映画コラム
人生に無駄があって何がいけない!!『スモーク』が教えてくれる無駄の中の宝物
人生に無駄があって何がいけない!!『スモーク』が教えてくれる無駄の中の宝物
20年くらい前に筒井康隆の『最後の喫煙者』を読んだときは、そんなバカなって笑ってたけど、まさか本当にここまでタバコが忌み嫌われるものになるとは思ってもいなかった。タバコだけじゃない。現代は、生きるのに不要で時間を無駄にするものがどんどん廃れて、短時間で効率的に結果を出すものばかりが溢れている。
でも、いつの時代も僕らの心をあたためてくれる宝物は、タバコや映画などの一見「無駄」に見える所に隠れているんです
もしかしたら人生において何の役にも立たないけど、それでもずっと心の底の方にやさしい気持ちが残る映画『スモーク』を紹介します。僕が一番好きな作品です。
心温まる「無駄」なエピソードの数々
毎朝同じ場所で撮影した4000枚の写真
ブルックリンの小さな煙草屋の主人オーギーは、毎朝街角で同じ時間に同じ場所の写真を撮る。休みなく撮りためた4000枚の写真は地味で、一見すると何もなく、じつに「無駄」な趣味のようだ。
けれど写真は同じようで一枚一枚全部違う。よく晴れた朝、曇った朝。夏の陽射し、秋の陽射し。厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。同じ顔、違った顔。新しい顔が常連になり、古い顔が消えていく。
オーギーの友人で小説家のポールは、写真の中に偶然写りこんだ今は亡き愛する妻の姿を見つけて涙する。「彼女はたしかに生きていた」その想いは、孤独に閉じ籠もっていたポールの心を少しずつ溶かしていく。
自分より若い父親に再会した青年
少年の父親は25年前に雪山で遭難し、死体も見つからなかった。月日が流れて彼も父と同じスキーヤーになり、あるとき一人で雪山に登ると、足元の氷の中に人間の死体が閉じこめられているのを見つけた。死体は氷の中で保存されて、何の傷もなくまるで生きているようだった。
彼がじっと死人の顔を眺めると、それは25年前に亡くなった父だった。だが不思議なことに父親のほうが息子よりずっと若かった。幼かった息子は大人になり、父親より年寄りになっていたのだ。
自分の本を全部吸った小説家
1942年、包囲下のレニングラード。人類の最も悲惨な歴史の一つだ。そこで50万人の人間が死に、作家バフティンも自分の家で死を覚悟していた。
だがタバコを巻く紙がなくて、10年かかって書いた原稿の紙を引きちぎり、それでタバコを巻いた。死ぬときに大事なのは本か一服のタバコか。彼はタバコを選び、自分の本を全部吸ってしまったのだ。
教訓なんていらない。無駄の中に宝物がある
どのエピソードにも教訓なんてない。人生において何の役にも立たない「無駄」なお話ばかりだ。
というかこの『スモーク』という作品自体がそうだ。この作品を見て教訓を得て、何かを学び、モチベーションを上げて、明日からの人生に活かすなんていう発想は微塵も生まれない。
物語の展開だけを辿れば、鑑賞後に残る感想は「あっそう」だけかもしれない。けれどこの作品は人々の心の底のほうに、なんだかあったかいものを流しこんでくれる。
よくわからないけど胸がグッと熱くなる。目頭の奥にも熱を感じる。人はそういう「無駄」に惹きつけられるし、逆に現代はそういう目に見えないところを大切にしないから、心が病んでいく人が後を絶たないのかもしれない。
人生は煙のようなもの
ある日オーギーは何年もかけて貯めた5000ドルを投資してビジネスをするのだが、バイトの黒人青年ラシードが誤って商品をダメにしてしまい、取引は中止となり5000ドルも消えてしまう。オーギーはもちろん怒り狂うんだけど、ラシードは隠し持っていた5000ドルをオーギーに差し出す。自分の将来のために命がけで守ってきた5000ドルを。
オーギーはその5000ドルを、数十年前に別れた女と自分の間にできた娘の薬物リハビリのために使うことにする。数十年間自分を放っておいた女のために。実の娘かどうかもわからないのに。毎日コツコツ働いて稼いだ大切なお金、あるいは命がけで守ってきた大切なお金なのに、思いもよらないことに使ってしまい、煙のように消えてしまった。
でも心に残ったのは、しがみついたお金よりもずっとずっとやさしくてあったかい気持ち。人生はすべて煙のようなもの。そう思えれば、人や金や名声なんかに執着しないで、あったかい
気持ちで生きていけると思いませんか?
ちなみに余談だけど、僕が大好きなフォレスト・ウィテカーがラシードの父親を演じているんだけど、ラシード役のハロルド・ペリノー・ジュニアとは、実際には2歳しか変わらないんですって!それで親子役ってスゴイ!
もひとつ余談だけど、『マッドマックス/怒りのデスロード』も無駄な物語ですよね。あんだけ暴れてるけど、行って帰ってきただけですから(笑)。
え?もう無駄話はやめろって?まあまあそう言わずに、肩の力を抜いて、ねえ……。
(文:茅ヶ崎の竜さん)
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