『ムーンライト』の何が『ラ・ラ・ランド』を抑えたのか。
アカデミー賞作品賞の受賞発表のいきさつ(読み上げ違い)から言って、『ラ・ラ・ランド』と『ムーンライト』は両方観たくなりますよね。
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「『ラ・ラ・ランド』良かった~」っていう人ほど、「えっ、『ムーンライト』はこれよりいいの?一体どんな映画?」と思うのではないでしょうか?もうご覧になった方も多いと思いますが、いかがでしたか?
かく言う私は、先に『ラ・ラ・ランド』、後に『ムーンライト』を鑑賞しました。
(C)2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate.
最近のニュースでは、ロサンゼルスでは「ラ・ラ・ランドの日」を4月25日に制定し、また米マイアミでは、『ムーンライト』のロケ地が「ムーンライト・ウェイ」に命名されたと言います。
2作品とも歴史に残る映画であることだけは、間違いなさそうですね。
真逆と言えるテイストなのに、とても似ていた
この2作品、私にとっては似ていました。と言うと不思議に思う人が多いかもしれませんが、おそらく映画とは、その中に自分に重なる感情を見つけられるか否かが、感動するしないを決めるのだろうと思うので、全く違う映画の中にも、個人的に同じものを観たのだと思います。
ただ、多くの人に感動を与える映画ほど、普遍的な感情を描いているせいか、似たテーマが根底に流れているように感じるのかも、という気がしました。
どちらも、再会のシーンから同じことが伝わってきた
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『ラ・ラ・ランド』は、女優志望のミアとジャズピアニストのセバスチャンの二人の物語。感動が2層式というか、クライマックスが2回あるように感じました。1回目の山場は、ミアがオーディションでおばさんの事を語り歌うシーン。何か夢がある人は、たぶんここがクライマックスになると言ってもいいのではないでしょうか。
2回目は、ミアとセバスチャンが再会する終盤の場面。「ありえたかもしれない人生」が、現在の人生と同じか、或いはそれ以上の重さで存在する人のためのクライマックスだと思います。両方当てはまる人は、号泣するしかありません。
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『ムーンライト』は、主人公シャロンの成長を幼年期、少年期、青年期の3つのブロックに分けて描いた物語。どこにも居場所がないシャロンを、同じ瞳を感じさせる3人の俳優が演じます。
この映画もまた、終盤は再会シーンでした。シャロンとケヴィンがダイナーで顔を合わせた時、帰りの車の中でシャロンが笑った時の感動は、きっと何年経っても忘れることができないな、と思います。二人が最後に会ったのは高校の時。
感情を大きく出さないシャロンが、一度だけ、クラスのレゲエ野郎に椅子を振り下ろすという事件を起こし、少年院に連れていかれますが、それっきりなのです。
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あの時、シャロンが椅子を振り下ろしたのは、誰のためだったのか。そのことを思った時、ここで二人が心が触れ合った瞬間を誰も邪魔してはいけないと思いました。それが、同性愛なのだとしても。もし、邪魔する者がいるならば、何なら私が椅子を振り下ろすと思ったほどです。
2つの作品の再会シーンから共通して伝わってきたのは、一度ふれあった心と心は、そんなに簡単に忘れるようにはできていない、ってことです。ミアとセバスチャンは再会まで約5年。シャロンとケヴィンにいたっては10年以上経っていました。
「愛の切迫度」が全然違う
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愛に、良いも悪いも、安いも高いもないけれど、『ラ・ラ・ランド』の方は、その愛がなくても、たぶん命までは取られない。
同作の場合は、二人が一緒に居るも居ないも、本人たちの選択であったわけです。分岐点は明らかにあそこだよねって、観客にもよくわかるようになっている。どちらを選んでも、それはそれで素晴らしい。
一方、『ムーンライト』の方は、その愛がなければ、生きていくこと自体がしんどい。生命にかかわるレベルではないか、とさえ思うのです。シャロンとケヴィンの愛には、月の光がほんのりと射すような温かさを感じます。
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『ラ・ラ・ランド』のような華やかな世界とは比べものにならない地味な愛かもしれない。だけど、その愛は、その光がなければ暗闇を歩くしかない分、そして生死に関わる分、『ラ・ラ・ランド』より貴重なものだと感じます。
もし、作品賞が「ラ・ラ・ランド」でなく『ムーンライト』でなければならない理由があるとしたら、私はここではないかと考えます。
素朴な疑問の答えは
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「ラ・ラ・ランド」は理解しやすかったのですが、『ムーンライト』の方は、素朴な疑問がいっぱいでした。
映画館から帰って、新聞・ネットなどでいろいろ調べてみましたが、同作は思い切った省略が素晴らしいとのこと。評論家は言う。この省略された部分は、誰かに説明を求めるのでなく、自分で感じ、考えよと。
なるほど、そこで自力で考えてみましたが、結局わからないものは、わからずじまい。
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特に、幼年期でシャロンの父親代わりになってくれたフアンが、少年期には、亡くなっているらしいのですが、何の説明もないのは何故か。そもそもシャロンのお父さんがいないのは何故か。お母さんはシャロンにつらく当たりすぎではないか。クラスメイトからお前のママは娼婦だとからかわれたけど、本当なのか? 家に来る男の人はお母さんの恋人なのかお客さんなのか。子供がゲイかどうかなんてわからないと思うけど、周囲がシャロンをオカマと言っていたのは何故か。まったくわからない。そもそも、考えてわかる類の疑問でもない。
そうこうして3日くらいして、私はわかってしまった。
その答えは、たぶんシャロンも知らないのだと。映画が省略しているからわからないんじゃない。わからないまま、理不尽なまま、小さい時からずっと大きくなるまで、そこで生きていたんだと、やっと気が付きました。
お父さんみたいに優しくしてくれたフアンは、麻薬売人で、お母さんに麻薬を売っているという過酷な矛盾。しかし、その人でさえ、亡くなってしまい、目の前から消えてしまう。
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たった一人の友達のケヴィンは、クラスのいじめっ子にシャロンを殴るゲームの首謀者にさせられ、それが事件の発端となり、シャロンの方が少年院に行くことになる。
大人になったシャロンは、結局、麻薬の売人になります。
幼年時代、フアンがシャロンに「自分の道は自分で決めろ。周りに決めさせるな」と教えてくれましたが、ファンも売人でした。選択肢がない、おそらく情報もない、その残酷さには、どうしても納得がいかない。解せない。悔しい。
きっと、これから。
シャロンとケヴィンが再会したのは、もう30代でした。子どもの頃、本当のシャロンを知ろうとしてくれたのはケヴィンだけ。10年以上経って会っても、やっぱり「売人なんて、お前に限って、そんなわけがない」と言ってくれる、だだひとりの人。
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ケヴィンもまた、いろんな苦労をして、保護観察中だと言いますが、意外にも料理人になっています。給料は安いけど、昔のような「ものすごい不安」がなくなったと話します。
理不尽の嵐の中で、30代までなんとか生き抜いたシャロンが、ケヴィンに再び触れ、本当の自分に少しずつ近づいていくのは、これからじゃないかな、と信じたい。そう思います。
最後に
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「ムーンライト」を制作した監督・脚本のバリー・ジェンキンスと、原案者のタレル・アルバン・マクレイニーは、実際に、米マイアミの貧困地域でシャロンとほとんど同じ環境で育ったそうです。
違うのは、二人とも、その能力に気が付いてくれた先生に出会ったことです。奨学金で大学を卒業し、「ムーンライト」を制作し、アカデミー賞作品賞他多くの賞を取ったことで、私もシャロンを知りました。おそらく、もっと沢山のシャロンがいるのだろうと思います。
「ムーンライト」は海のシーンで終わります。幼年期のシャロンが海に向かって立っています。そして、振り返ります。シャロンは何も言わないのですが、私には「僕は生きている」と聞こえました。
映画『ムーンライト』は、現在公開中です。
(文:こいれきざかお)
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