『ザ・スクエア 思いやりの聖域』監督インタビュー クリックエコノミー、炎上商法の正体を探る

 © 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

4月28日より、映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』が公開されます。

本作は第70回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞し、第90回アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされるなど、各界から絶賛の声が集まっていました。実際の映画を観てみると、“毒”のある笑いがたっぷり、欺瞞にまみれた人間の本性を暴き出すような、社会風刺が効いている優秀作でした!

物語は、有名美術館のキュレーターが、財布とスマートフォンを盗まれたことをきっかけとした愚かな行動によって、坂道を転がり落ちるように最悪な状況に追い込まれていくというもの。それと同時に、発表した展示作品“ザ・スクエア”も、とんでもない大騒動へと発展していきます。

そこには、誠実な報道よりも、センセーショナルな見出しや過激な動画などのほうがより拡散されてしまう“炎上商法”への、痛烈な皮肉と批判も込められていました。社会に対する普遍的な問題が取り上げられているだけでなく、「笑うに笑えないのに笑ってしまう」ブラックコメディとしても面白く、151分という長めの上映時間があっという間に感じられるエンターテインメント性も十分。インターネット社会に生きる全ての方に観て欲しいと、強く思える内容になっていました。

監督は『フレンチアルプスで起きたこと』で話題を呼んだ、スウェーデンの監督であるリューベン・オストルンド。本作にいかなる想い、メッセージを込めたのか、たっぷりと監督にお聞きしてきました!

──財布とスマートフォンを盗まれてしまった主人公が取った愚かな行動が、“アパートの全ての部屋に脅迫状を入れていく”というアナログな方法であったことが興味深かったです。描かれていることはインターネット社会のことだけに限ってはない、インターネットという文化そのものを悪者にしないという意図を個人的に感じたのですが、その辺りは意識されていたのでしょうか。

それはとても面白い観点ですね。私が描こうと思ったのは、やはり現代特有のメディア危機なんです。例えば、ある国の大統領選で過激な発言をする。その発言によってSNSなどで話題となり、注目を集める=票が集まるなど、露出が増えることによって、投票する人も増える。政策の内容よりも、いかに注目を浴びるかが鍵となるクリックエコノミーが起きています。

──実際にSNSや記事で何が書かれているか、ということはほとんど関係なくて、何であれ露出が増えたために注目が集まってしまうことを危険視されている、ということでしょうか。

はい。何かの問題に対して記事を書くことによって、その問題の抑止力になると思われている方もいるでしょうが、それが逆に注目を集めて、投票につながるということもあるんです。政治家がその原理を見つけてしまって、なるべく物議を醸すようなことを提示するようにもなってきています。“何が書かれているか”ということではなくて、“とりあえず書かれている”ということ、つまり注目されるということがもっとも重視され、それ以外のことが二の次になっているのは、民主主義の社会に取って恐ろしいことであると思います。この『ザ・スクエア 思いやりの聖域』でも、YouTubeに投稿されたある過激な動画が注目を集めてしまいますよね。私は今のメディアのこういうところが嫌いであり、また問題だと思ったからこそ、この映画を作ったんです。

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──映画の序盤、「命に救いの手を」と訴えている女性がいました。イヤホンをして歩いていた男性が、彼女のそばに来て一度はイヤホンを外すも、その主張を聞くとまたイヤホンをつけて歩き去ってしまいます。このシーンもとても印象的だったのですが、これは監督の実体験に基づいているのでしょうか。

ええ、実際に私が経験したことです。私はこの「命に救いの手を」と訴える表現には、違和感があります。なぜなら、「みんなが人類を救うことを願っている」という表現が宣伝文句になってしまっています。人道主義として私だったら、この訴えにノーと言ってしまう、イヤホンをつけて歩き去ってしまう男性も同じだと思います。

──これは日本でも十分にありうることであると思いましたが、やはりスウェーデンの現代社会ならではの問題も、作品に取り込まれているのでしょうか。

実は、2005年にスウェーデンで初めて物乞いをする人の事がニュースになりました。彼はゲルマニアの移民で、私たちはそれまで物乞いをする人を見たことがなかったので、どうすれば良いのかわかりませんでした。彼に対してのアプローチを「国家や政府の問題ではないか」「個人での問題なのか」などの議論が交わされました。結局は、個人が物乞いの人にお金を挙げても根本的な解決にならない、個人が誰かの人生を援助するには限界がある、と私は思います。これは、国をあげて話をしないといけない問題だと思います。

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──問題によっては、個人が解決しようするべきではない、時には国や行政機関などに働きかけないと根本的な解決にはならない、ということですね。

はい。こうした問題で最も必要なことは、税金や福祉など国の中で社会的な仕組みを見直すという事ですよね。そういった問題を「あなたはお金をあげますか、それともあげませんか」と個人に問いかけるのは、仰る通り、根本的な解決にはならないと思います。我々は個人主義に走りすぎていますが、コミュニティの重要性をいま一度、考えていくべきですね。

──映画に込められているのは、社会に対する問題提起のあり方や、個人の関心のあり方などですね。

はい。実際にスウェーデンでは、腐敗政治のようなセンセーショナルな題材を取り上げたほうが、一面を飾るようになっています。かつてはジャーナリズム精神に基づいて問題を真摯に扱うことがほとんどだったのですが、現代では見出し重視、問題そのものを時として記者が作り上げてしまうこともあるんです。“注目される”ということばかりが目的となっていることこそが、問題なんです。

──日本の観客に向けて、何かメッセージなどあれば、お願いします。

現代には様々な問題があり、それは個人の問題であるのか、それとも社会の問題であるのかという判断が難しくなっています。そんな現代だからこそ、混乱している問題を一緒くたにせず、正しい方法を考える必要があるでしょう。『ザ・スクエア 思いやりの聖域』が、その考えの一助になれば幸いです。

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』は4月28日よりヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷Bunkamuraル・シネマ他でロードショー。世の中の“炎上商法”の正体を探る内容にもなっており、社会にはびこる様々な問題や、欺瞞に満ちた権力者の発言にイライラしている方にとっても、痛快に感じるところが多いはずですよ。

(取材・文:ヒナタカ)

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