『ゼロの焦点』(1961)/『WINDS OF GOD』(1995)/『母と暮せば』(2015)
戦争は、大音量でやって来て、小さく静かなものを奪っていく。
残された者は、その「のち」をどう生きなおすのか。
特集の掉尾を飾る三本は、推理、青春劇、母子の対話というまったく異なる形式で、同じ問いに光を当てます。
『ゼロの焦点』——断崖に吹く風までが証言する

(C)1961 松竹株式会社
新婚十日で姿を消した夫を追い、禎子(久我美子)は金沢・能登へ向かう。
手がかりは、仕事の引き継ぎに向かったという曖昧な行程と、一枚の古い写真。
人づての証言を拾い集めるうちに、戦後社会が生んだ「別の名で生きる」という選択と、その影が静かに浮かび上がる。
この物語の核心は、犯人探しの快楽ではない。
敗戦直後に刻まれた身分・性・貧困のひずみが、どのように個人の運命をねじ曲げたかを、三人の女の人生が語っていくところにある。
海鳴りのする断崖は、登場人物たちの過去をあぶり出す“証言台”として機能し、風景そのものが物語の一部になる。

(C)1961 松竹株式会社
キャストが運ぶ緊張
- 久我美子(禎子):柔らかさの奥に踏み込む強さ。
視線の移ろいだけで、真相に近づく息づかいを観客に伝える。 - 高千穂ひづる(室田佐知子):端正な仮面の下で揺れる感情。
佇まいの美しさそのものが“別の人生”の影を匂わせる。 - 有馬稲子(田沼久子):戦後の価値観の狭間で選ばざるを得なかった生の硬さと痛みを、ふとした仕草に滲ませる。
心に残る“見どころ”
- 風土が語るサスペンス:北陸の曇天、板塀の路地、荒く泡立つ海。風景の密度が、人物の秘密に重みを与える。
- 三人称の冷たさと、一人称の熱:構図は端正なのに、人物の言葉は刺さる。距離と情が同居する独特の緊張。
- 終盤の対峙:誰が悪かではなく、なぜその選択に至ったのかを観客に突きつける瞬間がある。
(C)1961 松竹株式会社
『WINDS OF GOD』——笑いの呼吸で届く“生き延びる意志”

(C)1993 SHOCHIKU&KSS
売れない漫才師コンビが、事故をきっかけに特攻隊基地の若き将校の身体に“憑依”する——突飛な前提は、笑いのテンポと戦時の切迫を同じフレームに収めるための装置だ。
田代(今井雅之)は“生きる術”を手探りし、相棒の金太(山口粧太)は“死に向かう覚悟”をまっすぐ抱く。
二人の距離が縮むたびに、戦争が個人の選択をどう歪めるのかが露わになる。
舞台劇の熱をそのままフィルムに移した演出は、反戦を檄文にしない。
夜間整備の油の匂い、粗い飯の湯気、手紙を書く音——基地の“生活”を丁寧に積み、そこに若者の顔を長く留める。
だから、観客は最後まで自分の生の重さでしかこの物語を受け止められなくなる。

(C)1993 SHOCHIKU&KSS
キャストが運ぶ体温
- 今井雅之(田代=岸田中尉):滑稽さと臆病さと勇気が同じ身体に宿る。
作者自身の言葉が、台詞の隙間で脈打つ。 - 山口粧太(金太=福元少尉):直線的な正義感が、ある場面から胸を締めつける強度に変わる。
- 六平直政、別所哲也、小川範子ら:部隊の“音”を厚くし、笑いから沈黙への切り替えに躊躇がない。
心に残る“見どころ”
- 漫才の間合いが、戦時の間合いに重なる:笑いを交わす呼吸が、そのまま生死の判断の呼吸になる瞬間。
- 視線の交差:飛ぶ者と残る者、命じる者と従う者。交わらないはずの視線がふと重なる刹那の痛み。
- “特攻を美化しない”距離:選択の美談化を拒みつつ、「友を死なせたくない」という一点で人間を描く。
『母と暮せば』——喪の会話を、生活に戻す

©2015「母と暮せば」製作委員会
長崎・1948年。
助産婦の伸子(吉永小百合)の前に、原爆で亡くなったはずの浩二(二宮和也)が“ひょっこり”現れる。
二人が交わすのは、台所の湯気の向こうでこぼれるような小さな会話だ。
好きだった音楽、叶えたかった夢、そして町子(黒木華)の近況。
喪失は、悲劇の記憶としてだけでなく、生活の手触りのなかから何度でも立ち上がってくる。
この映画が優れているのは、悲しみに沈むのではなく、喪を暮らしの中で“扱う”身ぶりを描くことだ。
教会の木の匂い、干しものの影、産声の響き——長崎の“いま”が、過去を抱きとめる器として映る。
井上ひさしが構想した「命の三部作」の遺志を受けた語りは、静かなユーモアを湛えながら、生者が生者を送り出す術を教えてくれる。

©2015「母と暮せば」製作委員会
キャストが運ぶ余白
- 吉永小百合(伸子):抱きしめる手、ためらう視線。強い言葉を使わず、生き続けるための背中を支える。
- 二宮和也(浩二):軽やかな笑いの直後に訪れる静けさ。喪の時間の長さを、息づかいで測らせる。
- 黒木華(町子):前へ進もうとする足取りの重さを、そのまま町の重さに変える。若い教師の凛とした姿が、都市の再生と響き合う。
心に残る“見どころ”
- “ひょっこり”の温度:幽霊が現れる導入を、恐怖ではなく生活の延長として描く品の良さ。
- 名前を呼ぶ、という行為:呼びかける声が、関係の輪郭をもう一度なぞり直す。
- 祈りの手触り:祈る言葉よりも、祈る所作が心に残る。音楽も沈黙も、過剰にならない。
©2015「母と暮せば」製作委員会
余白に残る教え――“その後”を歩くための三つの灯
『ゼロの焦点』は、断崖の風とともに「事実の向こう側にある選択」を見せる。
『WINDS OF GOD』は、若者の顔に反戦を託し、「生き延びる勇気」を確かめさせる。
『母と暮せば』は、喪を日常へ戻し、「記憶を生活に置いておく方法」を教える。
戦後80年。
抽象を離れて、作品そのものに触れてほしい。
断崖の風、基地の夕餉、長崎の台所——その手触りが胸に残るうちは、私たちはまだ、過去に話しかけることができる。
配信サービス一覧
『ゼロの焦点』
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