〈五社英雄 没後33年特集〉血と紅(べに)と、微笑の刃——「薄化粧」「十手舞」「陽炎」「女殺油地獄」

金曜映画ナビ

2025年8月30日で没後33年

五社英雄の名を口にすると、画面から立ちのぼる熱気——豪奢で、残酷で、どうしようもなく官能的な映像が脳裏に戻ってくる。

テレビ時代劇で鍛えた構図のキレと、映画で開花した色彩と匂いの感覚。
暴力と慈しみ、虚飾と真心、笑いと涙を、彼は一枚のフィルムのなかに平然と同居させた。

とりわけ晩年の五社は、“女”の生をドラマの正面に据え、欲望も矜持も、その肌理(きめ)ごと焼き付けている。

ここでは公開年順に、五社の後期を彩る四本——「薄化粧」(1985)、「十手舞」(1986)、「陽炎」(1991)、「女殺油地獄」(1992)を辿る。
どの画面でも、女優たちがまぶしく、そして切ない。


1985年「薄化粧」——汚泥の中で、女は灯になる

(C)1985 松竹株式会社

実話をもとにした逃亡譚の表層を、五社は“人間の欲のかたち”として彫り直す。

主演は緒形拳だが、画面の温度を決めるのは藤真利子浅野温子だ。

(C)1985 松竹株式会社

藤真利子の“ちえ”は、逃亡者に寄り添う薄幸の女という枠におさまらない。
眼差しにあるのは、男の罪を赦す聖母でも、運命に頷く犠牲でもない。「見届ける者」としての烈しさだ。

(C)1985 松竹株式会社

彼女が眉墨でふっと線を引く場面——“薄化粧”は変装であり、生への執着だと、映画の題が腑に落ちる。
一方、浅野温子の未亡人テル子は、貧しさと色香が絡み合った現実そのもの。
したたかさと危うさの間で、体温のある計算高さを見せる。

宮下順子、松本伊代、菅井きん……それぞれの女が、鉱山の煤(すす)や汗の匂いと一緒に生身の時間を運び込む。

(C)1985 松竹株式会社

画面から立ちのぼる五社の“匂いは、荒野の土と血の色にある。

手配書、坑道、場末の湯屋。
剥き出しの素材を、艶を帯びた画にしてしまう。
男の暴力に引きずられながらも、女たちが照明のように場面の中心を照らす。

その“灯”があるから、物語は地獄に落ちきらない。


1986年「十手舞」——舞い損ねた蝶の、忘れ難さ

(C)︎松竹/五社プロダクション

五社が仕掛けた異色の時代劇。

秘密組織“影十手”の女、石原真理子が演じるお蝶は、透明感と無鉄砲さを併せ持つヒロイン。
完璧な殺陣の切れ味より、若さの危うい光がまずスクリーンを満たす。

そして何より、夏木マリの艶やかな悪女。
笑うときの喉の震え、視線のねばり——官能と危険が一線で結ばれる。

佳那晃子のやわらぎ、高樹澪の翳りも、物語の温度差を豊かにする。

竹中直人の異能を含め、脇の熱量がしばしば主役を呑み込むほどだ。

(C)︎松竹/五社プロダクション

本作での五社の持ち味は“ケレン味”の極み。

からくり、色、ダンス、そして突発する笑い。
調子は奔放で、均整よりも勢いと趣向が前へ出る。
作品としてのバランスは危うい——だが、危うさゆえに忘れがたい。

「舞い損ねた蝶」は、傷だらけでも、記憶に残る羽音を残す。

(C)︎松竹/五社プロダクション


1991年「陽炎」——紅い背、花札、火薬。女侠、りんという矜持

(C)1991 松竹株式会社/バンダイビジュアル株式会社

昭和初期の熊本。

女胴師・城島りんが帰ってくる。
樋口可南子は、背に彫られた絵のように、強さと哀しみを背負って立つ。
声を荒げず、目で勝つ。
花札の勝負で、札を切る指先が台詞になる。

(C)1991 松竹株式会社/バンダイビジュアル株式会社

女将かたせ梨乃の“毒のある華”、荻野目慶子の瑞々しさ、そして岩下志麻の一瞬の登場が画面の空気を変える。

女たちの張り合いと赦しが、任侠の様式を生身に引き寄せる。

(C)1991 松竹株式会社/バンダイビジュアル株式会社

五社の映像文法は、雅と火炎の同居にある。

雅やかな料亭の影に、爆ぜる怒り。
佐藤勝の音が鼓動になり、終盤、火と煙の中でりんは刃と覚悟を剥き出しにする。

勝っても失う——そのハードボイルドな余韻までが、五社の設計だ。


1992年「女殺油地獄」——油と血、禁断の愛。五社、最後の情念

(C)1992 フジテレビジョン/松竹撮影所

近松門左衛門を下敷きにしながら、五社は物語の焦点を女へと引き寄せる。

樋口可南子(お吉)——いや、ここでは樋口の“顔”そのものが主役だ。

嫉妬、渇望、慈しみ、憎悪。頬の筋肉ひとつで感情が炎のように形を変える。

対する放蕩息子に堤真一
幼さと色気の混線が、悲劇の導火線になる。

藤谷美和子の小菊は、妖精めいた軽さが逆に残酷さを帯び、三角関係を撹乱する。

(C)1992 フジテレビジョン/松竹撮影所

五社カラーは“遅い手と重い刃”。
抜かずの殺陣。
光の少ない部屋。

やがて油にまみれた床で、スローモーションの絶唱がはじまる。
艶と惨の境界を、五社は曖昧にする。
そこに最後の情念がある。

病を押して完成させた遺作——彼の終着点にふさわしい、美と暴の均衡だ。

(C)1992 フジテレビジョン/松竹撮影所


そして、五社英雄という体験

五社の映画は、理屈より体験だ。

豪奢な色、湿った音、汗の匂い。
画面の“温度”がまず心に触り、次に、男の意地や女の矜持が物語を貫く。
晩年の彼が選び取ったのは、女を真ん中に置くこと。
生き延びるための嘘、愛のための過ち、赦しのための涙——そのどれもを、彼は批判せず、うつくしい矛盾として抱きしめた。

没後33年。
四本を通して見えてくるのは、ジャンルや興行の思惑を越えて、「生きるという業(ごう)」を映画に刻もうとした人の手跡だ。

この夏、一本でも劇場で、配信で、円盤で——どの方法でもいい。
血と紅と微笑の刃にもう一度身を委ねてみてほしい。
女たちのまなざしに射抜かれた瞬間、あなたの中の“生きる熱”が、きっと少し上がる。

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『薄化粧』
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『十手舞』
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『陽炎』
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『女殺油地獄』
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