日本初の長編アニメ映画『桃太郎 海の神兵』カンヌ国際映画祭で上映!
今年も5月11日より世界三大映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭が開催されますが、今回そのクラシック部門(カンヌクラシックス)に日本から素晴らしい名作が出品されます。それは……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.131》
日本初の長編アニメーション映画『桃太郎 海の神兵』です!
桃太郎 海の神兵 / くもとちゅうりっぷ -デジタル修復版
8月3日ブルーレイリリース
4,700円+税
発売・販売元:松竹
物資の乏しい敗戦間近な状況下で
制作されたフル・アニメーション
『桃太郎 海の神兵』は戦争末期の海軍省の要請で製作され、1945年4月12日に公開された74分のモノクロ作品で、製作費27万円、100名に近いスタッフを動員するなど、当時としては異例ともいえる規模で作られたフル・アニメーション超大作でした。
その内容は、太平洋戦争下の南方戦線セレベス島メナドへの日本海軍奇襲作戦を題材に、桃太郎ら海軍陸戦隊落下傘部隊による鬼ヶ島上陸作戦の模様をクライマックスに描いたものですが、その前に『桃太郎の荒鷲』を撮った実績のある瀬尾光世監督らスタッフは、これを単なる戦意昂揚映画として世に出すのではなく、それこそ当時の敵国であったアメリカのディズニー映画(瀬尾監督たちは日本軍が戦地で没収した、当時日本未公開だった『ファンタジア』をひそかに鑑賞しています)に倣い、子どもたちに夢と希望を与える作品をこそめざして作業に当たりました。
実際、戦闘シーンは最後の10数分で(落下傘部隊降下シーンのクオリティも素晴らしいものがあります)、主人公のように思われがちな桃太郎はあたかも軍神としての象徴的扱いで、むしろ本当の主人公は犬や猿など部隊の隊員となる動物たちで、彼らの牧歌的な日常こそがメインに描かれていきます。
(この趣向は、戦時中の42年暮れに公開された実写戦争映画大作『ハワイ・マレー沖海戦』と相通じるものもあります)
戦時中のアニメとは思えないほど、まさにディズニー映画を彷彿させる滑らかな画の動きには驚嘆させられるばかりですが、実情としてはスタッフは次々と戦場に応召され(1943年の製作開始時には70名ほどいた現場スタッフは、44年12月に完成したとき15名にまで減っていました)、また製作費はあっても肝心の物資がないというシビアな現実の中、セル画は絵の具を洗い落とし、ザラ紙の動画用紙も消しては新たに動画を描くといった再利用によって、ようやく完成させた執念の作品ともいえるものでした。
また本作が公開されたころは、東京大空襲や硫黄島玉砕、米軍の沖縄上陸、戦艦大和の沈没などなど敗戦に向かって一直線といった時期で、国民も映画など見ている余裕などなく、『ハワイ・マレー沖海戦』公開時のように、これを見て士気を高めて戦場へ赴こうという気運すら湧き上がる暇もなかったと思われますので、戦意昂揚映画としての役割をまっとうすることはほぼなかったといっても過言ではないでしょう。
(第一、そのおよそ4か月後に日本は敗北してしまうわけですから)
一方で公開初日にこの映画を見て、アニメーションの楽しさにめざめたのが手塚治虫でした。彼は本作に内包された作り手たちの平和への祈りや希望のメッセージこそに感嘆し、いつか自分もこういうアニメーションを作ろうと心に誓ったのでした。
(もっとも、彼はTVアニメ『鉄腕アトム』でフル・アニメーションではなく作画枚数を極力減らした合理的なリミテッド・アニメーションを用いたことで、日本のその後のアニメ界に良くも悪くもの影響を与えてしまうわけですが)
また本作でもっとも感動的なのは、中盤の「アイウエオの歌」を動物たちが大合唱するミュージカル・シーンですが、後に手塚が制作したTVアニメ『ジャングル大帝』の中には、本作と同じように動物たちに言葉を教える際の「アイウエオ・マンボ」が登場し、オマージュを捧げています。
ただし実際、当時の日本は南方占領地における現地人の日本語教育の一環として、こういった歌を歌わせていました。そういった歴史的事実も踏まえた上で本作に接すると、より時代の空気というものも明確に見えてくるのではないでしょうか。
まるで新作のように美しい映像で
世界の名作群と肩を並べての上映!
そして今回、松竹が保有する35ミリ・マスターポジとインターネガを素材に4Kスキャンし、2Kで修復。映像監修に『母と暮らせば』『家族はつらいよ』などの山田洋次監督作品のキャメラマン近森眞史、また今回はアニメーションということで、『紅の豚』などスタジオジブリ作品の撮影監督・奥井敦を映像監修協力に迎えています。
音響はアメリカのAudio Mechanicsが担当し、修復にあたりました。
制作は松竹映像センター、映像修復は株式会社IMAGICAと株式会社IMAGICAウェストです。
修復されたものを見させていただきましたが、かつて見たものとははるかにレベルが違う、モノクロながら新作を見ているような画の美しさに圧倒されました。音響も、戦時下の技術でどうしても音がこもってしまうような箇所や、台詞と音楽がかぶさる部分などの聞き取りづらさがかなり解消できているように思います。
『桃太郎 海の神兵』は“MOMOTARO,SACRED SAILORS”の英語タイトルでカンヌクラシックに手上映されますが、これまで同部門では木下惠介『楢山節考』や小津安二郎『秋刀魚の味』、溝口健二『残菊物語』、大島渚『青春残酷物語』などが上映されてきました。
また今年は溝口健二『雨月物語』、マーロン・ブランド『片目のジャック』、ジャン=リュック・ゴダール『男性・女性』などと並んでの上映となります。
これだけでも本作の価値がお分かりいただけるかと思われます。
カンヌでの反響を心待ちにしているのはもちろんのこと、日本での凱旋上映なども大いに歓迎したいもの。
そしていつの日か、本作から国策映画としての概念がなくなり、“映画”そのものとしての素晴らしさこそが普通に語られるような、そんな平和な時代が到来してもらいたいものです。
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(文:増當竜也)
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