映画コラム

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2016年09月25日

『ハドソン川の奇跡』──イーストウッドの新たな傑作とジャズ音楽が意図するもの

『ハドソン川の奇跡』──イーストウッドの新たな傑作とジャズ音楽が意図するもの

■「映画音楽の世界」

ハドソン川の奇跡02


(C)2016 Warner Bros. All Rights Reserved



みなさん、こんにちは。

本日9月24日より、トム・ハンクス主演の映画『ハドソン川の奇跡』が公開となりました。共演は『ダークナイト』『エンド・オブ・キングダム』のアーロン・エッカート、監督は前作『アメリカン・スナイパー』が驚異的なヒットとなった、クリント・イーストウッド。近年精力的に作品を発表するイーストウッドが、今作でも実際に起きた飛行機事故とその後のドラマを丁寧に描写。全米公開後も二週連続で興行収入トップをキープするなど大ヒットとなっています。

今回の「映画音楽の世界」では、そんな『ハドソン川の奇跡』を紹介したいと思います。

https://m.youtube.com/watch?v=vC9pKjID_ak&ebc=ANyPxKpCP8QQMtQJadQKa8Ayd2KzuSQj4Gb5a2wKUFWsyPQ9JUyVMJb7Za1E7AmQmmKSGQzSCMkQcgvDo1hV8XtzeDyeUoG4Ow&time_continue=1

パニック映画ではない、英雄の苦闘を描くドラマ


タイトルが示す通り、本作は今から7年前の2009年に起きたUSエアウェイズ1549便がラガーディア空港を離陸直後に両エンジンが停止、チェズレイ・サレンバーガー機長の判断でハドソン川へと着水した実際の飛行機事故を描いた映画です。

エンジンに鳥が突っ込み飛行機能が停止してしまうというバードストライクに見舞われ、水温わずか9度のハドソン川に不時着水しながらも、乗客・乗員155名全員が生還したことにより、この事故は世界中で大きく報道され、前例のないような航空機事故の当時の映像がまだ記憶に新しい方も多いと思います。

タイトルの『ハドソン川の奇跡』とは、事故を受けて会見を行ったニューヨーク州知事の発言によるもの。事実、これだけの規模の事故でありながら数多くの的確、迅速な判断が重なり奇跡を起こしたことに間違いはありませんが、本作では不時着水事故そのものを映画化したのではありません。もちろん、IMAXカメラによる撮影とVFXを巧みに組み合わせた不時着水に至るまでの映像は鳥肌が立つほどの圧巻の映像となっていますが、本作で語られるのは英雄としての称賛を得ると同時に、「不時着水という判断は誤りではないか」という嫌疑と批判に晒されることになるサレンバーガー機長の苦悩が克明に描かれています。

世界中から称えられる一方で、検証機関内では刻々と当時の判断に不利なデータだけが集められていくサレンバーガー機長。イーストウッド監督はそんな機長を、ヒーローとして描くのではなく事故の悪夢にも苛まされますます追い詰められていく一人の人間性を浮き彫りにしていきます。

この流れは、『ジャージー・ボーイズ』のフランキー・バリ、『アメリカン・スナイパー』のクリス・カイルのように、成功や名声を得た裏側で苦悩する主人公を主題にした描写と同じもので、イーストウッド監督の表面上だけではないキャラクターの掘り下げがいかに本作でも発揮されているのかが解ります(そういった意味でも、タイトルとしては原題の『Sully』の方がより的確な気もしますが)。

実在の人物であり一躍時の人となったサレンバーガー機長を演じたトム・ハンクス、そして機長と共に冷静に対処に当たったジェフリー・B・スカイルズ副機長を演じたアーロン・エッカートの「静かなる熱演」も、本作の見所の一つ。こういった映画でありがちな、大声を上げたり感情を昂らせるような大袈裟な振る舞いを見せるのではなく、あくまでも常に冷静に役になりきり、事故当時の状況を詳細にリサーチしたという二人の名演と、抑揚を効かせたイーストウッド監督の名演出が、まるで私たち観客もあの便に搭乗していたと錯覚させるほど、リアルな「あの瞬間」へと引き込んでいます。

そんなピースがかっちりと合わされば合わさるほど、機長、副機長が司法の場で追い詰められていく様子は「なぜこの二人がこのような立場に立たされなければならないのか」と、より感情移入していく筈です。

ジャズ音楽がもたらす効果


本作の音楽を担当したのはクリスチャン・ジェイコブとザ・ティアニー・サットン・バンド。どちらもクリント・イーストウッドとは初顔合わせであり、それどころか映画音楽へも初登板という異色のコラボレーションとなりました。

異色の、とは言いつつも二人はどちらもジャズ・ミュージシャン(ジェイコブはピアニスト、サットンはヴォーカリストで、多くの共同作品を発表している)で、イーストウッド自身もプロ並みのピアノ演奏技術を持つジャズ嗜好家ということもあり、ある意味イーストウッドらしい人選になっているとも言えます。

実際、イーストウッドは本作でも監督だけでなく、ティアニー・サットンと共にテーマ曲[Flying Home]の作曲としてもクレジットされていて、サットンの美しくもどこか哀愁を帯びた歌声をより引き立たせています。

音楽は全編を通してもピアノを主旋律にしたジャズテイストになっていて、決してシーンを盛り上げようとするような派手な鳴らしは存在しません。あくまでもサレンバーガー機長という一個人の心情に寄り添うようなジャズ特有の繊細なメロディと、嫌疑を掛けられつつもそれでも彼を称えようとする讃歌とも思えるようなサットンのコーラスが、一人悩み苦しむ機長に味方をしたい観客との感情的な橋渡しの役を担っています。このあたりの音楽がもたらす効果がイーストウッド監督の目論見通りで、映画本編を彩るというよりもストーリーと同様に、一層登場人物にフォーカスを合わせ観客との距離感を縮めたスタイルとなっています。

現在のところサウンドトラック盤の発売アナウンスはありませんが、本国アメリカでは公開から遅れて12月発売の予定とあり、続報を待ちたいところ。

まとめ


本作は「ハドソン川の奇跡」を描くと同時に、あまり知られることのなかった機長らの苦悩、「その時」だけでなく「その後」何が起きていたのかを克明に刻み付けています。これは映画だからこそ出来る追体験で、実際筆者も映画を鑑賞したことで7年の時を経て多くの真実を目の当たりにしたような気がします。ただの英雄譚ではなく、そこにあった苦悩と、いかにして奇跡は生まれたのかをイーストウッド監督は映画という手法を通して描いていますので、前作『アメリカン・スナイパー』があまりにも重かった、という方にも是非とも鑑賞して欲しい一本です。

最後に、本作は前述のようにIMAXカメラによる撮影が行われ、その効果ははっきりと不時着水の一連のシーンで活かされていて、ニューヨークを低空飛行するショットや現場となるハドソン川の奥行き感に、恐怖感にも近い、まるで飲み込まれるような感覚を体験出来ます。リアリティにこだわったイーストウッド監督のビジョンに、願わくばIMAXシアターでの鑑賞をお勧めしたいと筆者は思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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(文:葦見川和哉)

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