映画コラム

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2019年08月16日

『イソップの思うツボ』の「3つ」の魅力を解説!『カメ止め』ファンの期待を良い意味で裏切るか?

『イソップの思うツボ』の「3つ」の魅力を解説!『カメ止め』ファンの期待を良い意味で裏切るか?



©埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ


本日8月16日より上映となる『イソップの思うツボ』は、『カメラを止めるな!』(以下、『カメ止め』)の上田慎一郎監督を中心としたスタッフが再集結したオリジナル作品です。

その『カメ止め』はSNSを中心とした口コミでインディペンデント映画としては異例中の異例の興行収入31億円を突破する大ヒットを記録し、もはや社会現象と化していた超話題作。そのため、その次回作と言える『イソップの思うツボ』は観客の期待のハードルが上がりきっている、良くも悪くも『カメ止め』と比べられてしまうことが必然となった作品と言っていいでしょう。

結論を先に申し上げておきますと、本作『イソップの思うツボ』は、その「『カメ止め』のクリエイター再集結!」という謳い文句および観客からの期待値を(詳しくは後述しますが良い意味で裏切りつつも)十分にクリアーできている、87分というタイトな上映時間でしっかりとまとめ上げた、意欲的な良作に仕上がっていました。同時に、あまり『カメ止め』のことを意識しすぎることなく、フラットな気持ちで鑑賞したほうがより楽しめる内容であるとも言えるでしょう(その詳しい理由は後述します)。

そして『イソップの思うツボ』は、『カメラを止めるな!』と同様に、なるべく事前情報を入れずに、予測不能な物語に“翻弄される”ままに観たほうが良いと断言します。「まさかこんな展開になるなんて!」という驚きこそがこの『イソップの思うツボ』の肝であり、観る前(初見時)のネタバレは厳禁中の厳禁。それを重要視するのであれば、以下の劇場情報だけを確認して、映画館に足を運ぶことをオススメします。

<『イソップの思うツボ』劇場情報>
https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=aesoptsubo

以下からはネタバレに触れないように、『イソップの思うツボ』の具体的な魅力を解説していきましょう。

1:“トリプル監督”で作られたことに“必然性”と“挑戦”があった!


本作『イソップの思うツボ』の大きな特徴の1つに“トリプル監督”で製作したということがあります。上田慎一郎、浅沼直也、中泉裕矢という3人が共同監督として名前を連ねているのです(上田慎一郎が脚本、浅沼直也と中泉裕矢が共同脚本ともクレジットされている)。

具体的にどういう風に演出を進めていたかと言えば……劇中に登場する“3つの家族”それぞれに“メインの監督”をあてがい、その家族を中心に描くときに他の2人は“助監督”として現場を回していったのだとか。さらに、後半は3つの家族が入り混じって展開していくため場面ごとに誰が監督をするかを話し合いをして決めるなど臨機応変に対応、クライマックスでは3人の監督がそれぞれ言いたいことを言い合うという事態にもなっていたそうです。

こう聞くと「監督が1人のほうがやりやすかったのでは?」「“船頭多くして船山に上る”な感じになってしまわないか?」と心配にもなってしまうのですが……出来上がった作品を観れば「なるほどトリプル監督で製作した必然性がある」と思える内容になっていました。3つの家族の視点が切り替わると雰囲気だけでなく画の“色味”も変わたったかのように見え、それぞれで監督の“個性”が表れている、その監督の個性が劇中の3つの家族の“生き様”にもリンクしていると感じられたのですから。



『カメ止め』はインディペンデント映画ならではの予算の少なさや製作規模の制限が作劇とリンクしており、その“挑戦”こそに面白さがある作品でした。この『イソップの思うツボ』も、トリプル監督という世界的にみても珍しい製作体制でこその挑戦がある、他の映画にはない魅力を作り出そうという気概があると言っていいでしょう。(詳しくは後述しますが)この3人の監督が参加しているオムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』を合わせて観てみると、監督それぞれの個性や“作家性”をよりダイレクトに感じられて、より興味深く観られるかもしれませんよ。

2:俳優たち全員が忘れられなくなるほどのインパクトと熱演で魅せる!


『カメ止め』と同様に、(失礼ながら)世間的には決して有名とは言えない俳優の皆さんが、一度観ただけでも忘れられなくなる魅力を放っていることをお伝えしなければならないでしょう。それだけでもこの『イソップの思うツボ』を劇場で見届ける価値があると断言します。特に、実質的にトリプル主演を務めたと言える、石川瑠華と紅甘(ぐあま)と井桁弘恵という名前を絶対に覚えて帰ってね!と訴えたいのです。

石川瑠華は「何を考えているかわからない」と良い意味で不安を煽り、紅甘はしっかりとしたアクションも披露し、井桁弘恵は人懐っこいけど実は……などと、それぞれ個性的かつ「実はこういう人なのでは?」と想像が膨らむキャラクターを生き生きと演じられています。役としてのインパクトと親しみやすさを兼ね備え、ビジュアルとその性格がぴったりとマッチしていると、文句のつけようのないキャスティングになっていました。この3人は直近でも様々な映画やドラマに出演しており、もっとその活躍を追いたくなることは間違いありません。

さらに、他キャストもしっかり俳優としての実績がある方で固められています。斉藤陽一郎、藤田健彦、髙橋雄祐、桐生コウジ、川瀬陽太、渡辺真起子、佐伯日菜子と、数多くの作品でバイプレイヤーとして活躍してきた俳優たちが、それぞれ欠けてはならない重要な役を演じているということも、とても嬉しく思えるのです。また、人気テレビ番組企画の「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」などで爆笑もののハリウッド映画のモノマネを披露したお笑い芸人の“こがけん”も出演していますよ。



©埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ



3:『カメ止め』よりも“毒”のある内容に?本当に似ているのはこの映画だ!


『イソップの思うツボ』の物語はネタバレなしでは本当に何も書けないレベル(苦しい!)なのですが、『カメ止め』に比べて幾分“毒”のある内容になっていることはお伝えしておきましょう。家族の物語にもなっていることや、クスッと笑えるユーモアがあることは『カメ止め』と共通していますが、それ以外は良い意味でダークな作風でもあり、『カメ止め』とは似ても似つかない内容とも言っても過言ではないのですから。

ある意味で、『イソップの思うツボ』は『カメ止め』ファンの期待を(良い意味で)裏切っている内容とも言えるでしょう。事実、上田慎一郎監督も「『カメ止め』を観に行くテンションで行くと“え!?”となるかも」「テイストにしても鑑賞後感にしても(3人の監督で作っているので)全く別物だと思って観ていただけるといい」「『カメ止め』と同じようなつもりで見ると肩透かしを食らうかも」などと、『イソップと思うツボ』は『カメ止め』とは雰囲気の異なる(あるいは賛否両論を呼ぶかもしれない)作品になっていることを明言しているのです。(浅沼直也監督も「“かぞく”を“イビツ”に描いた本作は、賛否を巻き起こします!」と宣言していました)


さらに、浅沼直也監督も「『カメ止め』が光だとすると、『イソップの思うツボ』は影である」と表現しており、「『カメ止め』のような爽やかなカタルシスとか鑑賞後感も残しつつ、しっかりと人物描写によるモヤモヤやズシンと心に残る重いものもあります」などと語っています。この言葉を踏まるのであれば、『イソップの思うツボ』は“人間の闇を描くようなダークさ”と、“スカッとできるエンターテインメント性”を両立した作品と言ってもいいでしょう。

個人的にこの『イソップの思うツボ』の印象に近いのは『カメ止め』ではなく、2005年に公開された『運命じゃない人』でした。



この『運命じゃない人』は複数の視点が切り替わる“群像劇”であり、脚本は綿密に計算し尽くされていて、人間のダークな面と善良な部分の両方を描きつつ、エンターテインメント性はもちろん心に来るメッセージも備えていて、有名ではない俳優それぞれが最高の名演を見せているなど……知る人ぞ知る名作と呼ぶにふさわしい完成度を誇っていました。これらの特徴は『イソップの思うツボ』と一致しているのです。

なお、この『運命じゃない人』の監督・脚本を手がけた内田けんじは後に『アフタースクール』や『鍵泥棒のメソッド』というメジャー作品も世に送り出し、それぞれが高く評価されていました。これらの内田けんじ監督・脚本作品が好きだったという方は、『イソップの思うツボ』も楽しめると思いますよ。



©埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ



おまけその1:『イソップの思うツボ』のさらなる注目ポイントはこれだ!


この『イソップの思うツボ』の監督である上田慎一郎、浅沼直也、中泉裕矢が出会ったのは2012年のことで、この3人は2015年公開のオムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』に参加したことですっかり意気投合したのだとか。そして『イソップの思うツボ』の企画が始まったのは今から3年前の2016年からのことで、企画が固まるまでにはそれから2年を要したのだそうです。



つまり、2018年に公開(2017年末に先行公開)された『カメ止め』の前から『イソップの思うツボ』の企画は存在しており、上田慎一郎監督は『カメ止め』が話題騒然となっている中で『イソップの思うツボ』の製作に着手するしかないという事態にもなっていたのです。撮影日数はわずか9日間(『カメ止め』は8日間)であり、上田監督はその日数制限があったおかげでむしろ集中力が高いまま製作に挑めたと、ポジティブに捉えていたのだとか。

その”バタバタ”と言える製作体制、トリプル監督という異例の挑戦ながら、それらが劇中では全てプラスに思えてくるということも『イソップの思うツボ』の不思議な魅力になっています。映画を観るときには作り手のことを往々にして忘れるものですが、『カメ止め』と同様に現実の作り手と、劇中の出来事がリンクしているように思えることも、『イソップの思うツボ』の興味深いところなのですから。

他にも、『イソップの思うツボ』は注目ポイントがたくさんあります。例えば実質的な主役である石川瑠華演じるキャラクターは、(イソップ童話の「ウサギとカメ」のカメになぞらえて)“緑”のイメージカラーになっており、着ている服は緑(カーキ)色、持っている水筒も緑色、食べているのはインスタントのわかめラーメン(”わ”が見えないようになっていて”かめラーメン”と読める)になっていたりもするのだとか。こうした小ネタを探してみるのも楽しいでしょう。

個人的に演出で唸らされたのは、終盤にある“ロングショット”の使いかたでした。被写体とカメラの距離を遠くする意図と、その効果がこれ以上にダイレクトに感じられることもなかなかないでしょう。

さらに余談ですが、終盤にある“回想シーン”はもともとは実写(写真)で構成する予定だったところを、編集段階で急遽、上田慎一郎監督の妻であるふくだみゆきが手がけたイラストに変更することになったのだとか。この”法廷画”を思わせるイラストには実に味わい深いものがあり、かつイラストで描いたことが作劇上でもやはりプラスになっていました。この作り手の“柔軟さ”をもってブラッシュアップが行われていることも、『イソップの思うツボ』の魅力なのかもしれません。

おまけその2:オムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』を観てわかる監督それぞれの作家性とは?


4本の短編からなるオムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』では、前述したように『イソップの思うツボ』の監督である上田慎一郎、浅沼直也、中泉裕矢がそれぞれ1本づつメガホンを取っています。それぞれの短編が、それぞれの“作家性”を如実に示しているということもお伝えしておきましょう。

例えば、上田慎一郎監督による1本目の『猫まんま』は“解散の危機を迎えた漫才コンビ”が主人公であり、その関係のおかしみをコメディとして昇華していました。上田監督は結婚・夫婦・家族の関係を自身の作品によく取り入れており、『猫まんま』はその愛おしさをストレートかつ丹念に綴った内容になっているのです。

浅沼真也監督による3本目の『一円の神様』は“生活のためにスリを働く母娘”が主人公であり、『万引き家族』を彷彿とさせる“生きるために犯罪を繰り返してしまう家族の姿”を描いています。4本の短編の中では飛び抜けてシリアスかつハードな内容であり、『イソップの思うツボ』のダークな面を思わせるところもありました。

中泉裕矢監督による4本目の『ホテル菜の花』は、“支配人と3人の男が住み着く休業中のホテルにワケありの女性がやってくる”というあらすじで、一癖も二癖もある登場人物の群像劇になっている、その過去や性格が少しずつ明らかになってくることなどが、『イソップの思うツボ』と共通していました。

総じて『4/猫 ねこぶんのよん』を観ておくと(後で観ても良いので)、「『イソップの思うツボ』でこの監督が担当したのはこのパートなのでは?」などと想像が膨らみ、さらにトリプル監督で製作した意義、そして面白みを感じられると断言します。いずれも、実力派の俳優たちが熱演をしていることも大きな魅力となっていますよ。

おまけその3:この超面白いインディペンデント映画も要チェックだ!


最後に、『イソップの思うツボ』と合わせて観るとさらに楽しめる、直近のインディペンデント映画も紹介します。いずれも「超面白い!」と断言できる、掛け値無しにおすすめできる作品ですよ!

1.『カメラを止めるな!スピンオフ「ハリウッド大作戦!」』




『カメ止め』のスピンオフ作品であり、限定的に劇場公開もされた作品です。その内容は“おまけ”と言うにはあまりに勿体無い、『カメ止め』の面白さと魅力をストレートに引き継ぎ、かつ新たなアイデアも盛り込まれた作品だったのです!(そのため『イソップの思うツボ』が悪い意味で期待とは違ったという方にもおすすめです)

詳しいあらすじはここでは書かないでおきますが、「『カメ止め』のあのキャラクターがさらにとんでもないことをやらかす」ことだけはお伝えしておきます。ゾンビ映画としての(血糊の多さ的な意味でも)ゴージャスさが増し、爆笑と感動が一挙に押し寄せるなど「『カメ止め』ファンならは観ないと損!」と断言できる内容になっていました。ちなみにメガホンを取ったのは『イソップの思うツボ』の監督の1人である中泉裕矢であり、合わせて観るとやはり監督の個性や作家性を感じることができるかもしれませんよ。

2.『メランコリック』





こちらは現在公開中のインディペンデント映画です。そのあらすじは、東大卒なのになぜかアルバイトを転々としている青年が銭湯で働きだすものの、そこは“人を殺す場所”として貸し出していたことが判明する……という、そこだけを聞くとギョッとするもの。しかし、実際の本編はユーモアも満載で、しっかりとしたアクションもあり、爽やかな感動すらもあるという、人間ドラマ、コメディ、サスペンス、ラブストーリーとしての魅力も備えた、豊かな作品になっていたのです。

この『メランコリック』に近い作品を1つ挙げるのであれば、“まともに生きられない青年とその周りの人々”の姿を描いた『バッファロー'66』なのではないでしょうか。登場人物はそれぞれダメな面を持っているけれど、そのダメさを含めて愛おしく描く優しい物語(殺人が起こっているのに!)として大好きになれました。個人的には2019年の映画の中でもベスト10入りが確実な傑作です。

3.『一文字拳 序章 -最強カンフー少年対地獄の殺人空手使い-』





こちらは池袋シネマ・ロサのレイトショーで限定的に公開されていた作品なのですが……とにかくめっちゃくちゃに面白い!スピーディかつキレキレキレのカンフーアクション!80年代レトロ感ビンビンのビジュアルと音楽!しっかり伏線を回収してくる良く出来た脚本!観客をとことん楽しませることに全身全霊を捧げたであろう作り手の皆さんの熱意などなど、全てにおいて「大好き!」と言える要素が揃っていました。特に新鋭アクションスター・茶谷優太の雄姿を追い続けたくなることは間違いありません。

なお、池袋シネマ・ロサでは続編の『帰ってきた一文字拳 -最強カンフーおじさん対改造人間軍団-」と合わせての上映となっていました。その『帰ってきた一文字拳』では、『カメ止め』で「リアルっすねー」のセリフが印象的だった曽我真臣と、イケメンプロデューサー役の大沢真一郎も出演しています(この2人は『イソップの思うツボ』にも出演)。こんなに超絶ウルトラ面白い2本立てを観る手段が現在はないというのはあまりに勿体無い!新たに劇場公開が決まれば絶対に駆けつけてくれ!と心からお願いします!

おまけその4:『カメ止め』の上田慎一郎監督単独による最新作は早くも2ヶ月後に公開!




 ©松竹ブロードキャスティング


『カメ止め』は日本のインディペンデント映画界に新風を吹き込むどころか映画の歴史を変えた一作となり、今回の『イソップの思うツボ』は初めから100館を超える劇場で公開されるようになったというのも嬉しい限り。俳優や既存の作品の知名度が重視されることも多いエンターテインメント業界で、純粋に“面白さ”で勝負している映画はやはり応援したくなります。

そして、『カメ止め』の上田慎一郎が単独で監督・脚本を手がけた『スペシャルアクターズ』が早くも2ヶ月後の10月18日に公開、さらに『カメ止め』で強烈な印象を残した女優のしゅはまはるみが映画初主演を務めたオムニバス映画『かぞくあわせ』も9月7日より公開となっています。こちらももちろん期待していますよ!

(文:ヒナタカ)

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