映画コラム

REGULAR

2017年09月16日

チェコでのナチス幹部暗殺計画の映画についてチェコ人に感想を聞いてみた

チェコでのナチス幹部暗殺計画の映画についてチェコ人に感想を聞いてみた




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みなさんはチェコスロバキアという国を覚えているでしょうか? チェコスロバキアは1918年に発足後、1993年にチェコ共和国、スロバキア共和国に分裂・独立するまで続いた1つの連邦国家でした。

2017年8月日本公開となった『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(チェコ・英・仏合作)は、第2次世界大戦中のチェコスロバキアでのナチス幹部暗殺計画について描かれた作品。ショーン・エリス監督が着想から完成まで15年の歳月をかけて作り上げた歴史大作です。

筆者も以前はこの暗殺事件については全く知らず、チェコ人の友人との会話の中で初めてその存在と背景を知りました。

本作は歴史事実に基づき非常に丁寧に作られたことが分かる、歴史映画好きな方もそうでない方にも鑑賞をおすすめしたい作品です。

作品の元となった暗殺計画「エンスラポイド作戦」






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本作の原題は”Anthropoid”(エンスラポイド)。第2次世界大戦中の1942年にプラハで実行された、ナチスの親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒ暗殺計画「エンスラポイド作戦」:Operation Anthropoid (日本語では言葉の意味通り『類人猿作戦』と訳されることもある)のことです。

筆者はプラハの映画館で本作を鑑賞後に邦題『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺計画』を知り、原題とのあまりの差に正直かなり驚いてしまいました…。

というのも、この邦題では本作品の内容にそぐわないのでは…と感じたためです。『ハイドリヒを撃て!〜』という語調からは、何処となくアクション映画を彷彿させるエンターテイメント性が感じられ、作品が伝えたい事実とテーマが薄れてきてしまうように思います。

その点、実際の暗殺計画名を設定した原題 “Anthropoid”からは、歴史的事件を忠実に描こうという静かな決意が伝わってくるようで、より作品にふさわしいと感じました。

暗殺計画の進行を忠実に追う、息を呑むストーリー展開






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1941年9月、ハイドリヒはナチス党指導者ヒトラーにチェコスロバキア内ベーメン・メーレン保護領(チェコ)の統治を命じられ、プラハに拠点を置きます。

ヒトラーの期待通り、ハイドリヒは就任と同時に情け容赦のない残酷な統治を開始。見せしめと称して反体制勢力に対する弾圧や公開処刑を頻繁に行い、「絞首刑人」「金髪の獣」などと呼ばれ人々から恐れられました。

ハインドリヒの統治下に置かれたチェコに危機感を覚えたイギリス首相チャーチルとチェコスロバキア亡命政府が連帯し、「エンスラポイド作戦」が計画され、暗殺計画の実行者となったヨゼフ・ガプチーク、ヤン・クビシュを含む数名がイギリスで暗殺のための訓練を受けました。

その後ヨゼフとヤンはイギリス軍機からパラシュートで投下する形でチェコに入ります。本作はその2人がパラシュートで山林に降り立つシーンから始まります。そして映画は2人がプラハ市内に入り暗殺計画を進めていく様子を追います。

映画の中盤、暗殺計画当日の一部始終が描かれるのですが、1秒1秒息を呑むような緊迫のシーンが続きます。作品の撮影は実際にプラハで行われたため、当時プラハに住んでいた筆者は、馴染みのある場所が劇中に次々と現れたおかげで頭が少々混乱してしまいました。

主演は名俳優キリアン・マーフィー、そして大注目のジェイミー・ドーナン






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本作の主人公で、暗殺計画実行の主要人物であるヨゼフ・ガプチークとヤン・クビシュを演じたのは名俳優キリアン・マーフィー、そして近年大注目のジェイミー・ドーナン。

キリアン・マーフィーは言わずとも知れた、深みのある演技に定評のある名俳優。一方のジェイミー・ドーナンは北アイルランド出身。主にモデルとして活動していました。2015年公開の官能映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』で体当たりの演技を見せたことで一躍脚光を浴び、その端整なルックスも注目の的となり人気俳優の仲間入りを果たしました。

本作では2人とも、チェコスロバキアの未来のために自分たちの命を捧げたものの、その決意の中に抑えきれない様々な感情が見え隠れする、複雑な心情を見事に演じきっています。

特にジェイミー演じるヤン・クビシュが暗殺計画の実行直前に精神のバランスを崩して取り乱すシーンは忘れられません。それまでクールな印象を保っていた彼でしたが、「ナチス第3の男」と呼ばれ怪物のように恐れられているハイドリヒを暗殺するというあまりのプレッシャーと恐怖に、一瞬我を失ってしまいます。

このジェイミーの演技は臨場感に溢れており、彼を羽交い締めにして落ち着かせようとするキリアンが一瞬「食われている」ように見えてしまうほどです。

チェコ人の友人へ作品についてインタビュー:「映画を観る気はない」



チェコの人はこの作品をどう捉えているんだろう?と考えた筆者は、この暗殺事件について知るきっかけとなった友人にインタビューを決行してみました。

友人が真っ先に言ったのは、「この映画を観る気はない」ということでした。理由を聞いて観ると、高校生の頃に学校の授業で十分学んで知っているから、わざわざ映画を観る必要性は感じないとのこと。

彼の話によると、高校生のころ授業でこの事件を特集したドキュメンタリーを鑑賞したそうです。その中にはジャーナリストが撮った実際の動画も含まれていたとのこと。事件について学んだ後は、学年全体でヨゼフ・ガプチークやヤン・クビシュらが暗殺計画の実行後に身を潜めたプラハ市内の教会へ見学に行ったそうです。

実際に見学に行って感じたのは、「悲しみ」や「怒り」ではなく、とにかく「異様」な感覚だったといいます。自分が立って居る場所が、歴史的事件でたくさんの命が亡くなった場所だという実感が掴めず、とにかく不可解な感情がいつまでも心に残ったとのことです。

チェコ本国での反応は微妙



また本作を観たくないもう1つの理由として、予告編を見た際、人々の興味を引きつけ観客を動員するためにエンターテイメント要素が付け加えられていると感じたからだそう。
もし本作の目的が歴史的事実を後世に残すためなら、有名俳優を起用したり戦闘シーンに重きを置かずドキュメンタリーの形を取ればいい、と。

実際、友人の家族・親戚や友人等の中で本作を鑑賞した人は2、3人しか知らないそうです。その多くは彼と同じく、本作を「外国の視点から描かれた、暗殺事件について知識の無い外国人向けの映画」と捉えているよう。

本作は2017年度のチェコ・アカデミー賞 “Czech Lions” において作品賞、監督賞を含む14部門に渡りノミネートされましたが、受賞に至ったのは観客賞(ショーン・エリス監督)のみ。

同年の受賞を独占したのは、チェコ人の監督によって主にチェコ語で製作された、チェコスロバキア設立者の息子でかつて外務大臣を務めたヤン・マサリクについて描いた作品 “Masaryk” (英題 “A Prominent Patient”)でした。

おわりに






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作品の魅力、伝わったでしょうか? 作品全体としては賛否両論あれど、筆者は監督とプロダクションチームの、可能な限り事実に誠実であろうとする姿勢に感動を覚えました。

本作品は過剰な演出で執拗に観客の注意を引こうとするのではなく、あくまでもリアルさを重視したカメラ効果や演出技法、俳優の演技にこだわっているように感じられました。

ただそのリアルさゆえに心的に受けるインパクトが強く、作品鑑賞後も頭から離れないシーンが多いのは事実。鑑賞の際は少し覚悟が必要かも知れません。

チェコ人の友人の見解も非常に興味深いもので、人類の悲しい戦争の歴史が現在のチェコとその人々に与えている影響について理解を深めると共に、視野を大きく拡げる機会をくれました。

持続的な平和の実現には、悲しい歴史を忘れないことが大切です。実際の体験はなくても、過去の戦争の事実を知り、その残酷さと悲しみを忘れない努力はできます。映画はその一端を担ってくれる、大切なツールと言えるでしょう。

『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺計画』は決して気楽に鑑賞できる作品ではありません。惨いシーンも数多くあり、筆者は鑑賞中幾度となく涙ぐんでしまいました。

しかし本作が人々の心に残り、彼らに「平和とは何か」「本当に大切なものは何か」を問いかけ続けるきっかけになることは間違いないと感じるのです。

(文:吉本なつ実)

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