梅雨の憂鬱な気分の日にKFCを食べながら見るべき映画とは?
読者の皆様から寄せられたお悩みにアンサーしつつ、相談内容に沿って一本の映画を処方する当コラム。送られてきた悩みはすべて捏造という適当さで突き進みついに9回目。っていうか9回目って「ついに」っていうのか? 10回目とかに付けるモンなんじゃないのかと訝しがりつつ今回のお悩みはこちら。
「梅雨で鬱です。何か気分を変える方法はないでしょうか?」
今回のお悩み
こんにちは。
ついに関東が梅雨入りしましたね。
さっそく、毎日雨が降っているので嫌な気分が続いています。
子供のころから雨が降ると気が滅入ってしまい、仕事でもプライベートでもやる気がなくなってしまいます。
あんまりやる気がないので、休日なぞは一日中ボーッとして過ごすことが多いのですが、そんなんじゃダメだと思う自分もいるんですよね。
何か気分を変える方法はないでしょうか?
(東京都:27歳女性 編集者)
毎日の雨でやる気が出ないあなたに処方する映画は
こんにちは。お便りありがとうございます。
確かに、こう毎日雨が降ると気持ちも落ちてしまいますよね。
梅雨時期は水分が肌に張り付くような感じがするし、セットした髪は崩れるし、外に出りゃ靴が濡れるし、電車のなかは雨の日特有のニオイがするし、ざっと挙げてみただけでも憂鬱になる要素が盛り沢山です。
逆に、お気に入りの傘をさしたり、オシャレなレインブーツを履いたり、恋人と相合い傘をしたり、水滴の滴る窓辺に座ってイヤホンから『ロマンティックあげるよ』を流してブルマ気分を味わったりと、それなりに楽しいことも考えられますが、とはいえ連日連夜降られるとさすがに気が滅入りますよね。わかります。
さて、当コラムはお悩みに対して1本の映画を処方するというスタイルをとっているのですが、ここでありがちなのが「梅雨の憂鬱な気分を吹き飛ばす、明るい映画」を紹介する手法です。
ですが、明るい映画を見て前向きな気持ちになったとしても、結局外は雨ですから、またすぐ気分が落ち込んでしまうことでしょう。では、どうすればよいか。古くからのことわざに「大きくなった油田の火事は ニトロで派手に吹き消すそうじゃないか……」というものがあります。
金田正太郎が提唱したこの言葉、要は「ヤバいモンにもっとヤバいモンぶつけたら、最初のヤバさが消える」といったニュアンスでして、現実世界の雨よりも、はるかに憂鬱な雨を鑑賞することで、「梅雨でも……あの雨よりはマシかも」と思えるようになるはずです。
というわけで、今回あなたに処方する「最悪に憂鬱な雨」が降る映画はこちら。
映画史上「最悪の雨」が降る。『哭声/コクソン』
(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION
『哭声/コクソン』は2016年の韓国映画で、監督は『チェイサー』、『哀しき獣』のナ・ホンジン。いずれも骨太な作品です。
最初に断っておきますと、本作はもうエグいくらいに恐ろしく、グロ描写もそれなりにありますので、ホラー映画が苦手な場合はおすすめできません。もしホラー耐性があったとしても、かなりの衝撃を受けますのでご注意を。
例を挙げるならば、昨年『へレディタリー/継承』という素晴らしくもおっそろしい作品が公開されましたが、それと同等、もしくは国が近所なので既視感がある点を考慮すると「怖さの実質」は比べ物にならないとも言えます。
さらにもうひとつ断るならば、できれば大画面で、音量は大きく、そしてケンタッキーフライドチキンを食べながら観て欲しい。とにかく、できるだけ汚い食べ方で鶏肉に齧り付きながらの鑑賞をおすすめします。
そしてもちろん「雨が降っている日に観る」のが大前提です。その際は雨音が部屋に薄く漂うくらい窓を開けるとモアベターです。時間は夕方くらいがベスト。つまり「五感をフルに使う」ことで、本作の恐ろしさは何倍にも跳ね上げがります。ぜひ完璧なセッティングで御覧ください。
物語は、谷城(コクソン)という韓国の田舎にある村で起こった不可解な殺人事件から幕を明けます。一報を受けた警察官たちが現場に赴くと、家族を刺殺してしまった犯人の身体には異様な発疹が見られ、彼はただ虚ろに虚空を見つめるのみ。
捜査の結果、幻覚キノコを食したことによる行動であるとの発表がされますが、どうも不可解な部分が多い。村ではますます不穏で凄惨な出来事が起こり、ついには主人公の警察官ジョング(クァク・ドウォン)の娘ヒョジン(キム・ファニ)も、原因不明の奇行の数々を繰り広げます。
説明できない、理解できない現象が立て続けに起こるなか、村人は谷城の山中に住んでいる日本人(國村隼)が関係しているのではないかと噂します。そこにヒョジンを治すために呼ばれた祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)や事件の目撃者である謎の女ムミョン(チョン・ウヒ)、日本語が喋れることから、謎の日本人との通訳を頼まれ事件に巻き込まれていく助祭のイサム(キム・ドユン)など、登場人物たちが入り乱れ、二転三転どころか最悪に向かって転がり落ちていくように物語は終末へ向けて進みます。
(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION
誰が本当のことを言っているのか? 誰が悪いのか? 誰が正しいのか? 誰が間違っているのか? 解釈はいくらでもできる映画ですし、監督自身が「そう作った」と語っています。結末と解釈は、ぜひあなたの目で見て、考えてみてください。
で、この谷城、結構な割合で雨が降っています。その雨がまた、激しくはないのだけれど、重苦しく、不穏な空気をスクリーンの隅々まで充満させます。これが凄まじく怖い。日本の梅雨なんぞ、本作の雨に比べてれば晴天くらい爽やかだということに開始10分ほどで気付いていただけるでしょう。何ならケンタッキーフライドチキンですら、得体の知れない肉に見えているかもしれませんね。
この時点で、あなたは「梅雨の憂鬱」を忘れて、遥かにヤバい「何が起こっているのかはわからないが、とにかく恐ろしいことは理解できる」状態になってしまっているはずです。人間は知らないことや得体の知れないもの、理解できないものを目にしたときに恐怖します。本作は、そのツボを効きすぎるくらいに突いてくるんですね。
ときに、本作だけでなく、韓国映画では結構な割合で雨が降ります。直近で印象的な作品ですと、Netflixオリジナル作品である『サバハ』も、少しですが「最高に嫌な感じの雨」が降っていました。『哭声/コクソン』と共通する部分もある作品ですので、ぜひご覧になってみてください。こちらも負けず劣らず、恐ろしい映画です。
話を戻して、韓国映画は雨の描写が素晴らしいものが多く、雨脚、雨音、そして周囲の暗さが緻密に計算されており、何より雨粒にしっかりとした「重さ」があります。ここが凄い。言いすぎかもしれませんが、作品によっては『羅生門』レベルに達しているとすら思えます。
(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION
さて、本作の恐怖を雨とともに担保しているのが、前述した「国が近所なので既視感がある」点です。物語の舞台である谷城は、細かいところを見れば流石に違いますが、家々の向こうに見える山などを俯瞰でとらえると「ああ、こういう田舎、日本にもありそうだな」と心象風景的に捉えることができるでしょう。
家が点在する山間の村、村人はほぼ全員が知り合いであり、山中に住んでいる「異物」である日本人のことを噂する。この閉鎖的な村社会感のなかで、鬱屈とした重さのある雨を降らせるんですから、怖くないわけがありません。
私が本作を人に説明するとき、「昔、おばあちゃんとかおじいちゃんの家に行ったとき、あの山は妖怪が出るから入るなとか、夜になると山から人ではないものがおりてくるとか、そういう話聞いて怖くなったことない? あの怖さだよ」と解説するのですが「得体の知れない何かが山の中にいる」という「見えない、わからない恐怖」がとにかく恐ろしい。
人は恐怖の対象に対して目を塞いだり、考えないようにしたり、過度な防衛反応を起こしたりします。要は理解できないことは理解しようとしないということで、「本当は怖くないのでは? こちらが勝手に恐れているだけなのでは?」というふうに、思考を前に進めることができません。
そんな状況においては「人が人と関わり合い、世の中で生きていくうえで確かだと思っていることを疑ってみる」という「常識を疑え」的なメッセージがよく使われます。映画でもクリシェのように使われるテーマです。しかし、本作は疑えば疑うほど混沌に飲み込まれていきます。イサムは悪魔を見ますが、彼の眼が捉えた悪魔は彼の思考が作り出したもので、もしかしたら天使だったのかもしれない。しかし、その眼に見えたものであれば、自分にとっては真実なのかもしれない。思考は堂々巡りをし、さらにカオスに飲み込まれていきます。本作は徹底して何が、誰が正しいのかも最後までわからないという恐ろしい地点まで連れて行き、我々を崖っぷちに置き去りにします。
考えても考えても答えは出ません。解釈しても解釈してもしきれません。そういう映画です。とすれば、考えて、解釈して、最初からやり直して、煉獄と言っていいほどの煩悶を繰り返していれば外の雨も気になりません。得体の知れない恐怖に怯えているうちに、気づけば梅雨も終わっていることでしょう。
(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION
さて、要約すりゃ「とにかく怖いんだよ! 國村隼が! ワケわかんなくて!」とだけ書いてある本コラムでしたが、とどのつまりは、本作を観れば梅雨どころじゃなくなりますので、あなたの「気分を変えたい」という目的は達成されることとなります。よかったですね。
(文:加藤広大)
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