映画『マエストロ!』の慰撫される後味
『のだめカンタービレ』がブームになっていた頃、あるクラシック音楽愛好家から『マエストロ』を読むべし、と勧められた。さそうあきらの漫画は、読み慣れていない者にはとっつきにくい絵柄で読み通すのに難儀したが、内容そのものは興味深いものがあり、知人の推薦を大いに納得したことだった。
先月末から全国一斉公開された映画『マエストロ!』(松竹、アスミック・エース配給小林聖太郎監督)は、その漫画を原作としたものだが、物語の縦糸となる、スポンサーの倒産で、一旦解散したオーケストラが、無名の天才指揮者によって集められ、再結成コンサートに向けて歩み始める過程そのものは、それほど目新しいものではない。
しかし横糸としていくつもの旋律のようにしてあらわれる演奏者一人一人のエピソードを通して描かれる楽器や音楽そのものについての蘊蓄は、いずれもが、音楽ファンの愛好心をくすぐる興味深さにあふれている。
映画は、それらひとつひとつを丁寧に描き、松坂桃李扮するコンサートマスターの亡き父をめぐる遠い記憶や、その父と深い関係で繋がる無名に泥んだ西田敏行演じる天才指揮者の非凡ゆえに抱えた葛藤と夫婦の事情に加えて、思いがけないほどの自然な演技で強い印象を残すmiwaが抱える神戸の震災で背負うことになった悲しみを浮き彫りにしながら、大団円へと観るものを静かに導いていく。
難を言えば、切迫感や画面全体の重厚感が乏しく、先行する同種の作品を想起させる既視感を抱かざるを得ない部分もあり底浅い印象は免れないが、古舘寛治、大石吾郎、モロ師岡、松重豊など、多彩な芸達者が脇を固めて語り口は上質。
エンディングで流れる辻井伸行のピアノも抒情味に溢れ、その美しい旋律に至るまで時計を気にすることなく、終始、安心感を持ってオーケストラや個々の登場人物たちが復活してゆく道筋を堪能できる。
観終わった後、いつの間にか、なにがしかに慰撫される感覚に包まれる上質な佳品である。
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