インタビュー
『スパイダーマン:スパイダーバース』技術の秘密をプロデューサーに訊いてみた
『スパイダーマン:スパイダーバース』技術の秘密をプロデューサーに訊いてみた
先日、アカデミー賞長編アニメーション賞を見事に受賞した『スパイダーマン:スパイダーバース』が2019年3月8日から公開されます。
コミックブックをそのまま動かしたかのような斬新なビジュアルが新鮮で、フォトリアルな3DCGアニメーションが席巻するアニメーション市場を大きく一変させる可能性を秘めたこの作品は、このビジュアルスタイルを開発するために並々ならぬ努力が費やされています。
本作のプロデューサーはフィル・ロードとクリストファー・ミラー。『LEGO(R)ムービー』や『くもりときどきミートボール』などで知られる2人は、常に新しいアイデアに挑戦する意欲的なフィルムメイカーですが、本作ではどんな想いで製作に臨んだのか、本人たちに質問する機会をいただけたので、インタビューをお届けします。記事の後半では、2人の話を踏まえて本作の素晴らしさについて筆者なりに分析してみたいと思います。
<INDEX>
1:プロデューサーインタビュー
2:多様性を技術レベルで表現
3:CGか手描きかという議論
4:ペニー・パーカーの衝撃
5:作り手の情熱が1フレームごとに宿っている
アニメーションには無限の可能性があることを示したかった
インタビュー
──現在のアニメーション市場は、ディズニーやピクサーが制作するようなフォトリアルな3DCGが主流ですが、なぜこのようなスタイルの作品を作ることにしたのですか。
フィル&クリス:できる限り難しいことに挑戦したかったんです(笑)。
それに我々は、アニメーションというアートスタイルには無限の可能性があると思っています。フォトリアルな作風ももちろん素晴らしいですが、全てのアニメーションが同じビジュアルである必要はないはずです。今回は原作がコミックですから、気既存のアニメーションとは違うビジュアルを追求する良い機会だと思いましたし、皆が見たことのないものを作りたかったんです。観客が、プリントされたコミックブックの中に入り込んだ気持ちになれるような、それでいて、3DCGの没入感もあるものを目指しました。
全てのフレームにCGと手描きの部分があって、本当に大変な作業になってしまったんですが、そのかいあって従来のアニメーションとは異なる可能性を示せたと思っています。この作品から、さらに多様性のあるアニメーション表現が生まれてくることを期待しています。
──「多様性」は本作において重要なキーワードだと思います。プエルトリコ人とアフリカ系アメリカ人の混血である主人公のマイルスの存在を含め、物語においてもそれが重要な要素になっていると思いますが、技術レベルでもそれを実現しようとしたわけですね。
フィル&クリス:その通りです。媒体そのものがメッセージであり、メッセージは媒体だと思っています。この映画には、いろんなスタイルのビジュアルが入り混じっていて、それ自体が物語とテーマをサポートしているんです。誰もがスパイダーマンのマスクを被ることができる、そこにはジェンダーも人種も文化の違いも関係ない。この映画はそういうことを伝えていますが、いろいろなビジュアルスタイルが1つの映画で共存できるという事自体が、多様性のメッセージになっているんです。
──しかし、それを口で言うのは簡単ですが、実現するのは相当な努力が必要だったのではと思います。別々のパラレルワールドからやってきたスパイダーマンたちが、それぞれ異なるスタイルの絵で表現されていますが、これを実現するために何が一番大変でしたか。
フィル&クリス:おっしゃる通り、非常に大変でした。それぞれのキャラクターが異なる映像言語で表現されているようなものですから、それらを個別に開発する必要がありました。それは例えるなら5つの異なる映画を作るようなもので、それぞれのセクションがそれに対応しなくてはなりません。
例えば、ペニー・パーカーは日本のアニメスタイルのルックですが、まずCGアニメーターが動きを作り、それを平面的にして、さらに手描きを加えて日本のアニメ的な動きを作っています。そして、同じスクリーンにスパイダーマン・ノワールがモノクロで、スパイダー・ハムはクラシックなカートゥーンスタイルで存在しています。それぞれのオリジナリティをきちんと再現したうえで、リアリティをもって同時にスクリーンに存在させるために通常の作品の4~5倍の労力を費やしました。
──それぞれのスパイダーマンを別々のアニメーターが描いたんでしょうか。
フィル&クリス:いいえ、基本的にカットごとに同じアニメーターが描いています。一人のアニメーターが別々のスタイルの絵を描くことになるので、これは本当に大変なことでしたね。アニメーターにも個性がありますから、例えばペニーのルックが得意な人には、ペニーの出番が多いシーンを描いてもらったりしています。
──CGによってセルルック(※3DCGで手描きの2Dアニメのように表現する手法)でキャラクターを表現するのは、日本のCGスタジオも長年苦労しながら発展させてきましたが、ペニー・パーカーの完成度には驚きました。彼女を作る上で何がポイントになりましたか。
フィル&クリス:彼女を作るために、セルシェーディング(※3DCGをセルアニメ調に仕上げるレンダリング方法)について多くのリサーチと開発が必要でした。ただ、特に重要だったのはアニメーターの柔軟さです。例えばペニーの口の動きは手描きなのです。最終工程前のペニーの外観は全く完成していない状態で、目も穴のままだし、恐ろしい見た目なんです。CGのアーキテクチャとしては、彼女の外観はほとんどなにもなく、あとから手描きで加えた部分がかなり多いんです。ペニーは、まさにコンピューターのアーキテクチャと伝統的なアニメの手法のハイブリッドで作られたキャラクターです。
──CGアニメーションは通常、1秒24フレームで構成されますが、本作は1秒12フレームで作ったと聞きました。
フィル&クリス:基本的には12フレームで作っていますが、シーンごとに多様なフレーム数に調整していて、24フレームで動かす必要があるシーンもありました。このあたりはかなり複雑で、例えば、2人のキャラクターがいるシーンで、片方のキャラクターだけフレーム数を変えて、もう片方はそのままにしたりなどしています。それから服や髪の毛は24フレームのシミュレーションで動いていて、さらにカメラワークも考慮しないといけませんから、おかしな部分を隠すためにカメラをスライドさせる必要もありました。
それから、今回はモーションブラー(※動いている対象をカメラで撮影した時に生じるぶれのこと。CGアニメーションはにおいてこれの再現は重要で、多くのCG制作ソフトにブラーを生成する機能が搭載されている)がないので、被写体の「ぶれ」は全て手描きで描いています。そうやって昔の手描きアニメーションのような味を出したかったんです。
──この映画で使われた新技術をソニーが特許申請するというニュースがありましたが、事実でしょうか。
フィル&クリス:特許の申請はしていないと思いますよ。ソニーはその可能性については検討したようですが。手描きに見せるためのツールや新しいライティングのパターンなど、確かに多くのソフトウェアを開発しましたから。理由はわかりませんが、今のところ申請してないようです。
──インタビュー終わり──
アニメーションの新たな歴史の1ページを開く作品
多様性を技術レベルで表現
近年、ハリウッド映画を理解するための重要なキーワードのひとつに「多様性」が挙げられます。本作の物語も多様性が重要な要素になっていて、プエルトリコ人とアフリカ系アメリカ人の混血であるマイルスを主人公に、女性のスパイダー・グウェンやペニー・パーカーなど多種多様なスパイダーマンが一堂に会して戦う物語となっています。そこには、スパイダーマンは特定の誰かだけがなれるものじゃない、誰でもなれるんだというメッセージが込められているのですが、フィルとクリスの2人は、物語レベルだけでなく、技術レベルでも多様性を実現させ、そのメッセージをさらに強固なものにしたわけです。
美術の世界には、印象派や抽象絵画、バロック様式や日本の浮世絵など、多種多様な絵画のスタイルが存在します。アニメーションだって絵なのですから、本当はもっといろんなスタイルがあっていいはずだと2人は言っているのです。ディズニー/ピクサーやイルミネーションなどが作る近年の米国のアニメーション作品は、写実的なリアリティを追求したフォトリアルな作品が多く、もちろん素晴らしい作品ばかりですが、いつのまにか、「(米国の)アニメーションはこういう絵なんだ」と思わされていたかもしれません。本作はそんなアニメーション市場と世間一般の認識に、大きな風穴を開ける強烈な一撃を放ったと言えるでしょう。
CGか手描きかという議論
本作はCGアニメーションと紹介されることが多いようですが、これは間違いではありませんが、完全に正しいとも言えないかもしれません。本作の全てのフレーム(全てのカット、ではなくフレームと2人は表現していました)に手描き要素を加えているとフィルとクリスは語っており、ペニー・パーカーに至ってはかなりの部分が手描きの作画によって作られているようです。
その工程は、CGで動きを作り、手描きを加えるというスタイルであったようで、CGと手描き作画の良いところをブレンドして作られたハイブリッドアニメーションというべきものでしょう。
日本においても、これからのアニメはCGであるべきか、それとも手描きの作画の魅力を追求すべきか、という議論が長いことなされていますが、本作はその両方が高い次元で融合した作品と言ってよいでしょう。CGか作画か、の議論に本作は明快な答えを見せてくれたのではないでしょうか。
ペニー・パーカーの衝撃
現在、日本で放送中の『BanG Dream! 2nd Season(バンドリ!)』や2017年放送の『宝石の国』など、日本アニメのセルルックCGアニメも年々進化していますが、手描きアニメの魅力を再現できるようになったかは賛否が分かれるところでしょう(セルルックCGには手描きアニメとは別の魅力があると個人的には思いますので、手描きの魅力の再現だけが全てじゃないとは思いますが)。しかし、本作のアニメルックのキャラクター、ペニー・パーカーの完成度は非常に高く、日本アニメのスタイルを見事に再現しています。
フィルとクリスの説明では、手描きを加える最終工程前には、目が穴の状態だったり、ほぼ原型を留めていない状態から手描きで完成させていったとのこと。CGでアニメートした動きを、上から手描きで描いていくというのは、日本の一部スタジオがやるような、CGで作った動きを参照して手描きの作画を作っていく手法に近いかもしれませんね。
作り手の情熱が1フレームごとに宿っている
2人のインタビューを終えて、やはり素晴らしいものを作るには、それだけの手間をかける必要があるのだなという、当たり前のことを改めて実感しました。特許申請の噂が流れるなど、革新的な技術が注目されがちですが、その技術を生んだのも、作り手たちが理想のビジュアルを実現させたいという情熱のたまものであり、その開発に至るまでには多くの手間がかかっています。全てのフレームに手描きを加えているなど、細部までこだわり抜く姿勢と粘りがこの革命的な映像を生み出したのではないでしょうか。
「アニメーションには無限の可能性がある」。フィルとクリスはそう言いましたが、本作はまさにそれを技術レベルでも、物語でもそれを体現していると思います。ゴッホの絵画をアニメーションで動かした『ゴッホ~最期の手紙~』や水彩画のような簡潔な絵が魅力な『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』のようなインディーズ作品では、これまでにも様々なアニメーションのスタイルが模索されてきましたが、本作のようなハリウッドメジャーがこのような斬新な挑戦を行ったことには大きな意義があるでしょう。フィルとクリスが望むように、この作品に触発されて、様々なスタイルのアニメーション作品が誕生することを筆者も期待しています。
(文:杉本穂高)
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