『聖なる泉の少女』8/24公開・ポスタービジュアル |2018年アカデミー賞外国語映画賞ジョージア代表
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8月24日(土)〜岩波ホールにてロードショー、全国順次公開
2018年アカデミー賞外国語映画賞ジョージア代表『聖なる泉の少女』の日本公開決定し、ポスタービジュアルが到着した。
『聖なる泉の少女』は、ジョージア(グルジア)の南西部、トルコと国境を接するアチャラ地方 で、昔から口承で伝わってきた物語を元にしている。 霧に包まれた森と湖、美しく幽玄な自然を映した詩的映像、その清冽で限りなく静謐な世界。そこに映し出される太古から語り継がれた物語――本作は、古代の信仰の世界をとおして、人と風土の内面的な絆の深さ、そこから生まれた神話的世界を描いている。
そして泉の水による傷の治療、息を吹きかけて松明を灯す儀式など、自然と人の霊的な交感を描き、心の世界を置き去りにした今日の物質文明に対して異議を投げかけている。本作は2017年東京国際映画祭で「泉の少女ナーメ」という邦題で正式上映された。
ザザ・ハルヴァシ監督インタビュー
──東京国際映画祭やトビリシ国際映画祭で、立ち見がでるほどの満員にもかかわらず、観客が静けさのなかで、もの音ひとつさせずに鑑賞していたことが印象的でした。
ザザ・ハルヴァシ:私も客席で、観客の方々に感謝していました。私はこの物語を静けさのなかで、伝えたかったのです。この作品の細かいニュアンス、繊細なディテールは、音楽や台詞では伝えられません。私にとって映画は映像の芸術で、言葉の芸術ではないのです。
──映画のもとになった物語を教えてください。
ザザ・ハルヴァシ:西ジョージアで、昔から口承で伝わってきた物語で、私も祖母から聞かされました。大昔、水で人々の心や体の傷を癒していた娘がいて、彼女は普通の人のように暮らしたいと願うようになります。そのために自分の力を厭うようになり、力の源だった魚を解き放ち、彼女も魚も普通の状態に戻っていったという話です。
──西ジョージアのどちらで撮影をされたのですか?
ザザ・ハルヴァシ:ジョージアの南西部、アチャラ地方の小さな町ケダの近くにあるゴブロネティという村、もう一つはフロという町の南にあるヒハニ砦の近辺に、羊飼いが夏に滞在するための小屋が点在し、五つの湖があります。これらの場所で撮影しました。
──前作の「ミゼレーレ(神よ、我を憐れみたまえ)」はどういう作品ですか?
ザザ・ハルヴァシ:1997年の「ミゼレーレ」は、フィルムで撮影した白黒の神秘的な内容の作品です。悪魔が復活して、ハンサムな人間の姿で町にやってきて、人々を混乱に陥れるという物語で、1990年代のジョージアの社会的混乱に悪魔の仕業を重ねた作品です。
──前作から本作まで20年の隔たりがあります。それは、現在、ジョージアでは映画製作の資金を集めることが困難だからだと思います。また今日のジョージア映画は90年代の社会的混乱を背景にした作品が多く、私はその真摯な姿勢に共感してきましたが、本作はそれらとは異なり、内面的、神秘的で、非常に新鮮な感動をおぼえました。
ザザ・ハルヴァシ:おっしゃるとおり、残念ながら現在のジョージアは頻繁に映画を製作できる状況ではありません。しかし製作のチャンスがめぐってきたら、具体的な時代や社会を撮るのではなく、より普遍的、哲学的な内容の映画を撮ろうと、私は心掛けています。現在だけではなく、未来のジョージアでも意味があり、人々が興味深く観てくれるような映画を作りたいという思いがあります。
──監督が日本にいらした時に、居酒屋で乾杯の音頭をお願いしたら、ご自身の映画のためにではなく「ジョージアのために」とおっしゃったことが印象的でした。監督はこの映画をとおして、ご自身のジョージアへの思いを語ろうとされたのだと思います。
ザザ・ハルヴァシ:ジョージアは小さい国ですから、映画はこの国のことを広めるために、とても有効な手段です。私の映画が日本に辿りついたように、世界中にジョージアのことを知らしめてくれます。ジョージアがどういう所で、人々はどういう考えを持ち、どのように周囲の状況を感じとっているかを、私は映画をとおして世界に知らせたいのです。私は今日のジョージアだけではなく、ジョージア人の普遍的な姿や考えを、この映画にこめました。
──私は4世紀に東ジョージアに入ったキリスト教が、人々の精神的支柱になっていると思っていましたが、この映画では、それより以前の信仰が描かれています。西ジョージアでは、ギリシアやローマの文化、キリスト教、イスラム教、そのほかの信仰の影響を受けながら、人々の内面性が育まれてきたことを、この映画が初めて描いていると思いました。
ザザ・ハルヴァシ:4世紀にジョージアにキリスト教が入ったといわれていますが、実は1世紀にキリストの弟子アンデレが西ジョージアに来てキリスト教を広めました。イスラエル、パレスチナの地域からジョージアのアチャラ地方、この映画を撮影した湖のあたりを通って入ってきたのです。
そこには1世紀、キリストが亡くなってから数十年しか経っていない頃に建てられたキリスト教の遺跡があり、ここまでアンデレがやってきました。ここからは彼の弟子マタタがアブハジアを通ってウクライナまで行きました。ウクライナには聖アンドリイ教会という1世紀に起源を持つ教会があります。そしてマタタはふたたび戻ってきてバトゥミの近郊、ジョージアとトルコの国境近くのサルピという村で亡くなり、近くのゴニオ砦の庭には彼の墓が残っています。
──編集にずいぶんお時間をかけたようですね。東京映画祭で見る数ヶ月前に、異なる版を見たことがあります。最後の版では人間と風土の関係の深さ、人間と超自然的な世界の密接な繋がりに感銘を受けました。
ザザ・ハルヴァシ:編集には約1年をかけました。少し作業をしては、しばらくブランクを作り、新たな考えで作業をするということを繰り返しました。その間に私たちの考えの変化もありましたし、男女の恋愛など、いろいろな主題がこの映画に含まれていますが、音楽のように、ひとつに融合した世界になるように苦心しました。
──現代社会では土地の霊的な力が失われて、世界中、どこの町も固有の表情を失い、同じ風景になっていると感じています。その流れに疑義をとなえる、望んでいた映画と出会ったという思いがしました。
ザザ・ハルヴァシ:最初の版では映像でいろいろと説明をしていましたが、編集を重ねるうちに、象徴的な映像をとおして、観客に解釈してもらうスタイルになり、観客にとってはわかりづらいものになったかもしれません。編集で、説明的になりすぎないように、象徴化、記号化する作業を重ねてきた結果です。
──信仰に対して異なる考えをもつ三人の兄弟が、一緒に食事をしてポリフォニー(多声音楽)を歌うシーンが印象的でした。彼らの父も異なる信仰をもっています。普通ならぶつかりあう要素が、ポリフォニーによって渾然と融和する美しい世界を描いていました。この映画が多元的な世界観を基調にしていることが私には新鮮でした。それがジョージアの魅力なのでしょうね。
ザザ・ハルヴァシ:映画でキリスト教徒、イスラム教徒、無神論者の兄弟が、いっしょにポリフォニーを歌う。それぞれが独自のメロディーを歌い、ひとつのハーモニーを作りだすということは、まさに師であるテンギズ・アブラゼ監督(「祈り 三部作」)がいっていた「ジョージア文化はポリフォニーだ」という言葉に通じます。三人の兄弟が母国ジョージアに乾杯するシーンもあります。宗教や考えが異なっても、みんなこの国の人なのです。
──古代の世界観を描くことによって、人類の精神世界を描く、反時代的、反物質文明的なとても力強い作品になっていると思います。あえてこのような世界を描いた理由を教えてください。
ザザ・ハルヴァシ:ありがとうございます。このアチャラ地方の付近は、オスマントルコとの対立があった場所で、イスラム教の影響がつよく残っています。山を行くと、右の崖の上にはモスクがあり、左の山の上にはキリスト教会があるという双方の宗教が渾然一体となった所です。
私は幼い頃、ここのケダという村の近くに住んでいました。病弱だったので、夜、せきが止まらない時に、母は山の上に住む祈祷師の女性の所に私を連れて行きました。祈祷師はロウソクを持ってきて、たらいの水に羊の油を溶かして飲めといいます。私はロウソクの煙でもっとせきこむのですが、母はそこへ行けば直ると信じていました。
祈祷師の所にはいろいろと変なものが置いてあり、キリスト教でもなく、イスラム教でもない別の独自の世界でした。そういう三つの世界が共存するということは、アチャラのこの地方に住む私には子供の頃から自然なことでした。そしてそこにはそれらとまったく関係ないソ連というイデオロギーの世界がありました。私の心にいろいろな層があるということは、子供の頃から自然なことでしたので、新しいクリエイティヴなものを作ろうとしたときに、このことが私の中から自然に出てきました。
現代社会にはキリスト教とイスラム教の対立があり、私も最初のアイデアでは、ひとつの家庭にキリスト教徒とイスラム教徒が仲良く共存して暮らしている様子を描いて、両者の可能性を描いたより明快な政治的メッセージを考えていました。しかし映画を作ってゆく過程でもっと内容が深まり、発展してゆきました。
──おととし12月のトビリシ映画祭での上映後に、監督はジョージア語で観客に熱心に話していましたが、どのようなことを話されていたのですか?
ザザ・ハルヴァシ:全部は覚えていませんが、こんなことを話したと思います。ある日の朝早く、村の家の窓から、私は雪が降った後の景色を眺めていました。木の枝に雪がつもり、とても静かでした。やがて日が少しずつ登ってきて、遠くで木の雪が落ちた音が聴こえました。この雪が落ちた音さえも聴こえる静寂、この絶対的な静寂を映像言語で表現することができないか、これが最初のインスピレーションで、映画製作のそもそもの始まりでした。
──とても味わい深い映画です。私は三度見ましたが、その度に発見があり、いろいろと考えさせられました。失礼だとは思いますが、それぞれのシーンについて、日本の観客のために監督のお考えをおきかせいただけますか?
ザザ・ハルヴァシ:冒頭の川が濁ってゆくシーンは、映画全体を象徴するシーンで、今日の世界に濁りが生じて、それがだんだん広がってゆくことを意味しています。
泉の信仰について、信仰の対象は魚ではなく水です。しかし水だけでは力を失ってしまいます。魚のいることが水にとって大切です。魚が水に魔法の力を与えているのです。魚はキリストのシンボルでもあり、水は根源的な力のシンボルです。両者が一体であることが大切なのです。老人は魚のことよりも、水がなくなることを心配しています。
ときどき挿入される工事現場は水力発電です。物質文明の発展のシンボルで、それがいかに自然の力を破壊しているかを示すために象徴的に使いました。
兄弟の一人は、学校の教師であり、いうなれば自然科学者で、無神論者です。「古い神話は消えて、新しい神話が築かれる」という台詞は、20世紀初頭のスペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットの言葉を少し変えたものです。この本「芸術の非人間化」はジョージア語に翻訳されていて、私はこの本を読んで感動しました。この本には古い神話が失われたことが書かれていて、そのことによって人間の心のあり方も変わったと書かれています。現代の私たちは、例えば祈祷師に調合された薬で直るとは信じていないし、自然がどういう仕組みで働いているか、葉がなぜ緑なのか、花がなぜ咲くのかを知っています。古い神話がなくなり、人間が変わってゆくことも映画で描きました。
ラストシーンについて。魚は狭い所に閉じ込められていました。そして幽閉された世界から広い世界に放たれました。自由になったわけです。少女もそれまでの古い世界観から、同様に自由になって自分自身を解放しました。魚とともに湖をゆく彼女の姿を、キリスト教的に解釈することもできます。
(聞き手:はらだたけひで 通訳:児島康宏)
ストーリー
『聖なる泉の少女』は、ジョージア(グルジア)の南西部、トルコとの国境を接するアチャラ地方の山深い村が舞台である。村には人々の心身の傷を癒してきた聖なる泉があり、先祖代々、泉を守り、水による治療を司ってきた家族がいた。儀礼を行う父親は老い、三人の息子はそれぞれ、キリスト教の一派であるジョージア正教の神父、イスラム教の聖職者、そして、無神論の科学者に、と生きる道が異なっていた。そして父親は一家の使命を娘のツィナメ(愛称ナメ)に継がせようとしていた。その宿命に思い悩むナメ。彼女は村を訪れた青年に淡い恋心を抱き、他の娘のように自由に生きることに憧れる。一方で川の上流に水力発電所が建設され、少しずつ、山の水に影響を及ぼしていた。そして父とナメは泉の変化に気づくのだった…。
公開情報
『聖なる泉の少女』
監督・脚本:ザザ・ハルヴァシ
[キャスト]
ナメ:マリスカ・ディアサミゼ
父アリ:アレコ・アバシゼ
兄ギオルギ(司祭):エドナル・ボルクヴァゼ
兄ヌリ(イスラム教指導者):ラマズ・ボルクヴァゼ
兄ラド(教師):ロイン・スルマニゼ
ジョージア(グルジア)・リトアニア合作/2017年/91分/1:2.35/ジョージア語/原題:NAMME
配給:パンドラ/宣伝デザイン:プランニングOM/宣伝パブリシティ:スリーピン/協力:はらだたけひで/後援:在日ジョージア大使館
(C) BAFIS and Tremora 2017
https://namme-film.com/
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