【総力紹介】ハンス・ジマー、映画音楽界の巨匠
いきなり私事で恐縮だが、映画音楽作曲家ハンス・ジマーのファンになって20年以上が経った。
ジマーといえば近年、精力的にワールドツアーを行っているが、どういうわけか日本ではいまもって開催されていない。そんな状況に悶々とするなか、3月10日に音楽家・戸田信子が代表を務める「FILM SCORE PHILHARMONIC ORCHESTRA」(略称:フィルフィル)が「フィルム コンポーザーズ シリーズ2:ハンス・ジマー」コンサートを開催。ジマーファンとしてこんなレアなコンサートを逃すわけにいかず、超がつくほどウキウキの気分で鑑賞させていただいた。
その結果、オーケストラが全力で奏でるサウンドを全身で浴びて、改めてハンス・ジマーという偉大な作曲家の魅力を感じることになった。これまで多くの名曲を世に放ち、「名前は分からずとも曲は聴いたことがある」という形で触れてきた映画ファンも多いのではないだろうか。そこで今回は、映画音楽界の巨匠ハンス・ジマーのフィルモグラフィーを遡りながら、当時の制作状況についても紹介していきたい。
フィルムコンポーザー:ハンス・ジマーの爆誕
ハンス・ジマーは1957年ドイツ・フランクフルトの生まれで、幼少期からピアノを始めて10代のころにはイギリスに渡ってミュージシャンとして活動。実はポップス畑の出身であり、有名なところでは「ラジオ・スターの悲劇」などのヒット曲を持つ“バグルス”のキーボーディストとして活動していた時期もある。そんなジマーが映画音楽の道へと進むきっかけを作ったのが、『ディア・ハンター』で知られる名作曲家スタンリー・マイヤーズだった。
ジマーはマイヤーズに師事すると、『ムーンライティング』や『マイ・ビューティフル・ランドレット』などに補作曲あるいは共同作曲という形で携わり、マイヤーズからノウハウを吸収。同時に、シンセプログラミングやアレンジャーとしての技術も身につけていく。さらにミュージック・プロデューサーとしても活動し、実は坂本龍一がアカデミー賞作曲賞を受賞した『ラスト・エンペラー』にもプロデュースなどでクレジットされている。
そんなジマーがアパルトヘイトを描いた1988年の『ワールド・アパート』で、ついに単独クレジットでデビュー。
このサウンドトラックを毎日のように聴いていたというのが映画監督バリー・レヴィンソンの妻で、そのサウンドに心惹かれたレヴィンソンが同年ジマーをハリウッドに招聘。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズ共演の『レインマン』の音楽に抜擢した。
『ワールド・アパート』ではトラディショナルな面が強かったが、ジマーは『レインマン』でシンフォニックな音色とどこか哀愁感漂うメロディを構築。なんと1本目のハリウッド作品にして、アカデミー賞作曲賞にノミネートされるという快挙を成し遂げた。この時点にして、既にジマーは将来の巨匠たりうる片鱗を見せていたのだ。
受賞こそ逃したものの、若きコンポーザーのノミネートはその後の映画音楽作曲家としての道を大きく切り開くことになった。1989年には『エイリアン』『ブレードランナー』を手掛けたリドリー・スコット監督が、マイケル・ダグラス&高倉健&松田優作の豪華共演を実現させた『ブラック・レイン』にジマーを抜擢。
これまでドラマ作品が多かったジマーはドラマティックアクションの本作で、日本のサウンドを意識するため“演歌”をモチーフに楽曲を制作。またバイクチェイスシーンやダグラスVS松田の一騎打ちでは、現在のジマーの礎となる“ジマー節”ともいうべきアクションスコアを披露。またダグラスと高倉の友情が胸を熱くするラストシーンでもここぞとばかり“泣きメロ曲”の「Nick And Masa」を鳴り響かせている。
いっぽうで『ブラック・レイン』の直後には、ジェシカ・タンディ&モーガン・フリーマンの会話劇がなんとも心温まる『ドライビング Miss デイジー』に登板。
『レインマン』や『ブラック・レイン』とはまたガラリとイメージを変えて、軽快なテンポとメロディで物語に彩りを添えている。本作はその後、アカデミー賞で作品賞・主演女優賞・脚色賞・メイクアップ賞を受賞していて、今なおジマーもコンサートツアーでプログラムに加えるなどお気に入りの作品になっている様子。
90年代前半:ジマー、早くも頂点に登りつめる
1990年に入ると、ジマーは新たにハリウッドの名監督と出会うことになる。リドリー・スコットの実弟にして『トップガン』などのヒット作を放っていたトニー・スコット監督だ。トム・クルーズ主演でストックカーレースを描く『デイズ・オブ・サンダー』にジマーを迎え入れ、ジマーはトニーと出会うと同時に、のちに名タッグとなるヒットメーカー、ジェリー・ブラッカイマーとも邂逅を果たしている。
本作はクルーズのアイドル性を打ち出したポップコーンムービーとあって、ジマーはロックバンド形式を採用。この頃、ジマーは既に「オーケストラ+シンセサイザー楽曲の先駆者」と呼ばれていたが、また新たな一面を見せることになった。ある意味ジマーの若き感性で、クルーズの魅力を引き立たせるようなキレッキレでヒロイックなサウンドを展開した本作。ジマー自身は不満を残したようでスコアサントラが発売されず、2013年にようやくリリースされることになった。
1991年にはロン・ハワード監督の『バックドラフト』の音楽を担当。
VFXを駆使した火災アクションに重厚なドラマが相まった作品とあって、ジマーは厚みのあるオーケストラサウンドと明瞭なドラマティックメロディに回帰している。ところが力が入りすぎたあまり音楽が自己主張を強めてしまい、修正を求めた監督と意見がぶつかってクビになりかけたというエピソードも。そんな本作の音楽だが、日本では映画以上にちゃっかり使われた『料理の鉄人』のテーマ曲として記憶に刻まれている。
また同年には再びリドリー・スコット監督が『テルマ&ルイーズ』の音楽にジマーを起用。
荒涼とした大地にギタリストのピート・ヘイコックによるエレキギターのサウンドが鳴り響く名曲が揃い、テーマ曲ともいえる「Thunderbird」をリドリーがいたく気に入ったという。スーザン・サランドンとジーナ・デイヴィスが繰り広げる逃避行をジマーは音楽でサポートし、終盤のカーチェイスではお得意のアクションスコアを展開。そして映画史に残るラストシーンでは、テルマとルイーズが迎えた物語の結末にゴスペルを挿入して、まるで彼女たちを救済、あるいは祝福しているように仕立てあげた。
1992年にはバリー・レヴィンソン監督と『トイズ』で再会すると同時に、バグルスのメインメンバーであるトレヴァー・ホーンとの共同作曲を展開している。
ロビン・ウィリアムズ主演の本作は、空想世界観的なファンタジー色が溢れるプロダクションデザインも魅力で、ジマーとホーンはアイリッシュテイストを取り入れた心地よい音楽を制作。サントラも豪華で、エンヤやフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドといったミュージシャンの楽曲が収録されているが、サントラ未収録ナンバーでジマーはしっかり勇壮なアクションサウンドを披露。『ブラック・レイン』から本作に至る時点で、ほぼジマーのアクションサウンドスタイルが形成されたともいえる。
1993年の『トゥルー・ロマンス』は、トニー・スコット監督×クエンティン・タランティーノ脚本というタッグでなかなかぶっ飛んだ内容が繰り広げられる作品。
ドラッグや殺人シーンが平然と見せつけられる本作だが、クリスチャン・スレイターとパトリシア・アークエットのラブロマンスに寄り添うマリンバの音色も異質的な魅力が際立つ。特にオープニングで流れる「You're so cool」は人気の楽曲で、日本でも2000年代になぜか松本人志&高須光聖のラジオ番組『放送室』のオープニング曲に使われたり、近年も宮﨑あおい&生瀬勝久共演のTVCM「earth music&ecology」で使用されている。
そしてハンス・ジマーが名実ともに認められることになったのが、1994年のディズニーアニメ『ライオン・キング』だ。
ジマーはアフリカンサウンドやコーラスによって作品を実直なまでにサポートし、その結果アカデミー賞作曲賞&ゴールデングローブ賞音楽賞を受賞している。エルトン・ジョン&ティム・ライスとともに作り上げた『ライオン・キング』の音楽的世界観は長く引き継がれ、劇団四季によるミュージカルにもしっかりと継承されている。
90年代後半:ジマー、突っ走る
ついに念願のオスカー戴冠とあって、ただでさえテンションの高いジマーの音楽は90年代後半に入るとさらに異常なほどの熱量を帯びていく。例えばトニー・スコット監督と3度目のタッグとなった『クリムゾン・タイド』(1995年)は、トニー作品であると同時にブラッカイマー&ドン・シンプソンお得意の熱き軍事要素が満載の作品でもある。
それに呼応するかのようにジマーのエンジンも全開になり、これまでにないほど“押し”の強い重厚なオーケストラサウンドを展開。その音楽をスティーブン・スピルバーグが気に入り、ジマーを「ドリームワークス」の映画音楽部門のトップに招いたほどだ。
さらにジョン・ウーから指名を受けて登板した1996年の『ブロークン・アロー』では、全編に渡って勢いの止まらないロックリズムのアクションサウンドをデザイン。
またマイケル・ベイ監督との初タッグとなった『ザ・ロック』ではサスペンスフルなアクションサウンドまで構築して、日本でもたびたび報道特番のBGMで借用されるなど、やたら耳に残る音楽となった。
さらにさらにこの年はほかにも、トニー・スコットと4度目のタッグ作『ザ・ファン』や海賊に扮したパペットの活躍を描いた『マペットの宝島』(日本未公開)などやたらと濃い1年となっている。余談だが筆者はこの年に、『ザ・ロック』でジマーファンになった。
1997年以降はドリームワークスでの職が影響したのか、ジマーにしては珍しく制作ペースがスローになっていく。それでも最前線を走っていることには変わりなく、ドリームワークス第1回配給作品である『ピースメーカー』を担当。
『クリムゾン・タイド』の重厚感に『ブロークン・アロー』のスピード感を合わせたような力作で、サントラに収録された「Chase」は約17分におよぶ長大曲でありながら、最初から最後まで怒涛のアクションサウンドが詰め込まれている。
また名匠テレンス・マリック監督20年ぶりの新作となった『シン・レッド・ライン』に起用されたジマーは、叙情的なマリックの映像美に寄り添うべくドラマティックであると同時に静謐な楽曲群を制作。見事マリックの期待に応えた。
2000年代前半:名監督たちを虜にする男
2000年に突入すると、制作ペースはゆったりとはいえ相変わらず大作・話題作への登板が続く。久しぶりにリドリー・スコット監督と組んだ『グラディエーター』では、デッド・カン・ダンスのボーカルであるリサ・ジェラルドをフィーチャー。
彼女の神聖なコーラスを取り込みながら怒涛のオーケストラサウンドを展開して、見事ゴールデングローブ賞音楽賞を獲得、アカデミー賞作曲賞のノミネートを受けている。また本作のエンディング曲にあたる「Now We Are Free」は、ジマーお得意の泣きメロ&ジェラルドの美しいコーラスの融合によって壮大なバラードに。のちにヒーリングCDに収録されたりアレンジ対象となるなど、多方面に影響を与えることになった。
さらに同年どころかほぼ同時期にジマーはジョン・ウー監督の『M:I-2』を担当し、『グラディエーター』とは打って変わってそのものズバリなThe Mission:ImpossibleⅡ“Band”を結成。
ラロ・シフリン作曲のかの有名な『スパイ大作戦』のテーマをロックアレンジする一方で、こちらでもリサ・ジェラルドにコーラスを任せている。ちなみにバンドメンバーにはジェラルドのほか、のちに『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』を手掛けるクラウス・バデルトや『怪盗グルー』シリーズのヘイター・ペレイラ、さらに『ブルックリン』『ザ・ファイター』のマイケル・ブルックらが参加するなど、何気に豪華なバンド編成となっている。
ハリウッドの名監督に愛されるジマーは2001年にもリドリー・スコット監督の『ブラックホーク・ダウン』や『ハンニバル』、マイケル・ベイ監督の『パール・ハーバー』を担当しているが、監督としての顔も持つ名優ショーン・ペンともコラボレーションを果たした年だった。
ペンの『プレッジ』に招かれたジマーは、クラウス・バデルトとともにどこか冷淡な響きを感じさせる楽曲群を制作。ペンが映像化した殺人事件をめぐるミステリーを、音楽面からサポートした。
2002年にゴア・ヴァービンスキー監督と初タッグを組んだジマーは、ジャパニーズホラーのハリウッドリメイク『ザ・リング』に登板。
ヘニング・ローナー、マーティン・ティルマンとともにジマーたちのアプローチで、貞子=サマラに端を発した恐怖サウンドを作り上げている。そしてジマーは2年連続で日本が関連する作品に携わることになり、気心の知れたトム・クルーズとのコラボとなる『ラスト サムライ』に登板。
日本が舞台とあって琴や和太鼓など和楽器を取り入れて、“武士道”の世界観を美しくそして迫力たっぷりに描いており、自身の記念すべき映画音楽100作目となる作品をさらに壮大なステージへと押し上げている。
そして映画音楽界で改めてジマーの名前を轟かせたのが、ジョニー・デップ主演作『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(2003)だ。
いまや本作の音楽制作現場で起きたドタバタは語り草になっていて、公開数カ月前になって作曲家が降板したためブラッカイマーがジマーを招聘。ところがジマーは他作品の契約があったため担当することができず、2晩かけて本作のテーマを散りばめたデモ曲「Pirates, Day One, 4:56AM」を作り上げている(4:56AMは曲が出来あがった時間)。
このデモをクラウス・バデルトに託したわけだが、デモには既に『パイレーツ~』シリーズの音楽を唯一無二とした楽曲「He’s a Pirrate」のメロディも含まれており、映画音楽史に混然と輝く名曲が生まれた瞬間でもあった。
2000年代後半:ジマー、運命の出会いを果たす
2005年になると、ジマーの今後に大きな変革をもたらすことになる人物との出会いを果たす。その人物の名はクリストファー・ノーランで、『バットマン ビギンズ』で初のコラボレーションとなった。
ノーラン監督自身初のメジャー大作とあって音楽の相談をしたのがジマーであり、ジマーはさらに仲の良い同業者であるジェームズ・ニュートン・ハワードに共作を持ちかけることに。2人は以前からコラボする機会を窺っており、1度は別作品での共作が決まっていたのだが、結局2人そろって降板していたのだ(ちなみにジョニー・デップ主演の『シークレット・ウィンドウ』である)。しかし結果的に「バットマン」というDCヒーローを改めて描く作品で2人は共同作業の機会を得て、のちにとんでもない作品を生み出すことになる。
2006年には意外な人物との再会も。ジマーは『ダ・ヴィンチ・コード』でロン・ハワード監督と2度目のコラボを行うことになったのだ。
『バックドラフト』でぶつかっただけにジマーファンとしては“まさか”の再会となったわけだが、ハワード自身も名コンビだった作曲家ジェームズ・ホーナーを事故で失い、改めてジマーを指名したところがあるのだろう。『バックドラフト』から時間を経てジマーのサウンドはより洗練され、『ダ・ヴィンチ・コード』では荘厳なサウンドを展開。特に「Chevaliers de Sangreal(「聖杯の騎士」)」のメロディは特に美しく、のちに続くシリーズでも印象的なフレーズとなっている。
そしていよいよ2008年、ジマーはジェームズ・ニュートン・ハワードとともにノーラン監督の『ダークナイト』を手掛けることになる。
アメコミ映画の常識を覆した本作は、もはやポリティカルスリラーすらも超越する“ダークナイトそのもの”とでもいうべきジャンルを構築。さらにジョーカー役を演じたヒース・レジャーの比類なき演技が、本作を別次元の領域へと運んでいる。そんな作品でジマーとハワードは各キャラクターのモチーフを分担しながら生み出していき、ジマーはジョーカーの狂気めいた部分を、ハワードはブルース・ウェインの人間性をそれぞれの音楽で語り上げた。そして本作で鳴り響く重厚なリズムやメロディはのちの映画音楽界にも影響を及ぼしており、ジマーにとっても1つの到達点になったのではないかと思える。
2009年にも紹介したいジマー作品があり、それがガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ』だ。
こちらもファンとしては意外なコラボだと驚いたところだが、ジマーとガイ・リッチーのタッチが何気にやたらと相性が良い。言うなれば本編で共演したロバート・ダウニー・Jr.とジュード・ロウのブロマンス感に近いものがあり、『ダークナイト』を経たジマーが新たな音楽性を見出した瞬間でもあったのではないか。主題曲である「Discombobulate」はスコアにしては珍しくミュージッククリップも作られていて、揚琴を奏でるジマーらミュージシャンに混じって、ノリノリのダウニーJr.やそれにつき合わされるガイ・リッチーの姿も見ることができる。
2010年代:もはやどこまで行くのかハンス・ジマー
2010年代にもなるとジマーの知名度はもはや映画ファンにとって“お馴染み”になっており、いちファンとしてはこのままどこまでジマーが突き抜けていくのか楽しみなところでもある。その証拠にジマーは実験的な手法を取り入れるようになっており、同時にデジタルサウンドに回帰する雰囲気も作品から漂わせている。まずはノーラン監督と「ダークナイト・トリロジー」以外の初タッグとなる『インセプション』。
ジマーは劇中で印象的な使われ方をするエディット・ピアフの「水に流して」をスロー再生した音源をテーマ曲にサンプリング。夢の階層では時間の流れが遅くなるという作品のルールに従ったもので、ノーランの深淵なる思考にジマーも追随するかのような采配だ。
また『ダークナイト ライジング』(2012)でトリロジーに幕を下ろしたジマーは、翌年ザック・スナイダー監督との初コラボレーションで『マン・オブ・スティール』を担当。
登板が噂された当初はライジングの作業で手一杯と否定していたジマーだが、フタを開けてみれば10基にもなるドラムセットチームを編成。さらにファレル・ウィリアムスやシーラ・Eなど名立たるドラムプレイヤー15人を招いて圧巻のドラムプレイを見せるなど、完全にノリノリでスコアを担当してみせた。ちなみに、かつてジョン・ウィリアムズが手掛けた『スーパーマン』のテーマほどキャッチーなメロディはないものの、それでもスコアアルバムとしては異例中の異例となる全米チャート9位にランクインしたというのだから恐るべし。
2014年にノーラン監督と組んだ『インターステラー』では、パーカッションを排した一方で、世界的に有名なテンプル教会のパイプオルガンをフィーチャー。
宇宙空間と哲学的な思考が絡み合う世界観を見事に音楽の力で表現してみせている。
かと思えばニール・ブロムカンプ監督と初タッグを組んだ『チャッピー』では、ゴリゴリのエレクトロ・サウンドを展開。
宇宙空間から一転して地表で繰り広げられるロボットアクションで、オーケストラから完全にデジタルに振り切るのもジマーらしい采配といえる。特に「The Only Way Out Of This」のエレクトリック・アップビート感は、ジマーの枯れることのない豊穣な感性を改めて見せつけられたような衝撃がある。
さらに2016年にジマーはジャンキーXLをパートナーに指名して、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』を担当。
まさに映画音楽界の“混ぜるな危険”がタッグを組めば、当然圧倒的なスケール感を生み出し怒涛のリズムの応酬になることは目に見えており、事実ザック・スナイダー監督の尋常ならざる熱量を帯びた映像表現に引けを取らない音楽を全編に配している。なかでも観客の度肝を抜いたのが、ワンダーウーマンのテーマだろう。彼女の登場とともに鳴り響くエレクトリック・チェロのメロディと打撃系ドラムリズムは、まさにニューヒロイン=新時代到来の幕開けを告げるに相応しい楽曲となった。
2017年には、安定のノーラン監督コンビ作『ダンケルク』で秒針音をサンプリングしたジマー。
ただでさえノーランが圧倒的な映像表現で戦中のダンケルクへと観客を放り込むにも関わらず、さらにジマーもメロディ性を排した効果音に近いサウンドで極限の緊張感を演出している。
またドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ブレードランナー2049』では、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』のベンジャミン・ウォルフィッシュと共作。
かつてヴァンゲリスが紡いだ世界観を継承しながら、お得意の重低音を活かしたスコアで近未来SFサウンドの新たな地平を示して見せた。
ハンス・ジマーと仲間たち
ハンス・ジマーを語る上で欠かせないのが、彼がトップを務める作曲家集団「リモート・コントロール・プロダクション」(旧「メディア・ヴェンチャーズ」)の存在だろう。映画音楽界に飛び込んだ際にスタンリー・マイヤーズの手ほどきを受けたジマーは、自らもその立場に立つことを決意。そこでトレヴァー・ホーンと共同でプロダクションを設立し、アメリカだけでなく各国からミュージシャンやエンジニアを招いた。
プロダクションの古参メンバーといえば『MEG ザ・モンスター』などのハリー・グレッグソン=ウィリアムズや、『モアナと伝説の海』『スピード』のマーク・マンシーナが挙げられる。
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ハンス・ジマー(左)とハリー・グレッグソン=ウィリアムズ(右)
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マーク・マンシーナ
なかでもジョン・パウエルは『ヒックとドラゴン』や『ボーン・アイデンティティー』シリーズなど高い評価を受けているが、彼が初めて単独クレジットを獲得したのはジョン・ウー監督のSFアクション『フェイス/オフ』(1997)だった。この際にジマーはプロデューサーとして橋渡しの役目を担っているが、門下生をはじめに補作曲であてがうことで現場を経験させ、共同作曲を経て独り立ちをプロデュースという方法がひとつのルートとして確立されている。
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ハンス・ジマー(右)とジョン・パウエル(左)
例えばマイケル・ベイ監督とのタッグで知られるスティーブ・ジャブロンスキーはエンジニアとしてプロダクション入り。その後『パール・ハーバー』(2001)や『ティアーズ・オブ・ザ・サン』(2003)といった作品で補作曲を行い、『テキサス・チェーンソー』で単独クレジットを獲得。大友克洋監督の『スチーム・ボーイ』(2004)を経て、ジマーのプロデュースのもと『アイランド』(2005)でマイケル・ベイと初タッグを組んでいる。
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スティーブ・ジャブロンスキー
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)や『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)で人気のジャンキーXLことトム・ホルケンボルグも、『ダイバージェント』(2014)でジマーがプロデュース。また『キングスマン』シリーズなどで人気のヘンリー・ジャックマンも、ドリームワークスアニメーションの『モンスターVSエイリアン』(2009)でジマープロデュース&初単独クレジット作品となった。
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ジャンキーXL
またジマーは女性ミュージシャンの活躍を後押ししており、前述のワンダーウーマンのテーマ「Is She With You?」ではチェロ奏者のティナ・グオがミュージシャンとしての知名度を上げることに。最近では『キャプテン・マーベル』のスコアを担当したピナー・トプラクもジマーのプロダクションから巣立ったひとり。彼女のインスタグラムを見てみるとジマーの誕生日には“Old Boss”と宛てながらメッセージを贈っており、ジマーもまた今回トプラクが『キャプテン・マーベル』という大作に抜擢されたことをSNSで祝福している。プロダクションから巣立っても、なんとも微笑ましい師弟愛ではないか。
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ピナー・トプラク
2019年のハンス・ジマー
さて、今年のジマーの新作では、つい先日『Widows』が『妻たちの落とし前』という邦題から『ロスト・マネー』に変更、ソフトスルーとなったことが発表された。劇場未公開とは寂しいところであるものの、今夏には久しぶりの超大作2本がスタンバイ。
1つ目は「もうヒーロー映画からは引退する」という宣言を速攻で翻すことになった、サイモン・キンバーグ監督の『X-MEN:ダーク・フェニックス』(6月21日公開)。ジマーにとってはバットマン、スーパーマン、スパイダーマンに続くヒーローキャラになる(2020年には『ワンダーウーマン』の続編も控えている)。
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2つ目はジョン・ファブローが監督を務める実写版『ライオン・キング』(8月9日公開)。かつてオスカーを戴冠した思い出深い作品であり、制作側もジマー、エルトン・ジョン、ティム・ライスというアニメ版と変わらないメンバーを起用していることからも“本気度”が窺えるのではないだろうか。
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映画音楽界の最前線を突き進み続けるハンス・ジマー。今後どのような音楽で楽しませてくれるのか興味は尽きないし、願わくば日本でもワールドツアーが開催される日を待ち望みたい。
(文:葦見川和哉)
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