インタビュー

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2022年11月18日

監督集団「5月」が映画『宮松と山下』で目指した“新しい映像体験”

監督集団「5月」が映画『宮松と山下』で目指した“新しい映像体験”

「僕たちは、3人でやっと1人なんです」。最新映画『宮松と山下』の公開を控えた監督集団「5月」の平瀬謙太朗は言う。

クリエイティブディレクターとして誰もが知るCMやテレビ番組を手がける、現・東京藝術大学名誉教授の佐藤雅彦、NHKで数々のドラマ制作・演出に携わった関友太郎、メディアデザイナーであり、映画『百花』の脚本も担当した平瀬謙太朗。3人の監督集団「5月」は、これまでに3本の短編映画を発表し、今作が初の長編映画となる。

3人がともに監督・脚本・編集に携わる普通ではない制作形態は、『宮松と山下』が初上映されたサンセバスチャン国際映画祭においても、たいそう面白がられたとのこと。まさに三者三様な面々が、主演・香川照之を迎えて目指したのは、鑑賞者をあっと驚かせる“新しい映像体験”だった。

実体験から着想したアイデア

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――『宮松と山下』は、香川照之さん演じる主人公のエキストラ専門の役者という存在がとても印象的ですね。構想のきっかけはどのように生まれたのでしょうか?


佐藤:我々「5月」の関心事は、観る人に“新しい映像体験”を与えることにあります。3人とも全員、映像手法に興味があって、企画会議で出るアイデアも映像手法ばかりなんです。今回の『宮松と山下』は、2018年の短編映画(黒木華主演『どちらを』)の制作時に、関から提案されたアイデアを元にしています。

関:大学院卒業後NHKに就職し、助監督として京都で時代劇を撮影する仕事に携わりました。たくさんのエキストラさんと接していると、午前中は町人、午後は斬られ役の侍をやったり、一度斬られた後にもう一度立ち上がって違う侍として斬られたりと、同じ人が一日にいくつもの役をやっている場面を目の当たりにしたんです。

その場面だけを見たら、かなり変わったことをやっていますよね。エキストラの振る舞いを映画として見せたら、面白くなるんじゃないか? そう思ったのが着想のきっかけです。『宮松と山下』の冒頭は、まるで時代劇のような始まり方をします。なのに、主人公らしき人物ではなく、斬られた人物のほうにカメラが向く。

――実体験から生まれたアイデアだったんですね。

佐藤:はじめて提案されたときは、これまでにない新しい映像体験だなと感じ、私自身、クラクラッときました。この手法、絶対に「5月」でやりたいなと思ったんです。

ただ、そのあと数年このアイデアは置いておかれることに……。我々「5月」が標榜しているのは「手法がテーマを担う」なので、この手法がどんなテーマを担うのか、そして、どうしたら映画にできるのか。それを考える必要があったからです。

関から提案されたアイデアを元に、企画から具現化してストーリーに行き着くまでに、キャスティングという大事な部分があります。この点にも、なかなか本作が動き出さなかった所以がありまして……。

香川照之は、主役にも背景にもなれる



――主人公・宮松に香川照之さんを起用されたのには、どんな背景があったのでしょうか?


平瀬:宮松って、とても特殊なキャラクターなんです。主人公なので、観客を物語に引っ張り込んでくれる「存在感の強さ」が必要。しかし一方では     、エキストラ役なので「存在感のなさ」も重要です。矛盾した二面性を持った役者じゃないと、宮松は演じられないと思っていました。

なかなか適した配役が見つからず、実現しないのでは? とまで思っていたのですが……。香川照之さんの名前が出た瞬間に「彼ならどっちもできる!」と道が拓けたんです。主役も張れるし背景にも馴染める、こんな人は他にはいない! と。香川さんに受けてもらえなかったら、また振り出しに戻るところでした。

――宮松役に香川さんが決まったからこそ、企画が動き出したんですね。

平瀬:香川さんが決まると、どんどん物語も深まっていきました。

宮松は毎日、エキストラとして違う役を演じる、つまり毎日違う役割を与えられます。そこから、記憶喪失になったせいで自分を見失っている人物なんじゃないか、昔はタクシー運転手をやっていて、自分で行き先を決めなくてもいい安心感を求める人だったんじゃないか……といったように、宮松の背景も定まっていきました。

佐藤:やはり我々にとって最も重要なのは、鑑賞者に新しい映像体験をしてほしい、驚いてほしいといった思い。まだ映画の歴史は始まって120年ほどで、これから何千年も続いていくはずのもの。原作を買い取っていいキャスティングをして……というような半ばマニュアル化しつつある映画制作の流れに反し、原点に戻りたいと思いました。     

監督が3人いる意味は「3人でやっと1人」



――「5月」は3人の監督(佐藤、関、平瀬)による監督集団ですが、映画づくりにおける役割分担などはあるのでしょうか?


平瀬:僕たちって、3人でやっと1人なんです。それぞれの個性や考え方の集合体として、ひとつの人格ができている。3人の監督がいるので、作品発表のときなど便宜上「3人監督」と書かざるを得ないんですが、3人が合わさることで新しい個性が生まれているんです。

脚本執筆も編集も、3人で一緒にやるんですよ。撮影現場では、役者さんを混乱させないように、演出のやりとりなどは関が担当し、ほかの2人は後ろでモニターチェックをする……などの役割はあります。でも、明確な分担はせず、すべての工程を3人でやることで、複合的な人格が生まれているんですよね。

佐藤:脚本の執筆をするときも、Zoomを繋ぎながら3人同時にGoogleドキュメントを編集します。よくよく考えると、変なやり方ですよね、3つのカーソルが同時に動いている様は。僕が書いた文章の上から平瀬が書いていたり、関はまったく違う部分を書いていたりする。

――同時に進めていて、3人のあいだで意見の食い違いがあったりはしませんか?

佐藤:結構みんな、黙ってやってるよね?

平瀬:すごく不思議なんですけど、結果的に良いものだけが残るんですよね。

関:脚本執筆も編集も、3人で取り組んでいるおかげで、ダメな部分といい部分が自然とわかるんです。たとえば編集だったら、まず僕が編集したあとに3人で意見を出し合い、次に平瀬が編集し……と工程が進んでいく。そうすると「あ、そこを削ればよかったんだ!」と気づく。自分では落とせなかったであろうシーンがスパッと消されて、内容的にも良くなっている。ちゃんと、3人いる意味があるんです。そのうち、自分がどの編集をしたのか曖昧になってきます。もう、過去の短編を見ても、誰がどの編集をしたのかわからないんじゃないかな。

佐藤:全然わからないよね。我々がこれまで2度の招待を受けたカンヌ国際映画祭は、いままでにない新しいものを見つけることに誇りを持っているんです。まだ芽が出ていない、未知の才能を探しているんですよ。

複数人の監督で映画づくりをしていることを、新しい個性だと捉えてくれるのが、カンヌの懐の深さ。前例がないものを喜ぶし、たとえ間違っていても新しいものを選ぶんです。『宮松と山下』を上映したサン・セバスチャン国際映画祭でも、「3人監督」がすごく珍しがられました。

関:「なぜ3人の監督でやってる? どうやって作ってる?」とよく聞かれました。映画の内容に関する質問よりも、多かったんじゃないかな。

「5月」が目指す新しい映像体験



――過去の短編のひとつ『どちらを』も、今回の『宮松と山下』も、観る人に能動的に考えさせる映画だな、と感じました。


佐藤:我々「5月」の基本は「映像手法から生まれた映像体験を与えたい」にあります。そのために必要なわかりやすさや、「わかった!」と感じることも大切。しかし、せっかくなら作品を通じて問題を投げかけたいとは思っています。

「楽しかった!」だけでは、終わりたくない。劇場を出た後も、心のどこかに残っていてほしい。矛盾するかもしれませんが、楽しく問題を与えたいんです。

関:自分がこれまで観てきて「面白い!」と思った映画って、時間が経っても心に残っていたり、自然と何度も観たくなったりするものでした。一度観ただけでは、自分のなかで消費されないもの、例えば独特な映像のトーンだったり、その監督特有の文体などを与えられているからだと思います。

その点「オチがあって面白かった!」という映画は、一度きりで鑑賞の楽しみが終わってしまうことがあります。一度観るだけで満足できる映画やドラマがあってもいいけれど、自分は、何度も観たくなるシーンや役者の表情がある、それが映画だろうと思っている節もあります。     

平瀬:今回の『宮松と山下』の主人公・宮松が最後にとった選択や行動も、観賞者からしたらとても変に映るはず。「なんでだろう?」と考えざるを得ない問題だけを、最後に渡して映画は終わる。そうすると、各々の心の内で考える作業が始まります     。僕たちは、そういうものを受け取って帰ってほしいなと思っています     。

 

生まれたアイデアに罪はない

――今後の「5月」について、すでに次回作の構想はあるのでしょうか?

佐藤:映画をつくるための“映画会議”を毎週のようにやっていて、手法におけるアイデアは、もう10以上あります。ただ、それらに物語やテーマが入らない限り、我々は動けません。どの手法がこの世界に定着するかは、まだ見えていないんです。

短編映画は手法だけで突っ走れますが、長編映画となると、そうはいかない。物語にもテーマにも潤沢なものがなければ。

関:サンセバスチャンでも、ホテルで3人集まってずっと企画を考えていましたよね。

佐藤:あのホテルに、良い場所があって。裏庭に出る回転ドアの脇の気持ちのいいスペースで立派なテーブルが置かれてました。そこを勝手に「5月会議室」と名付け、企画会議をしてました。

現在は、来年(2023年)の12月頃にオンエア予定のドラマを制作中です。新しい手法なので、かなり面白いと思いますよ。今は、試作を重ねている段階です。ぜひ楽しみにしていてください。

平瀬:先生、あんまりハードルを上げすぎないでくださいね。

佐藤:そうかな? すごく面白いはずだから、大丈夫だと思うんだけどな。

(取材・文=北村有)

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