タイトルだけで、すでに濃い。
『京都妖怪地図6 時空を超えて時代祭に甦る愛の伝説!1200歳の美女VS霊感デカ』。
時代祭。1200歳の美女。霊感デカ。そして、時空を超えた愛の伝説――。
2時間サスペンスが数本分抱えていてもおかしくないほどの要素を、これでもかと一本に詰め込んだ作品である。

ところが、実際に物語を追っていくと印象は少し変わってくる。
これは、単に「京都に妖怪が出る」という怪奇ドラマではない。
1200年もの時間を越えて誰かを想い続けることは、“純愛”なのか。それとも“執念”なのか。
人間の愛情が時間によって妖怪へと変貌してしまう瞬間を、京都という街そのものの記憶と重ね合わせた、かなり切ない伝奇ロマンなのである。
1980年から1994年まで全6作が制作された『京都妖怪地図』シリーズ。
本作は、その最終作として1994年11月19日にテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で放送された。監督は貞永方久。
脚本は保利吉紀と貞永方久、音楽は渡辺岳夫。
主演級には萬田久子、美木良介、芦屋雁之助、藤吉久美子らが顔をそろえる。
そして、この「1994年」という製作年こそ、本作を面白く読み解く最大の鍵になっている。
京都に妖怪がいる――14年続いた異色の2時間ドラマ
『京都妖怪地図』シリーズが始まったのは1980年。
第1作『嵯峨野に生きる900歳の新妻』は上田秋成の『雨月物語』を原作とし、田中徳三が監督、保利吉紀が脚本を担当した。
そこからシリーズは、『きらら坂に住む400歳の氷女』『鳥辺山に棲む八百歳の女子大生』『河原町に棲む四百歳の不倫女医』『嵯峨野に生きた900歳の美人能面師』と続き、1994年の第6作へとたどり着く。
改めてタイトルを並べてみると、実にすごい。
900歳の新妻、400歳の氷女、800歳の女子大生、400歳の不倫女医、900歳の美人能面師、そして1200歳の美女。
京都の観光名所や歴史的風景のなかへ、「どう考えても普通ではない女」を放り込む。
しかも単純な妖怪退治にはせず、男女の愛憎や殺人事件、悲恋を絡ませる。
『京都妖怪地図』は、京都観光ミステリーと怪談とメロドラマを、2時間サスペンスという巨大な器のなかで混ぜ合わせたシリーズだったのである。
制作側も、シリーズについて京都を舞台に妖怪と人間の愛憎を描く作品として紹介しており、特殊メイクや怪奇演出も大きな特色だった。
そして最終作は、その発想を極限まで押し進める。
妖怪の年齢は、ついに1200歳になった。

794年の悲恋が、1200年後の京都で目を覚ます
物語の始まりは、794年。
つまり平安京遷都の年である。
劇中では、この時代にカナとタカという男女が愛を誓っていた。
しかし二人の恋は無残にも引き裂かれる。
タカは男たちに殺され、カナも襲われた末、「龍神の滝」へ身を投げてしまう。
だが、そこで彼女の時間は終わらなかった。
1200年後。
かつての恋人タカは、現代の建築家・靖孝として生まれ変わっていた。
そしてカナもまた、人ならざる存在として1200年もの歳月を生き、篠笛師となって現代の京都に姿を現す。
彼女は、ずっと待っていたのである。
たった一人の男を。
1200年間。
この設定だけなら、究極の純愛物語にも思える。
ところが、再会した靖孝にはすでに妻がいた。
藤吉久美子演じるその妻は病を抱えている。
1200年間一人の男を待ち続けた女と、現代を生きる夫婦。
そこへ過去の悲劇に連なる不可解な殺人事件が絡み始める。
「生まれ変われば、もう一度愛し合える」。
そんなロマンティックな言葉を、本作は決して無条件には肯定しない。
転生しても、相手には相手の人生がある。
1200年前の約束が本物だったとしても、1200年後の現在には別の幸福が存在する。
だからこそ、この恋は悲しい。
萬田久子が演じる“1200歳の美女”――怖さより先に、孤独が見えてくる
本作の中心にいるのは、もちろん萬田久子である。
タイトルだけを見れば、「1200歳の美女」という言葉にはかなり強烈な妖怪ドラマ感がある。
だが、本作の萬田久子を単純な“怪物”として見ると、作品の肝を見失ってしまう。
彼女が背負っているものは、1200年分の怒りであると同時に、1200年分の孤独でもあるからだ。
好きだった男を目の前で奪われ、自分自身も傷つけられ、そして誰にも救われなかった。
時間だけが過ぎていく。
平安時代が終わる。
鎌倉、室町、戦国、江戸、明治、大正、昭和――。
京都の景色が変わり、人間が何世代も入れ替わっても、彼女だけは忘れることができない。
そう考えると、「1200歳」という荒唐無稽な数字が急に重さを持ち始める。
本作が描いている妖怪とは、人間とはまったく違う存在なのではない。
むしろ、人間の感情が終わることのできないまま残ってしまった存在なのではないか。
萬田久子の華やかな存在感には、その設定がよく似合う。
美しい。
しかし、美しいからこそ怖い。
そして、怖いからこそ、どこか哀しい。
この「妖艶」と「哀切」が同居するところに、『京都妖怪地図』らしい妖女像がある。

芦屋雁之助の“霊感デカ”が、この荒唐無稽な世界を成立させる
そして、もう一人忘れてはいけないのが芦屋雁之助だ。
妖怪、輪廻転生、龍神、1200年前の怨念――。
これだけ並べれば、物語はいくらでもファンタジーへ飛んでいける。
そこで必要になるのが、「これは殺人事件でもある」という現実側の視点だ。
それを担うのが芦屋雁之助演じる刑事である。
しかも普通の刑事ではない。
タイトルに堂々と「霊感デカ」と書いてある。
この発想が素晴らしい。
怪異を完全否定する合理主義者では、物語は前へ進まない。
反対に最初から何でも妖怪の仕業だと信じる人物でも、サスペンスにならない。
事件を捜査する刑事でありながら、目に見えないものを感じ取る。
現実と怪異のちょうど中間地点に、芦屋雁之助が立っているのである。
前作『京都妖怪地図5』にも大山刑事が登場しており、芦屋雁之助が出演している。
シリーズ終盤では、この刑事側の人物が怪異を受け止める重要な役割を担った。
萬田久子の妖艶さと、芦屋雁之助の人間臭さ。
この組み合わせが、本作を単なるオカルトドラマにしない。
妖怪を見る話でありながら、最後には“人間を見る話”になるのである。
なぜ「時代祭」なのか――1994年だからこそ成立した物語
そして、本作最大のポイントが「時代祭」だ。
これは単なる京都らしい背景として選ばれたわけではない、と読むことができる。
平安京への遷都は794年。
本作が制作・放送されたのは1994年。
ちょうど1200年後なのである。
実際、1994年の京都では「平安建都1200年」を記念するさまざまな行事が行われた。
京都市の記録にも、同年11月の平安遷都1200年記念式典が残されている。
つまり本作の「1200歳の美女」は、適当に大きな数字をつけたわけではない。
794年から1994年まで、京都という都市そのものが積み重ねてきた1200年と重なっている。
さらに面白いのが、物語のタイトルにもなっている時代祭だ。
時代祭は、1895年、平安遷都1100年を記念する事業を契機として始まった平安神宮の祭礼である。
現在も原則10月22日に行われ、明治維新期から平安時代へと時代をさかのぼる行列には約2000人が参加。
衣装や祭具などを通して、京都の歴史を巨大な“動く時代絵巻”として見せる祭りになっている。
ここには、非常に面白い二重構造がある。
1100年を記念して誕生した時代祭を、1200年を迎えた1994年のドラマが舞台にする。
そして、その祭りのなかへ1200年前の女が帰ってくる。
過去の装束をまとった人々が現代の京都を歩く祭りと、過去から本当に甦ってしまった女。
これほど『京都妖怪地図』にふさわしい舞台もないだろう。
貞永方久が“平安時代”と“2時間サスペンス”を一本につなぐ
監督の貞永方久にも注目したい。
貞永は松竹作品を数多く手掛け、『必殺! THE HISSATSU』(1984年)の監督でもある。
またテレビシリーズ『必殺仕置人』以降、「必殺」シリーズにも参加してきた人物だ。
時代劇と現代劇。
悲恋と殺人。
怪談と娯楽。
荒唐無稽な設定と、人間の生々しい欲望。
そうした一見バラバラの要素をひとつのエンターテインメントにまとめる本作を観ていると、「必殺」の世界を知る監督が手掛けていることにも妙な納得感がある。
『京都妖怪地図6』では、平安時代の因縁を単なる説明として処理するのではなく、現代の事件そのものへ接続する。
だから「昔こんな悲劇がありました」で終わらない。
1200年前が、1994年の“現在”を侵食してくる。
その感覚こそが、本作の怪談としての怖さなのだ。
いま観ると驚く、“2時間サスペンス”というジャンルの自由さ
いま『京都妖怪地図6』を観ると、もうひとつ驚かされることがある。
かつての2時間サスペンスは、こんなにも自由だったのか、ということだ。
刑事ドラマ。
殺人ミステリー。
京都観光。
歴史劇。
妖怪もの。
ホラー。
輪廻転生。
ラブストーリー。
メロドラマ。
これらを全部一本に入れてしまう。
しかも「妖怪がいるのか、いないのか」という曖昧さに逃げるのではなく、シリーズ自体が堂々と“妖怪が存在する世界”へ踏み込んでいく。
その潔さが気持ちいい。
『京都妖怪地図』は、現実的な犯罪捜査のフォーマットを守りながら、その向こう側に人間の理屈では説明できないものが存在する余地を残していた。
だから、京都という街がよく似合う。
新しい店の隣に何百年も前の寺がある。
毎日の生活道路が歴史上の事件の舞台だったりする。
現在と過去が、地層のように同時に存在している。
そんな京都では、「1200年前の女がまだいる」と言われても、どこか完全には笑い飛ばせない。
京都には、“時間”が棲んでいる
『京都妖怪地図6』を単なる懐かしい2時間サスペンスとして片づけるのは、少しもったいない。
確かに、タイトルは強烈だ。
「1200歳の美女VS霊感デカ」なのである。
これほど昭和・平成のテレビドラマ文化を感じさせるタイトルもそう多くない。
しかし、その奥にある物語は意外なほど普遍的だ。
愛した人を忘れられない。
奪われた過去を許せない。
それでも時間は進んでしまう。
問題は、人間の寿命ならいつか終わるはずの感情が、1200年間終わらなかったらどうなるのか、ということだ。
愛は、長く続けば続くほど美しいのか。
それとも、終わることができない愛は、いつか呪いになるのか。
『京都妖怪地図6』は、その境界線を妖怪という存在に託して描いている。
そして、物語の背景には1200年の歴史を持つ京都がある。
人間は生まれ変わる。
街も変わる。
だが、場所には記憶が残る。
時代祭の行列が過去の京都を現代によみがえらせるように、このドラマでは1200年前の恋そのものが、1994年の京都へ戻ってくる。
だから怖い。
そして、だから切ない。
シリーズ最終作となった『京都妖怪地図6 時空を超えて時代祭に甦る愛の伝説!1200歳の美女VS霊感デカ』。
まずは、その途方もないタイトルに笑ってしまってもいい。
ただし観終わったあと、心に残るのは「1200歳の美女」という奇抜さではないかもしれない。
1200年間、たった一人を待つことしかできなかった女の姿である。
京都には妖怪がいる。
――というより、この街にはきっと、“時間”そのものが棲んでいるのだ。
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