映画コラム

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2016年03月24日

実は、スペイン版「江戸川乱歩全集」だった?話題作「マジカル・ガール」をより深く楽しむための鑑賞ガイド

実は、スペイン版「江戸川乱歩全集」だった?話題作「マジカル・ガール」をより深く楽しむための鑑賞ガイド

都内では2館限定の公開規模にも関わらず、現在映画ファンの間で大きな話題を呼んでいるのが、このスペイン映画「マジカル・ガール」だ。


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Una produccion de Aqui y Alli Films, Espana. Todos los derechos reservados (C)


失業中の元教師ルイスと、その娘で白血病のために余命僅かのアリシア。そして、謎めいた過去を持つ女バルバラと、彼女のために10年刑務所に服役していた元教師ダミアン。架空のアニメ「魔法少女ユキコ」のコスチュームをきっかけとして、この4人の人生が交錯し、悲劇的な展開・結末を迎えて行く。

本作は、人生のある一点において接点を持った人々のドラマを描いているので、それ以前に個々に何があったかは、深く語られておらず、観客が自分なりに想像する事で、観た人によって全く違った解釈が出来る様になっている。「行間を読む」事で更に深く楽しめる映画、そんな所もこの作品の大きな魅力の一つと言えるだろう。

映画冒頭でいきなり流れる長山洋子の歌と、架空の日本製アニメ「魔法少女ユキコ」の印象があまりに強烈なため、ユーザーレビューでも、「魔法少女物的展開」を期待して行ったら、ちょっと予想と違って戸惑った、という感想が見受けられる本作。

劇場パンフに掲載されている監督インタビューにもある通り、確かに実際に魔法を使うキャラクターを登場させようとしたが、すぐに意味は無いと思ってやめた、との事。

しかし、病気の少女の無垢で孤独な空想世界を巡る物語かと思わせておいて、まさかその実態がここまでスペイン版「江戸川乱歩全集」的な側面を持つ映画だったとは!夫を裏切り浮気に走る妻、自身の保身に走る情けない男、失業による貧困、SM趣味、鏡、などなど。いったい誰が、この事を予想しただろうか。

特にヒロインであるバルバラの全身にある「みみず腫れのような傷」は、度々乱歩の作品中(「陰獣」や「D坂の殺人事件」など)に登場する要素であり、そのSM嗜好は乱歩作品の大きな魅力となっている。更にはアリシアとバルバラ、二人の「魔女」に操られるかの様に、自身の人生を転落して行く二人の男の姿は、文字通り「乱歩的マゾヒズム」の具現化と言えるだろう。

あの「黒蜥蜴の紋章部屋」の中で、いったい何が行われていたのか?

映画ではあえてその描写を見せない事で、逆に観客の想像力を掻き立てる事に成功している。

秘密部屋の紋章と並んで、「黒蜥蜴」はエンドクレジットに流れる歌としても、作品中に重要なモチーフとして登場するのだが、本作をより深く理解したいのならば、映画鑑賞前に乱歩の小説「影男」を読んでおかれる事をオススメしておく。

脅迫・ゆすりを行う男、事件の連鎖による人生の交錯、12歳の少女の空想による現実逃避などは、乱歩の「影男」からも着想を得たものだと考えられるし、監督自身もインタビューの中で、本作の根底にあるのは「脅迫の連鎖」だと言っているからだ。

それに加えて、カルロス・ベルムト監督は元々イラストレーターであり、自身のインタビューでも手塚治虫好きを公言しているだけに、ヒロインの役名「バルバラ」と作品内容から考えて、本作は手塚治虫の漫画「ばるぼら」にも大きな影響を受けているのではないだろうか?

それにしても、本作でのカルロス・ベルムト監督の日本文化への造詣の深さには驚かされる。

もちろん、日本文化からの影響に限られた事では無く、時勢が絶妙に前後しながら、三人の人生が交錯していく描写は、「パルプ・フィクション」を思わせるし、二人の男が元教師という点からは、巡業中の美しい踊り子によって人生を踏み外して行く英語教師の姿を描いた、1930年のドイツ映画「嘆きの天使」を思い起こさせる。バルバラとダミアンの過去を暗に匂わせる様なこの作品、「マジカル・ガール」攻略のためにも、事前に観ておけばきっと役に立つはずだ

更に、もしも時間的余裕があれば、合わせてチェックしておきたいのが、カルロス・ベルムト監督が、長編製作以前に撮った短編映画2本だ。「マジカル・ガール」冒頭に使用された長山洋子の歌。確かにセーラームーンの主題歌「ムーンライト伝説」に雰囲気が似ているのだが、まさかスペイン人の監督がこの微妙な感覚を分かっているとは!、そのセンスに驚かされた人も多いと思う。しかし、この監督の短編第二作を見て頂ければ、そのルーツが判るはずだ。なんとOPにかかるのは、日本のマイナー特撮ドラマ「ロボット刑事」の主題歌。素晴らしすぎるぞ、このセンス!

この映画に登場する、堕ちるヒロインと献身的につくす男。実はその関係性から、観ている間、思わず石井隆監督の「天使のはらわたシリーズ」を思い出してしまっていた。

自己犠牲の上で、自身の究極の愛を捧げようとしたダミアンを、あの様な行動に走らせた物は何だったのか?

事実を知ったから逆上したのか?それとも、真実を知り自分のヒロイズムを妨げられた事に逆上しての行動だろうか?

自身が利用されている事、それを全部判っている上で、それでも女性のために行動する男。そこにあるのは究極の愛なのか?

それとも単なる自己満足やヒロイズムなのか?

乱歩自身の言葉を借りれば、「道徳上、法律上の善意は一定不変のものではなく、同じ事が時と所によって、善にもなり悪にもなる」と言ったところだが、この映画の真のテーマは、実はそこにあるのではないだろうか。

男たちを、自分の目的通りに思いのまま操る事が「魔法」なら、全ての女性は文字通り、生まれついての「マジカル・ガール」だと言えるだろう。映画の最後でダミアンが見せた「マジック」は、彼の方が主導権を握った事の証か、それともヒロインへの永遠の服従の証なのか?

ぜひ劇場で観て、自分なりの判断をして頂きたいと思う。

最後に、本作鑑賞後に見るとより楽しめる映画を5本紹介しておこう。
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(文:滝口アキラ)

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