甲子園のスタンドで演奏した元吹奏楽部が『青空エール』を見てみた
(C)2016 映画「青空エール」製作委員会(C)河原和音/集英社
河原和音の人気マンガを原作に、吹奏楽部員のつばさ(土屋太凰)と野球部員の大介(竹内涼真)が、ともに「甲子園の夢」を追いかける、ひたむきな姿を描いた映画『青空エール』。高校野球の余韻が残る夏の終わりに公開された本作は、9月10~11日の土日の時点で興行収入10億円を突破するスマッシュヒットになりました。
実は私は、今から十数年前の高校生の時に吹奏楽部に所属してアルトサックスを吹いていた当時、なんと母校が全国高校野球選手権大会に出場し、甲子園のスタンドで応援をしたことがあります!
今回は、甲子園で野球応援をした元吹奏楽部員の目線から本作を語ります。映画『青空エール』の理解を深めるための副読本的なテキストとなれば幸いです。
経験者も自然に感じる、『青空エール』の吹奏楽部描写
映画『青空エール』で描かれている吹奏楽部の描写は、経験者から見ても違和感なく、随所に「吹奏楽あるある」が感じられます。
吹奏楽部は「体育会系文化部」
劇中で、トランペットパートを志望するもまったくの初心者の主人公・つばさは入部してから腹筋を鍛え、走り込みに励みます。
「本当に吹奏楽部がこんな運動部みたいなことをするの?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実際に吹奏楽部は「体育会系文化部」とよく言われます。
これは原作の「青空エール」で描かれていることですが、多くの吹奏楽部は毎日の放課後に夜まで練習し、土日も1日部活が基本という、活動時間が運動部並のハードな日々を送っています。
その上、上記のように腹筋やランニングといった運動そのものを練習メニューに取り入れる学校もあります。
理由は、管楽器の命とも言える「呼吸」を鍛えるため。より多くの息を吸えるようになり、楽器に吹き込む息をコントロール出来るようになることで、音の大きさや質、その表現力が豊かになっていくので、とても重要な基礎となるのです。
自分の技術を磨くために練習し、その練習量が実力につながるという点は、野球部をはじめとした運動部と共通しています。
さらに吹奏楽はバンド全体で一緒に合奏して作る音楽であり、メンバー同士の息を合わせることが非常に大切であるという点も、野球部をはじめとしたチームワークが重要な運動部と同様です。
こうしたベースの部分が共通するので、つばさと大介はお互いの夢を追う姿勢に共感し、
応援し合い、高め合う関係になったことも納得出来ます。
ちなみに、本作の白翔高校のように野球部と吹奏楽部がともに強豪であるという学校は、実際に多いです。野球が強い学校の応援は、相手チームのスタンドまでよく音が飛んで来て、上手いんですよねぇ…
吹奏楽部にとってのコンクール
一般的に吹奏楽部の年間の中で大きな演奏の場は、定期演奏会と全日本吹奏楽コンクール。本作で登場する白翔高校吹奏楽部は6月に定期演奏会を開催する学校なので、主に春から夏を描く劇中でいずれも描かれています(コンクール直前の6月に定演をやるなんて、なかなか大変なことをしています…)。
中でも吹奏楽コンクールは、劇中で「吹奏楽部にとっての甲子園のようなもの」と説明されていた通りで、吹奏楽部員にとっては1年間で最大の山場と言えます。
そして作中で触れられる普門館とは、この吹奏楽コンクールの全国大会が行われていた会場で、野球の甲子園、サッカーの国立競技場、ラグビーの花園と同様の「聖地」。全国を目指す学校の合言葉は、目指せ全国、普門館なのでした。
過去形で書いたのは、2012年から吹奏楽コンクール全国大会の会場は名古屋国際会議場のセンチュリーホールとなっているから。映画『青空エール』の時代設定は、神社に掛けられた絵馬の年号から2014年~2016年のはずなので、普門館の名前が出たのはなぜでしょう…現役の学生にとっても、未だに全国出場の代名詞なのかな?
この夏の高校野球で話題となったニュースの中に、熊本県の秀岳館野球部が全国大会に出場し、その日程と重なってしまったことで、同校の吹奏楽部がコンクール出場を断念して甲子園での応援演奏を優先した、という出来事がありました。
詳細な経緯や、その是非についてはここでは取り上げません。ただ、いずれにしてもコンクールを目指してここまで努力してきた部員たちの出場断念となった時の心境は、察するに余りあるものだったということは、痛いほどわかります。
こんな描写も「吹奏楽部あるある」!
例えば、主人公が所属する白翔高校吹奏楽部は、先生や部長、パートリーダー(各楽器パートの長)の発言には「はい!」と大声で一斉に返事し、先生が指揮棒を挙げれば全員が迅速に楽器を構えます。
実際に、本当に演奏が上手い学校は挨拶がよく出来ていて、ピシッとした雰囲気が出ていることが多く、これは劇中で白翔高校が強豪校であるという説得力のある演出になっていました。
また、映画美術の面では部活で使う音楽室に、部員が手作りした掲示板や標語などが掲げてあり、思わず「そうそう!」と頷かされるような再現度になっています。
さらに、3年生最後のコンクールを前に、トランペットパートの水島(葉山奨之)が木管パートの女子連中から呼び出されて、曲において足を引っ張っていると集中放火されるシーンや、同じく水島が思わずトランペットパートの後輩にきびしくあたってしまうシーンなどは、個人的に体験した記憶が呼び起こされて「あああああああ!」となりました…
なんか、当時のシチュエーションや感情がよみがえってきて、映画館で自分の記憶を使った4DX体験が出来ましたよ…
あと、コンクールメンバーを発表するシーンも、あのイヤな緊張感が思い出されましたね…
私が最も心を打たれたのは、つばさが夜の教室で個人練習をするシーン。教室で一人、何度も何度も出来ないパッセージを吹くこの感じ…「もっと、うまくなりたい」という一心で、ただひたすらに練習していた自分の記憶とリンクして、熱いものがこみ上げて来ました。
(C)2016 映画「青空エール」製作委員会(C)河原和音/集英社
経験者が語る、野球応援。暑いけど楽しいぞ!
母校が甲子園に出場したのは、私が高校1年生の時。つばさと同じく初心者で入部してから、わずか数ヶ月で甲子園にて演奏したことになるんですね!
当然ながらコンクールメンバーになれる実力などなく、その夏は野球応援に専念していたのですが、当時の野球部は県大会を勝ち上がった後、甲子園でも決勝戦まで勝ち進むという奇跡を起こし、ほぼ全試合の応援をすることが出来ました(県大会の1試合だけ熱出して休んだ)!
夏の炎天下のスタンドでの応援は汗が噴き出て、凍らした飲み物などが必須。特に真夏の甲子園は、ときおり微風が吹く程度で本当に酷暑でした…
また、長時間楽器を吹いていると口も痛くなり、口の周りの筋肉が疲れていくことでアンブシュア(劇中でも触れられていた、管楽器を吹く時の口の形のこと)も崩れていきます。それでもバッターがいる限り、演奏を続けるのです。
しかし、バッターがヒットを打てば一気に気持ちは舞い上がる!得点が入ると全員のテンションが上がってしまうため、曲のテンポが早くなってしまうことも!このチームや応援団、観客も含めた一体感は野球応援ならではで、つばさが応援に憧れを抱くのも納得です。
『青空エール』劇中演奏応援曲
野球応援での演奏曲は、その学校や地域ならではの伝統だったり、選手や応援団が考えたりと、各学校によって様々です。
『青空エール』では、「チャンス紅陵」、「天理ファンファーレ」といった高校野球ならではの曲や、エルガーの「威風堂々」などのほか、野球応援の楽曲はポップス曲も多いので、XJAPANの「紅」、大塚愛の「さくらんぼ」、センチメンタル・バスの「Sunny Day Sunday」、JITTERIN'JINNの、というよりもWhiteberryのになってしまった「夏祭り」、山本リンダの「狙い打ち」が登場していました。
曲の内容というよりも、まずバッターとチーム全体、応援団のテンションが上がる曲が条件ですね!
それにしても、今の高校生は「Sunny Day Sunday」知ってるのかな…当時はリリースして間もなかったけどなぁ(7回の応援に使っていた)。
そんな本作の野球応援楽曲の中では、「Our Boys Will Shine Tonight」が印象的な1曲。元々強豪校が使っていた楽曲ですが、ミスをしてしまった大介を想うつばさが試合直後に1人で吹くほか、甲子園をかけた決勝戦ではつばさのトランペットソロから楽曲がスタートします。
野球応援でのトランペットソロといえば、「必殺仕事人」のイントロのように味方チームのテンションがブチ上がるものですが、ここではつばさのエールを贈る気持ちをストレートに表現する演出になっていました。
(C)2016 映画「青空エール」製作委員会(C)河原和音/集英社
何かにひたむきに打ち込む人へのエール
ここでは元吹奏楽部の視点から『青空エール』を振り返ってみましたが、本作は音楽やスポーツに限らず、何かに夢中になってひたむきにがんばる人の琴線に触れるような作品です。
何かに熱中し、目標を目指している真っ最中の人は今の自分に重ね合わせられ、それ以外の人にも「自分は今、ひたむきに何かに打ち込めているか?」と問い掛けられているような気持ちになるはず。
そのまっすぐさが、心に響く映画です。
(文:藤井隆史)
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