北欧からやってきた西部劇『悪党に粛清を』


21世紀の今、西部劇を作ることの意義


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最近またアメリカでも徐々に西部劇が作られるようになっていますが、やはり往年のおおらかで爽快な味わいは求めようもなく、息もできないような土煙の中、体臭のきつそうなヒゲヅラのガンマンたちによる情け容赦ない撃ち合い=殺戮が行われていきます。それがリアルというものではあるのでしょうが、やはりオールド・ファンからすると最近の西部劇は歴史劇にはなっているものの、フロンティアスピリットが良くも悪くもこめられない分、どうしても西部劇と呼んでしまうのをためらってしまうものがあるのも事実です。

『悪党に粛清を』は、こうした最近の西部劇事情をよくわきまえて製作されている節があります。つまり、この作品は西部劇を愛してやまない者たちが作っていることは一目瞭然なのですが、マニアがはしゃいで作った感は皆無で、むしろフロンティア・スピリットを訴えることの空しさを知る者たちが、では21世紀の今、いかに西部劇を成立させればよいのか腐心しているのが理解できるのです。

レヴリング監督は敬愛する監督として、ジョン・フォード、セルジオ・レオーネ、黒澤明の名を挙げています。ジョン・フォードは本場西部劇の大巨匠ですが、セルジオ・レオーネはマカロニ・ウエスタンの立役者、そして黒澤明が撮った時代劇『用心棒』を翻案したレオーネ監督のマカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』が世界的ヒットになったことで、マカロニ・ブームが到来し、本場西部劇は廃れていった。その映画史的事実を把握しているレヴリング監督は、自分もレオーネと同じ異国の西部劇ファンとして、今はかつてのような西部劇は撮り得ない無念さを認識しながら『悪党に粛清を』を完成させたように私には思われてなりません。

北欧からアメリカに夢を求めてやってきた主人公が、遅れて渡米してきた妻子を悪党に惨殺され、すぐさまその復讐を遂げるものの、今度は悪党の兄から追われる羽目になるストーリー展開は、往年の西部劇の裏テーマでもあった“復讐”の再現ではありますが、当時は復讐が肯定され、エンタメとして観客を喜ばせていました。しかし今、復讐の連鎖がさらなる不幸を招くことを私たちは知っています。その中であえて復讐をモチーフに西部劇を作ろうとするレヴリング監督の腹をくくったキャメラ・アイによって、復讐の空しさと西部劇特有の昂揚感が両立しているのは奇跡に思えるほどで、また過去の名作群に倣ったショットも出てきますが、それ以上に今まで見たことのない決闘シーンの描出にも舌を巻きます。

往年の西部劇=映画の原点を再確認したくなる衝動


私自身は本作を見た後、急に西部劇が見たくなり、ジョン・フォードの『捜索者』やセルジオ・レオーネのマカロニ大作『ウエスタン』などを久々に見直してしまいました。この作品にはそういった力があります。作品そのものの面白さはもとより、ではかつての西部劇はいかなるものだったのかと想いを馳せさせるものがあります。これまで西部劇にあまり興味のなかったかたにも、それは有効だと確信しています。

西部劇は映画の原点などとはよく言いますが、それが間違いではないことを、この作品をきっかけに知っていただけたら幸いです。
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(文:増當竜也)



「悪党に粛清を」
新宿武蔵野館ほか全国公開中
配給:クロックワークス/東北新社  Presented by スターチャンネル
© 2014 Zentropa Entertainments33 ApS, Denmark, Black Creek Films Limited, United Kingdom & Spier Productions (PTY), Limited, South Africa

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