刑務所なのに、なぜこんなにも“暮らし”があるのか――山﨑努主演『刑務所の中』が映す、不自由のなかの可笑しみ

金曜映画ナビ

刑務所映画と聞くと、暴力、脱獄、理不尽な権力との対決――そんな言葉が頭に浮かぶ。
だが、崔洋一監督の『刑務所の中』は、そのイメージをするりと裏切ってくる。

あるのは、事件ではない。
食事があり、作業があり、点呼があり、風呂があり、テレビがあり、正月にはおせちまで出る。
もちろん自由はない。
規律は厳しい。
だが、その不自由のなかに、妙に具体的な“暮らし”がある。

2002年12月7日に公開された『刑務所の中』は、花輪和一の同名コミックを原作に、山﨑努を主演に迎えて映画化された一本だ。
監督は崔洋一。
脚本は崔洋一、鄭義信、中村義洋。上映時間は93分。
原作は花輪和一本人の服役体験をもとにしており、その生々しい実感が映画の隅々にまで行き渡っている。

この映画が面白いのは、刑務所という特殊な空間をセンセーショナルに切り取らないところだ。
むしろ見せてくるのは、そこでも変わらず続いていく人間の営み。
食べること。
働くこと。
人と距離を測ること。
退屈をやり過ごすこと。
その反復のなかで、観る側はいつの間にか「刑務所映画を観ている」というより、「ひとつの生活を覗いている」感覚に近づいていく。

©2002 松竹ブロードキャスティング

“事件”ではなく、“生活”を撮った映画

主人公のハナワは、銃砲刀剣類等不法所持および火薬類取締法違反で懲役3年の実刑判決を受け、北海道・日高刑務所へ送られる。
そこで待っているのは、暴力が支配する地獄ではない。
厳格な規則に縛られながらも、テレビは観られ、雑誌も読める。
正月にはおせち料理も出る。
そんな、これまで抱いていた刑務所のイメージを少しずつ崩していく“獄中ライフ”だ。

本作には、脱獄劇のような派手なカタルシスはない。
その代わりにあるのは、毎日同じように過ぎていく時間の手触りだ。

作業場での労働。
二日に一度の入浴。
夕食後のテレビ。
免業日に出される飲み物とお菓子。
そして雑居房で交わされる、どうでもいいようで、なぜか忘れがたい会話。

この映画は、そうした細部を積み重ねることで、“閉ざされた場所にも生活はある”という当たり前でいて見落とされがちな事実を、じわじわと浮かび上がらせる。
しかも、それが妙に可笑しい。
笑わせようとしているというより、人間というものをそのまま見つめた結果、可笑しみが滲んでくるのだ。

山﨑努と名優たちがつくる、雑居房の体温

この映画の魅力を語るうえで、山﨑努の存在は外せない。
彼が演じるハナワは、英雄でも反逆者でもない。
ただ、目の前の現実を観察し、受け入れ、時に呆れ、時に面白がりながら、獄中の日々を淡々と過ごしていく。

その“淡々”が、実にうまい。
感情を大きく爆発させるわけではないのに、画面の中心にずっと人間がいる。
山﨑努の芝居は、静かなのに濃い。
だからこそ観客は、ハナワの目を通して、この妙な共同生活の空気を吸い込んでいくことになる。

そして、脇を固める顔ぶれも圧巻だ。
香川照之、田口トモロヲ、松重豊、村松利史、大杉漣、伊藤洋三郎、椎名桔平、斎藤歩、木下ほうか、長江英和、山中聡、森下能幸、遠藤憲一、窪塚洋介――いま見ると、あまりにも豪華である。

だが、本作のうまさは、その豪華さを“スター映画”として見せびらかさないところにある。
ひとりひとりが目立ちすぎず、それでも確実に雑居房の空気をつくっている。
誰かの癖が気になる。
誰かの一言が妙に残る。
その積み重ねが、映画全体に不思議な体温を与えている。

なお、香川照之は本作で第76回キネマ旬報ベスト・テン日本映画助演男優賞第15回日刊スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞している。
演技合戦という言葉では片づけられない、群像の厚みがこの作品にはある。

花輪和一の実体験が、細部のリアルを支えている

『刑務所の中』がただの“変わった刑務所映画”で終わらない理由は、やはり原作の強さにある。
原作は花輪和一自身の服役体験をもとにしたコミックで、講談社の書誌情報でも「三年二カ月にわたる獄中での日記」を再現した作品と紹介されている。

だからこの映画には、机上の発想では出てこない細部がある。
食事への執着。
日用品への感覚。
規律に身体を合わせていくリズム。
他人との距離が近すぎる空間で、それでもなんとか自分を保とうとする感覚。

それらがいちいち説明されなくても、画面の端々から伝わってくる。
刑務所を描いているのに、“特殊な世界の話”として遠ざからないのは、その細部に生活の本物感があるからだ。

笑えるのに、最後には“人間の尊厳”が残る

本作を観ていると、何度も笑ってしまう。
だが、その笑いは軽いものではない。

規則に縛られた空間で、なお人は見栄を張り、欲を持ち、ささやかな楽しみを見つけ、他人に苛立ち、ふとしたことで救われる。
その姿が、あまりにも人間らしいから笑えるのだ。

崔洋一監督はここで、刑務所という制度の厳しさを消してしまうわけではない。
むしろ、その厳しさの中でもなお消えない“人間の部分”を掬い上げている。
だから『刑務所の中』は、コメディとして観ても面白いし、人間ドラマとして観ても深い。

公開は2002年。
それでもいま観て古びないのは、この映画が制度や時代の話だけでなく、「人はどんな場所でも生きてしまう」という普遍に触れているからだろう。
松竹シネマプラスでは本作を“意外に快適な暮らしの様子を描いた喜劇”と紹介しており、作品自体も2003年度報知映画賞最優秀作品賞、毎日映画コンクール監督賞、第45回ブルーリボン賞監督賞など高い評価を受け、第76回キネマ旬報ベスト・テンでは第2位に選ばれている。

派手ではない。
だが、忘れがたい。

『刑務所の中』は、刑務所映画の変化球ではない。
むしろ、不自由の極みに置かれた人間を通して、食べること、働くこと、誰かと同じ空間で息をすること――そんな“生きる”の基本を、可笑しみと哀しみの両方で見つめた、稀有な一本である。

©2002 松竹ブロードキャスティング

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