本作の主演は、高畑勲監督の遺作となった『かぐや姫の物語』(13)で主人公かぐや姫の声を担当した朝倉あきだからです!

若きヒロインの心の彷徨を
画と声で真摯に描出

『四月の永い夢』は、27歳のヒロイン初海(朝倉あき)の日常を通して、その心の彷徨を繊細に描いていく作品です。

東京・国立に住む初海は、蕎麦屋でアルバイトして生計を立てていますが、実は以前教師をやっていたようです。

そんな彼女のもとに、ある一通の手紙が届きますが、彼女はなぜかその封を開けることができません。

まもなくして蕎麦屋が閉店することになり、新たな職探しを強いられる初海ですが、どこか気乗りしない中、昔の教え子でジャズシンガーをめざしている楓(川崎ゆり子)に出会ってDV彼氏から彼女を助けたり、染物工場で働く蕎麦屋の常連客・志熊(三浦貴大)とどことなく良い雰囲気になってきたり……。

しかし、初海は仕事にも恋にも今一歩踏み出せない、心の棘が未だに抜けきれないままでいました……。

本作の魅力を一言で記すと、“声”のハーモニーで成り立っている映画であるということです。

映画の冒頭、4月の満開の桜と菜の花の中、喪服姿の初海が立ち尽くす画が映し出されますが、同時に彼女の透明感あふれる声のモノローグが綴られていきます。

日常の中、どこかしら非日常的でファンタジックな情緒すら醸し出す画と声の融合は、慎ましやかにその後も魅力的に発露され続けながら、初海の心情に寄り添っていきます。

中川龍太郎監督は『かぐや姫の物語』を見て、朝倉あきの“声”に魅せられて彼女を今回キャスティングしたとのことですが、思えば高畑勲監督は映画監督デビュー作『太陽の王子 ホルスの大冒険』(68)で繊細な演技を求めて、当時舞台で喝采を浴びていた平幹二朗と市原悦子をいち早く声優としてアニメに起用し、『じゃりン子チエ』(81)では中山千夏プラス西川のりおを中心とする関西お笑い芸人が総出演。『火垂るの墓』(88)ではプロ声優ではなく実年齢の子役に悲劇の兄妹を演じさせ、『おもひでぽろぽろ』(91)以降は顔出しタレントのキャスティングが主流となっていきますが、高畑作品の場合成功に結び付くことが多く、それはやはり自身の演出プランの中にどういった声を求めているかが明確にあったからでしょう(ちなみに1994年の『平成狸合戦ぽんぽこ』以降の高畑監督作品はすべて、事前に声を録るプレスコ方式が採用されています)。

そして高畑監督が最期に選んだ声の持ち主が朝倉あきであり、その資質をアニメーションではなく実写映画で活かすべく腐心したのが中川監督なのでした。

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さまざまな声のアンサンブルと
日常の中の非日常性の描出

中川龍太郎監督はモスクワ国際映画祭での受賞時に27歳という現在注目株の若手気鋭で、これまでに『Calling』(12)『雨粒の小さな歴史』(12)『愛の小さな歴史』(14)『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(15)などの映画を発表してきていますが、一方で詩人としても活動しており、それもあってかどの作品にも台詞を含む“言の葉”にこだわった演出が感じられます。

もっとも、それまではどちらかというとプライベートな世界に固執していた感もなくはありませんでしたが、今回の『四月の永い夢』はインディペンデント映画の枠を突き破り、一般の観客の心に広く深く染み入る美しくも切ない優れたエンタテインメント(私はアーティスティックな作品も、あくまでもエンタメの中のいちジャンルとみなしています)として屹立させることに成功しています。

声のこだわりはヒロインだけでなく、相手役の三浦貴大の朴訥としながらも明瞭な声、川崎ゆり子の今風ではすっぱな口調が、いざ歌い始めると聞きほれる美声と化すギャップ(ここで『カサブランカ』“AS TIME GOES BY”が効果的かつ象徴的に用いられています)、そして後半ドラマの舞台は富山県の田舎に移りますが、そこに登場する志賀廣太郎の発する低音のいぶし銀的な魅力、そして世の中のすべてのつらいことを優しく包み込んでくれるかのような高橋惠子のふくらみのある声と、本作はさまざまな声のヴァリエーションでセッションが奏でられていくことにより、説明台詞などとは一線を画したシンプルかつ芳醇な映画的世界が構築されているのです。

こういった声や、ヒロインを横移動でピタリ追いかけたかと思うと真正面でヒッチコックの『めまい』さながら幻惑的に捉えたキャメラワークの妙、そして桜の白と菜の花の黄色の対比などなど、あくまでも現実世界なのにどこかしらファンタジックな世界観まで確立されているのは驚異的といってもいいかもしれません。

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ふと面白く思えたのは、蕎麦屋の老店主役で特撮TVドラマの名作『ウルトラセブン』で主人公のモロボシダンを演じた森次晃嗣を出演させていることです。

実は中川監督の映像に対する興味の原点が『ウルトラセブン』とのことで、しかも怪獣との戦いなど特撮シーンよりも日常の中に宇宙人などの非日常が忍び寄ることからもたらされる、諸所のさりげなくもどこか不可思議な描写に魅せられていたのだとか。

なるほど『四月の永い夢』は、そういった『ウルトラセブン』的スピリッツや、高畑勲監督作品ならではの声の魅力(もちろん音響全体も。本作の音全体に対するこだわりもなかなかのものです)などファンタスティックな要素を真摯に受け継ぎつつ、今という時代を生きる若者たちのリアルな想いを描出することに成功した見事な作品といえるでしょう。

なかなか閉塞的な鬱屈感から抜け出せない現実社会ですが、この作品を見終えた瞬間、そんな“今”でも好きになれるかもしれないという、ささやかな希望まで芽生えてくるような気がしてなりませんでした。

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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