大傑作『運命は踊る』の抜群の面白さを、ネタバレなしで全力で解説する!



© Pola Pandora - Spiro Films - A.S.A.P. Films - Knm - Arte France Cinéma – 2017



全編が戦車の中だけで展開することでも話題となった映画『レバノン』で、第66回ベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞した、イスラエルのサミュエル・マオズ監督。彼の待望の新作映画『運命は踊る』が、9月29日から劇場公開された。

事前に観た予告編の印象から、今回は家族と戦争を描いた暗く重いドラマと思って鑑賞に臨んだ本作。実は本作は『レバノン』の金獅子賞に続いて、第74回ベネチア国際映画祭で審査員グランプリ(銀獅子賞)を受賞しているだけでなく、本国イスラエルのアカデミー賞に当たるオフィール賞でも、作品・監督・主演男優賞を含む8部門に輝いている。すでに海外では高い評価を得ている本作だが、果たしてその出来と内容はどのようなものだったのか?



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ストーリー


ミハエル(リオール・アシュケナージー)とダフナ(サラ・アドラー)夫妻のもとに、軍の役人が、息子ヨナタン(ヨナタン・シライ)の戦死を知らせるためにやって来る。ショックのあまり気を失うダフナ。ミハエルは平静を装うも、役人の対応にいらだちをおぼえる。そんな中、戦死の報が誤りだったと分かる。安堵するダフナとは対照的に、ミハエルは怒りをぶちまけ、息子を呼び戻すよう要求する。ラクダが通る検問所。ヨナタンは仲間の兵士たちと戦場でありながらどこか間延びした時間を過ごしている。ある日、若者たちが乗った車がやって来る。いつもの簡単な取り調べのはずが…。
父、母、息子――遠く離れたふたつの場所で、3人の運命は交錯し、そしてすれ違う。まるでフォックストロットのステップのように。
公式サイトより)

予告編


実は見逃すと確実に損する面白さだった!



普段あまり観る機会のないイスラエルの映画。さらに、戦争が原因で家族の運命が大きく狂わされるという内容から、地味で難しそうな内容や暗く重い悲劇では? と思って、鑑賞を迷っている方も多いはずの本作。

確かに出演俳優も皆、馴染みのない人ばかりなので、劇場鑑賞はスルーしてソフト化を待とうと思われても不思議はない。

だが、断言しよう、本作の冒頭1分で、こうした観客の不安は見事に覆されることになる!



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実は、自分もてっきり息子の戦死を知らされて悲しみに暮れる両親の姿が延々続くと思い込んでいたのだが、いやいや、そんなありふれた展開で終わるはずはなかった! 実際、この導入部が完全に意表を突いていたため、そこからは登場人物たちへの興味がラストまで途切れることなく、最後まで非常に面白く鑑賞することが出来たほど。

さらに、息子を愛する頼れる父親と見えた主人公の意外な一面や、その隠された過去の秘密など、実はミステリー要素も多く含まれている本作。鑑賞後にきっと誰かと話し合いたくなることは確実の映画なので、デートにもオススメです!



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戦争が人々の人生を次々に狂わせていく!



全部で三部構成の本作は、戦場で任務に就く息子を持つ、ある夫婦の日常から始まる。普段と変わらぬ生活の中、突然彼らの家を訪れた軍服姿の男たち。彼らが無常にも告げたのは、息子が戦地で死亡したとの報だった。

悲しみに暮れる暇もなく、遺体も確認できないままに葬儀の打ち合わせを進める遺族たち。ところが、その戦死が実は人違いであり、息子がまだ生きていると告げられてしまう…。



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突然告げられた最愛の息子ヨナタンの戦死の報が、実は間違いだったと知らされた両親の安堵は、やがて軍や戦争への怒りへと変わる。「もう一日たりとも息子を危険な戦地には置いておけない」。そう考えた父親ミハエルのその後の行動は、父親としては当然の行為であり、誰もが共感し非難する余地のないものだ。そう、彼の行動が決して間違っていないからこそ、後半の展開にどうしようもないやり切れなさが加わることになるのだ。



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やがて舞台は息子ヨナタンが所属する部隊の日常へと変わることになる。戦場とは名ばかりのその配置先は、車はおろか、たまにラクダが通るような田舎道の検問所。そんな平穏? な環境で、仲間の兵士と共に毎日同じような退屈な日々を繰り返すヨナタン。実はこの意外とのんびりした戦地での描写も、戦死したとの報告が出されるほどの激戦地を想像していた観客を見事に裏切ってくれていて、実に上手いのだ。

来る日も来る日も同じ単調な任務の繰り返しの日々。果たしてこれが戦場なのか? 観客の誰もがそう思い始めたその時…。

ここまでは公式サイトにもストーリーとして明かされているので書かせていただいたのだが、出来ればここから先は、細かい部分などの情報を入れずに観に行くことをオススメする。



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思えば、息子の死が誤報だったと知らされた時の両親の喜びの裏では、代わりに他の誰かの息子や父親が戦死しているわけであり、そこにこそ戦争状態の国に暮らす人々の悲劇が表れているのではないだろうか。

詳しくは伏せるが、戦争中という極度の緊張状態において、自身の身を守るためのとっさの判断が、天国と地獄を分ける。あるいは一人の人間の幸運が他人の悲劇となるその構造は、本作後半での展開にも大きく関わってくる部分でもある。

愛する息子への想いの強さが、果たしてこの家族の運命をどう狂わせていくのか。そして、戦争におけるこの負の連鎖を止める方法とは、一体どこにあるのか? そこに一つの答えと微かな光明を示す本作こそ、是非多くの観客に観ていただきたい作品なのだ。

最後に


戦争の悲惨さや過酷な現実を直接描くのではなく、誰にでも共感できる普通の家族の日常を通して、逆に戦争という得体の知れない巨大な化け物に翻弄される人々の姿を描き出している点が、本作成功の要因だと言える。



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思えば、サミュエル・マオズ監督の長編デビュー作『レバノン』でも、外部の状況は戦車内のモニターに映るのみで、全編が主人公たちの乗る戦車の内部で展開し、ラストでやっと戦車の外観が映るという設定になっていた。このおかげで、全く全体の状況が分からないままに戦場に放り出された若者たちの、孤独感と漠然とした恐怖感が観客にも見事に伝わっていたのは間違いない。

続くこの『運命は踊る』でも共通して描かれるのは、親子の愛情や個人の生活、幸福など全く眼中にないかのように、人々の人生を無情にも捻じ曲げてしまう、“戦争”という恐ろしい存在だ。しかし、かと言って決して説教じみた内容になっていないのが、実は本作の凄いところ。抑制の効いた描写の中に突然盛り込まれる、「えっ?!」という意外な登場人物の行動や秘密に、観客もどんどん引き込まれていくのは見事! そう、深い人間ドラマでありながら、本作はそのままハリウッドでリメイクしてもおかしくないエンタメ性を、実はちゃんと備えているのだ。



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前作『レバノン』から実に8年ぶりの新作にして、何と監督作としてはまだ2作目という、サミュエル・マオズ監督の溢れる才能が存分に味わえる本作。次回作はついに英語作品となる予定だと、監督自身がインタビューで答えているように、この優れた才能が世界に飛び立つ日もそう遠くはないようだ。

きっと鑑賞後には、誰もが自身の幸福と戦争がもたらす悲劇について、考えずにはいられなくなる本作。

真夏の酷暑も終わって、ゆっくり映画を楽しむには最適なこの時期。鑑賞後に自分の中で確実に何かが変わるこの『運命は踊る』を、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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