映画コラム
『台湾、街かどの人形劇』と『幸福路のチー』が訴える伝統と人生の機微
『台湾、街かどの人形劇』と『幸福路のチー』が訴える伝統と人生の機微
台湾版『おもひでぽろぽろ』
の域を越える『幸福路のチー』
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続いて『幸福路のチー』は、現在着々と成長し続けているアジアのアニメーションの中でも特筆的なまでに優れた台湾映画です。
2011年、アメリカに渡って結婚した36歳のリン・スー・チーのもとに祖母の死が知らされ、彼女は台湾に帰国します。
1975年生まれのチーは、幼いころに台北郊外の幸福路に引っ越してきて、そこで育ちました。
久々の故郷はすっかり様変わりしてしまい、戸惑う中で彼女は幸福路で過ごした日々のことを回想していきます。
空想好きだった少女時代と友達との交流……。
アミ族でビンロウと呼ばれる噛み煙草を愛用していた優しい祖母の不思議な力……(このおばあちゃん、実にナイス・キャラ!)。
医者になることを望んでいた両親の希望に逆らって文系へ進み、幸福路を離れてからの生活……。
こういった回想と現在を交錯させながら、チーというひとりの女性の半生を自分探しの旅として描く手法は、日本の『おもひでぽろぽろ』などを彷彿させるものがありますが、そこに30年以上に及ぶ台湾の現代史がオーバーラップされていくあたりが本作ならではの妙味でしょう。
小学校時代に流行した『科学忍者隊ガッチャマン』などの日本アニメといった文化風俗の流れはもとより、1987年の38年に及んだ戒厳令が1987年に解除されて以降の学生たちの民主運動、1999年の台湾大震災などなど台湾をめぐる時代の激動の転換が現在のシーンと対比しながら巧みに描出されていきます。
その中でチー自身はどのような人生を歩んでいったのか、またそれは悔いあるものだったのかなかったのか、そしてこれから彼女はどう生きていくべきなのか……などを映画は味をの心をもって示唆していきます。
監督は1974年生まれで、幸福路の隣町で育ち、日本やアメリカで映画を学んだソン・インシン。
もともと彼女は実写畑の映画人で、アメリカから帰国した2010年に本作の企画を実写で構想するも、やがてアニメーションで作ったほうがファンタジー性が増すと考えて、まず12分の短編アニメ『幸福路上』を作り、これを基に自らアニメーションスタジオを立ち上げ、4年の月日をかけてこれを完成させました。
チーにはソン監督の実体験が50パーセントほど入っているとのことですが、逆に言えば半分は創作ともいえるわけで、そういった現実と虚構のバランスはそのまま映画そのもののリアルとファンタジー性の巧みなバランスを保つ効用足り得てもいます。
当初は『ちびまる子ちゃん』台湾版ともいえるシリーズを想定しながら企画を進めていたというだけあって、日本人の感性にもフィットしやすい映画になっています。
第55回金馬奨最優秀アニメーション映画賞グランプリ、東京アニメアワード2018長編コンペティション部門グランプリ、第25回シュトゥットガルト国際アニメーション映画祭長編部門グランプリなど国の内外の賞を多数受賞していますが、これこそは文化も思想も歴史も越えて、世界中の人々がチーの人生に自身を投影させつつ共感したことの証でもあるでしょう。
日頃アニメ慣れしてない映画ファンなどが入り込みやすい作品ですが、逆に日頃マニアックなものばかり嗜んでいるアニメ・ファンにも、こういった世界中の優れた作品にも注目していただきたいと願ってやみません。
このようにドキュメンタリーとアニメーション、通常の実写劇映画とは異なる手法の2本の台湾映画は、自国のみならず世界中の人々に訴求し、魅了する力を備えています。
それはまた映画そのものが本来持ち得るエンタテインメントの啓蒙の力でもあると信じて疑いません。
(文:増當竜也)
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