映画コラム

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2017年09月08日

『クリーピー 偽りの隣人』、日常に潜む恐怖をじわじわと描出する

『クリーピー 偽りの隣人』、日常に潜む恐怖をじわじわと描出する



(C)2016「クリーピー」製作委員会


現代日本映画界におけるサスペンス&スリラー映画の達人といえば、やはりこの人・黒沢清監督の名前を思い浮かべる映画ファンの方もさぞ多いことでしょう。

9月9日からは、宇宙人が地球を侵略すべく暗躍する恐怖を日常的ホームドラマ感覚の中からじわじわと描出した彼の最新SFサスペンス映画『散歩する侵略者』が公開されますが、これからご紹介する『クリーピー 偽りの隣人』も同じく一組の夫婦に忍び寄る危機を日常感覚で描いたサスペンス&スリラーの傑作です。

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家族の失踪事件と奇妙な隣人
ふたつの要素の接点は?


映画『クリーピー 偽りの隣人』は、第15回ミステリー文学大賞新人賞を受賞した前川裕のベストセラー小説『クリーピー』を原作にした作品です。



大学で犯罪心理学を教える元刑事の高倉(西島秀俊)は、郊外の一軒家に妻の康子(竹内結子)とともに引越し、新たな生活をスタートさせました。

クリーピー 偽りの隣人 西島秀俊 竹内結子


(C)2016「クリーピー」製作委員会


高倉は6年前に起きた未解決の一家失踪事件の分析を野上刑事(東出昌大)から依頼されますが、事件のカギを握っているのは、ひとりだけ残された一家の長女・早紀(川口春奈)。しかし彼女の記憶は曖昧で、なかなか事件の核心に触れることができません。

一方、高倉夫妻は隣の家族の主人・西野(香川照之)の謎めいた言動の数々に翻弄されていましたが、ある日彼の娘・澪(藤野涼子)が、高倉にこう告げました……。

「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」

クリーピー 偽りの隣人


(C)2016「クリーピー」製作委員会


未解決の家族失踪事件と奇妙な隣人一家、一見何の関連性もないふたつの要素が、次第に接近しては錯綜していき、新たな謎とともに、高倉夫妻に深い闇をもたらしていきます。

クリーピー“creepy”とは「ぞっと身の毛がよだつような」「気味が悪い」「ぞわぞわする」といった意味合いの言葉ですが、まさにクリーピーな危機が夫婦に忍び寄ってくるのです。

ちなみに映画化にあたっては原作から設定を大きく変えていますので、小説を先に読まれている方も、原作と映画の違いという点から愉しむことができるでしょう。

クリーピー 偽りの隣人


(C)2016「クリーピー」製作委員会



シンプルかつ奥深い演出
国際的評価も高い黒沢ワールド!


これまでにも『CURE』(97)や『回路』(00)など、ふとしたことから人々が生活する日常にふと忍び寄る“闇”を描出することに長けた作品を連打してきた黒沢清監督ですが、その姿勢は本作でも揺らぐことはありません。

ほんの些細なことや、もしくは理不尽な出来事などから人の生活というものは一瞬にして崩れ落ちてしまう恐怖と、それゆえの人生の無常観が黒沢映画には備わっています。

従って彼の映画は、たとえばホラー作品でもこれみよがしのショック演出などはあまりなく、むしろ淡々とした描写の連なりの中から、ある時急に背筋に冷たいものを走らせる、そんな静謐で、だからこそ怖い闇のエンタテインメント性を屹立させているのです。

クリーピー 偽りの隣人


(C)2016「クリーピー」製作委員会


一方で黒沢演出は一見シンプルな演出ではありますが、その実、映画的記憶であったり歴史的映像技術の応用であったりと、映画ファンであればあるほど奥深いものに気づかせてくれるマニア泣かせなところがあり、しかしそれゆえに黒沢映画を語る評論であったりレビューであったり、とかく作品にのめり込み過ぎて難解になってしまい、映画ビギナーなどライトな観客層を寄せ付けない傾向が見受けられました。

これは作品のせいというよりも、むしろそれを語る映画マスコミやシネフィルのせいといってもいいかもしれません(ただし、本当にのめりこんでディープに語りたくなるほど、黒沢映画は毎回芳醇なものを内包しているのです)。

それゆえでしょうか、ここ最近の黒沢映画は旬の俳優陣をキャスティングし、彼ら彼女らのキャラクターとしての魅力を大いに引き立てながら一般層に広くアピールするものが増えてきているようにも思われます(もちろん、役者の魅力を引き出すというのは彼の初期作品から顕著な事実でもありますけど)。

本作に関しては西島秀俊の聡明さや竹内結子の気丈さなどが、隣人役を怪、いや快演する香川照之の圧倒的存在感によってもろくも崩れ落ちていく中から見え隠れしていく不可思議なカタルシス、また東出昌大や川口春奈、藤野涼子といった若手俳優や、笹野高史らベテラン勢もいい味を出しています。

クリーピー 偽りの隣人


(C)2016「クリーピー」製作委員会


黒沢映画との相性抜群な芦沢明子キャメラマンが紡ぎ出す幽玄な映像美、羽深由理の音楽などスタッフワークもさえわたっています。

これまでにも黒沢作品は『回路』で第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞、『トウキョウソナタ』(08)で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞および第3回アジア・フィルム・アワード作品賞、『Seventh Code』(13)が第8回ローマ映画祭最優秀監督賞、『岸辺の旅』(14)が第68回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」監督賞および川喜多賞と、国内外で高く評価され続けています。

本作も第66回ベルリン国際映画祭「ベルリナーレ・スペシャル部門」に正式出品され、第40回香港国際映画祭ではクロージング上映されて喝采を浴び、第90回キネマ旬報ベスト・テン第8位にランキング。
また本作の香川照之はニューヨークタイムスで「第89回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされるべき5人」に選出されました。

国際的規模での評価を得続ける黒沢エンタテインメント、じっくりと背筋を凍らせてください。

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(文:増當竜也)

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